男子校に入学したはずなのに、趣味と名前が女子っぽい件

三限のHRが始まると、もちろんながら担任の先生が入ってくる。


「今日のHRでは、皆さんに自己紹介をしてもらいます!

 高校生活を楽しむためにも、みなさんで仲良くなれるよう、頑張ってくださいね!」


 早速ボッチの存在意義を全否定してしまうあたり、新任の前向き教師感が出ているが、確かに男子校でボッチなんてやりたくない。男子校のノリが好きで入ったのだ。何としてもついて行ってやる。


「1番の、相川愛です。

 好きな食べ物はショートケーキで、趣味はK―POPです。」


 ……マジか。


 いや、確かに、趣味ぐらいは女子のものに合わせてくるというのは予想のうちだが、まさかの偽名まで使うとは……。


 負けてなるものか。幸いにも、カヅキという名前は男子も女子もいるので、考えるのは趣味とか好きな食べ物だけでいい。


 ここで正直に、好きな食べ物がステーキなどとは言ってはいけないのだ。


 もちろん、後で自分が苦労しないためにも、嘘は良くない。たぶん。


 だから、こうやって言うことにした。


「18番の佐藤カヅキです。

 好きな食べ物はマカロンで、趣味はお菓子作りです。」


 ……嘘ではない。マカロンは超好きだし、お菓子も時々作る。ねる○るねるねとか。妹に頼まれて。


 これはお菓子作りだ。紛れもない。


 だが、どこからともなくヒソヒソ声が聞こえてくる。昨日の皮肉の件でトラウマなのだが……。


「お菓子作りですって。どんなのを作っているのでしょう。」


「美しいだけでなく、お菓子まで作るとは。一口でいいから、食べてみたいですわ。」


 悪かったねぇ、ねる○○ねるねで。そんなに食べたいのなら、スーパーにでも行けばいいと思うんだ。


 こうしてトラウマを再び増やした俺の自己紹介は終わった……んだけどさ。


 なんだってみんな、こんなにも名前が女子女子してるの?ユウキやアオイはそのままでも全く問題ないと思うし、そもそも問題とか言うと、「性差別だぁ!」って、偉い人に怒られちゃうから言わないけどさぁ。


 アイ、に始まり、リナ、マホ、ユキノ、ツグミ、これどう見ても女子な気がするんだよね……。


 いや、他人の個人情報ばらすの良くないし、本当の名前なんて知らないからなんとも言えませんけどねぇ?


 なんか、なんかなぁ……。


 何かおかしいなぁと思った俺は、隣のユウキに、


「なんか女子みたいな名前多くね?」


 と声をかける。しかしそこは、やはり女装のプロ。


「そりゃそうに決まってるよ。ここをどこだと思ってるの?」


 という、もはや女子校ででもあるような設定だ。


 最早、ユウキは俺にとっては友達であるだけでなく女装の先生なのかもしれない。


 その日の帰り道、相変わらずユウキとアオイと駅まで帰る途中、


「せっかく仲よくなったのだから、カフェに寄ってみようよ」


 とユウキが言い出した。


「なるほど、そりゃあいいね!」


 ノリのいいアオイが乗っかり、俺ももちろん大賛成。友達と帰り道に飯って言うのは、中学じゃなかなか認められない分、高校生になってからの憧れというものがあったのだ。


「で、どこ行くんだ?」


 アオイが、俺も気になっていた質問をすると、


「実は、行ってみたいってだけで、どこに行こうとかは決まってなくて……」


 ユウキはめちゃくちゃ可愛く見える。ダメだ俺。こいつはあくまで友達だぞ。ドキドキなんてしたらそれは男と女、いや、男と男?ん?女と女?と、とにかく、友達じゃなくなる。


 それじゃあまるで恋人じゃないか。あくまでも俺たちは友達なんだ。それに、アオイだって変に思うだろう。


 男子校に通う上で大事なのは、恋情じゃなくて友情なんだ。


 落ち着け俺。こいつは男。こいつは男。ん?男でも別に好きになっていいんじゃないか?最近は認められつつあるし。


 まあ待て落ち着け。いいか、それは普通の学校での話。ここは男子校。女子校の中に、いわゆるノンケの男子が一人で入るか?答えはノー!もはやそれは不審者だ。


 って、そうじゃなくて!そもそもこいつは友達。そういうのじゃない!


 俺が一人でブルンブルン首を振っていると、アオイがのぞき込んできた。


「大丈夫か、カヅキ?具合が悪いなら明日とかにするか?」


 くそ、こいつはこいつでマジでかわいい。それに、アオイはかっこよくもある。うっかり壁ドンとかされたら惚れるぞ、いや、だめだって、友達なんだから。


「い、いえいえ大丈夫でございますわよ、おーっほっほっほっ!」


 言葉遣いが変になる。いや、こいつは男子だろ!?


「そ、そうか。まあ、無理はしないようにな。」


 やべえ。完全に引かれている。


「そ、それよりどこのカフェに行く?」


 ユウキまで若干引き気味で聞いてくる。


「まあ、帰り際にいいところあるでしょ!」


 アオイが、空気を切り替えるように言う。


 うう……友人二人のやさしさが胸にしみる。ここは、俺も汚名挽回(だっけ?)しなくては!


「そ、そうだ、この前雑誌に出ていたんだけど、『らぁめん月並』とかどうかな?」


 二人が頭の上にはてなマークを浮かべている。こんな時は、我らが名ゼリフ!


「あれ?私また何かやっちゃいました?」


 二人は、蛍光灯が付くぐらいの微妙な時間硬直した後、顔を見合わせて爆笑し始めた。


「プーッ!そ、それ、ラーメン屋じゃん!しかも、駅の反対側だし!」


 と突っ込み気味にアオイが。


「ふふふ、カヅキは冗談もうまいのね。」


 と感心気味にユウキが。


 そんな二人に無事笑われて、名誉返上できた俺は、


「あはは、それほどでも!」


 とつられて笑う。ていうか、「らぁめん月並」って女子高側だったんだ。ラーメン屋なのに。珍しいな。


 三人でくすくす笑いながら歩いていると、ふとおしゃれなオープンテラス席のあるカフェを見つけた。それも、小さな丸テーブルだけでなく、少し大きめの席もある。


「こことかどう?」


 こういう時に素早く提案してくれるのが、アオイのいいところだ。


「いいねいいね。入ってみよう!」


 言い出しっぺのユウキも賛同する。俺はおなかもすいてきたし、異議なしだ。こじゃれた雰囲気の店内には、落ち着いた曲がゆったりとかかっている。


 紅茶のにおいとコーヒーの匂いがなぜかおいしそうに混ざって香る。


「いらっしゃいませ!大変申し訳ないのですが、ただいま屋内の座席が満席となっておりまして、お待ちいただくか、お外の座席になってしまうのですが、よろしいでしょうか?」


「私は外で構いませんよ。二人は?」


 と俺がきくと、ふたりとも、問題ないと目で合図してくる。店員さんにもうなずくと、


「では、ご案内いたします。」


 と、なんと先ほどの大きめの席に案内してくれた。屋外なのに椅子がふかふかだ。


 もちろん、ここでぴょんぴょん飛び跳ねるほど子供ではないので、スラックスがしわにならないように座る。


 俺はブラックコーヒー、アオイがチーズケーキ、ユウキはストレートティーを頼むと、ゆっくりとくつろぐ。


 昨日から、いろいろあって疲れたからな。ゆったりとした曲に、眠く……なって…………きた…………。





「……ヅキ、カヅキ!」


「おーい、ちょっとききたいことがあるんだけどさ。」


 二人がゆすり起してくる。お、おやめになって、胸のコルセットがずれちゃう!……ん?


 俺が目を開けると、日は少しだけ傾き始めていた。二人は気を使って、寝かせてくれたらしい。おいしかったが、眠気覚ましとしての効果はゼロだった、冷たくなったコーヒーをすする。


「どう……したの……?」


 いっけない。寝起きで男声が出た。女装がなってないと、ユウキ師匠に怒られる。


「いえ、気持ちよく寝ていたところを起こしておいて申し訳ないのだけど、大きな用事ではなくて……。」


「この中学生たちが相席したいらしいんだけど、カヅキ、いいか?」


「いい……よ……。」


 まだ眠い。しかし、何とか、出かけた男声を、女声に戻し(これは果たして『戻す』なのか?)、返す。


 どこかで見た制服だ。


 どこだっけ?ああ、思い出した。うちの妹の通う中学と同じだ。


「いいってよ。」


「ありがとう!おねえちゃんたち!」


 声までうちの妹に似てるなぁ……まあ、いいか……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る