第13話

13 クズの交渉術

 ダマ小隊長にとってクズリュウは、今いちばん会いたくない人物ナンバーワン。

 いくら魔物との戦いに勝つためとはいえ、軍票をすべて巻き上げられてしまったのだから。


 しかも昨日の今日という、舌の根も乾かないうちの再来。

 ダマ小隊長は疫病神を目にしたように顔を歪めていた。


 しかしすぐさま「貴様、なぜこんな所に!?」と怒髪とともに革張りの椅子から立ち上がる。


「ここは、貴様のような下賤の者が来てよい場所ではないぞ!

 後ろにいる聖女殿は、昨日大変世話になったので、歓迎だが……!」


「そうなんですよ、アーネストがどうしてもダマ小隊長に会いたいって聞かないもんですからねぇ」


 またしてもダシに使われ、「なっ!?」と髪の毛を逆立てるアーネスト。


「彼女がどうしてもダマ小隊長にお見せしたいものがあるそうなので、見てもらえますか?」


 「なに?」と片眉を釣り上げるダマ小隊長のそばに、ササッと近づくクズリュウ。

 マネームーンはいつのまにか、小隊長の背後に回り込んでいた。


「これなんですけどね……」


 クズリュウはコートの内ポケットから一枚の紙を取りだし、裏面にしてダマ小隊長に差し出す。

 小隊長はいぶかしげにしながらも、それを受け取った。


「なんだこれは、真写しんしゃか?」


 しかしそれをひっくり返し、写っているものを見た瞬間、ブハッと吹き出していた。


「なっ、なんだこれはっ!? なんたるハレンチな……!?」


 アーネストは少し離れたところで、城下町で買った使い捨ての魔導真写しんしゃ機を構えていた。

 クズリュウがやり込められる瞬間を、今か今かと待っていたのだが……。


 彼女はダマ小隊長のリアクションだけで、手にしていた真写しんしゃになにが写っているのかを察していた。



 ――あれはまさか、昨晩のラッキースケベで撮られた、ピュリア様の……!?



 不意に、ダマ小隊長の背後でパシャッ! とシャッター音。

 見るとそこには、インドのヨガの達人のように脚を長く伸ばしているマネームーンが。


 天井に頭がつくほどの高みから、大柄なダマ小隊長を見下ろしていた。

 「撮れたか?」とクズリュウが言うと、「チリバツまね」と打てば響くように答える。


 脚をストンと戻して小柄な少女に戻ったマネームーンの口から、撮れたてホヤホヤの真写しんしゃが、ベーと吐き出される。

 その真写しんしゃには、ダマ小隊長の横顔と、彼の手にあるピュリアのパンモロ真写しんしゃの両方がしっかりと納められていた。


 「なっ、なにを……!?」とまだ事態が飲み込めていない様子のダマ小隊長の手から、サッとピュリアの真写しんしゃを奪い取るクズリュウ。

 かわりに新しく撮った真写しんしゃを手渡しながら、わざとらしく肩をすくめる。


「あーあ、小隊長様ともあろうお方が、聖女のこんな真写しんしゃを見て喜んでるだなんて……。

 この真写しんしゃが出回ったら、世間はどう思うでしょうねぇ?」


 それで小隊長はようやく、クズリュウの狙いに気付いた。


「きっ……貴様!? このワシを脅すつもりかっ!?」


「いえ、脅したりはしてません。ただ、小隊長はとっても困るんじゃないかなーと思って。

 だって昨日は、たーくさん軍票をバラ撒いちゃったじゃないですか。

 いくら手柄に飢えてるからって、使いすぎは良くないですよぉ?」


「それは、貴様のせいだろうが!

 それに、ワシは手柄に飢えてなどおらんわ!」


「そうですかねぇ? じゃあなんで魔物の軍勢ひとつ潰すのに、1000万エンダーも遣ったんですかねぇ?

 大小隊長になるための出世レースがヤバくなってて、手っ取り早く実績が欲しかったんじゃないですかぁ?」


 ダマ小隊長は「ぬぐっ……!?」と、図星を突かれたように言葉に詰まる。


「そんな大切な時期に、こんな真写しんしゃが出回ったら、どうなるでしょうねぇ……? 

 小隊長は潔白だと言い張るでしょうが、マスコミはきっと、面白おかしく騒ぐんじゃないかなぁ……?」


 次の瞬間、小隊長は手にしていたスキャンダルをビリビリに引き裂く。

 マネームーンは正面に回り込んでいて、その一部始終をバシャバシャと連写していた。


「はい、証拠隠滅の瞬間もチリバツで押えたまね。

 ちなみに破いた真写しんしゃは、いくらでも量産できるまね」


 目の前で、新しく現像した真写しんしゃをべーと口から吐き出すマネームーン。


 ブルブル震えだしたダマ小隊長の額に、稲妻のような青筋がビキビキと走る。

 丸太のような腕で、クズリュウとマネームーンを同時に絞め殺しそうな勢いだったが、


「おいおい、俺たちを殺して証拠隠滅ってか?

 そしたらアイツがその瞬間をおさめて、悲鳴とともに外に逃げ出す手筈になってるんだが?」


 クズリュウが親指で示した先は、魔導真写しんしゃ機を手にした聖女が。


「ちっ……ちが……!? こ、これは……!」


 アーネストは真写しんしゃ機を引っ込めたが、もう遅い。

 ダマ小隊長は、心から信じていた者に裏切られたような形相で、アーネストを睨んでいた。


 そして、ギッ! とクズリュウに向き直ると、歯を食いしばりながら問う。


「なにが、望みだ……!?」


「まあまあ、そんな親を人質に取られたみたいな顔しなさんなって。

 こちとら長い付き合いを希望してるんだからさ。

 最初のお願いは、ギルドの推薦状を書いてもらえないか?

 心ばかりだが、もちろん礼はさせてもらう」


「なんの、ギルドだ……!?」


「全部。宿屋から聖堂から、冒険者ギルドまでぜーんぶ」


 するとダマ小隊長は、「なにぃ……!?」とギョロリ目を剥いた。


「ということは貴様、昨日の聖堂も無許可だったのだな!?

 許可を得ずにギルドを展開することは、重い罪なのだぞ!?」


 途端、息を吹き返したように笑う。


「がっはっはっはっはっ! どうやら、詰めが甘かったようだな!

 今ここでしょっぴかれたくなかったら、さきほどの真写しんしゃをすべて抹消するのだ!」


 しかしクズリュウは「やってみたら?」とあっさり。


「いいのか!? このことをワシが訴えたら、貴様ら全員、牢獄行きなのだぞ!?」


「だからやってみろって。だが、お前さんもタダじゃあすまないだろうなぁ。

 なんたってお前さんは、1000万エンダーも俺の聖堂に落としてくれたんだ。

 違法な聖堂を利用した小隊長となれば、マスコミがほっとかないだろうなぁ」


「わ……ワシはあの時は、違法な聖堂だと知らなかったのだ!

 知っていたら、利用などするものか!」


「じゃあそれと同じことを、法廷で叫んでみればいいさ。

 聖女の恥ずかしい真写しんしゃを見て喜ぶ、変態小隊長のレッテルを貼られたあとでな。

 もし潔白が証明できたとしても、ふたつの嫌疑の合わせ技で、お前さんは出世コースから大きく外れる。

 それどころか、小隊長の地位すらもヤバくなるだろうなぁ……?」


「ぐっ……!? ぐぬぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ダマ小隊長は、歯を食いしばりすぎるあまり、とうとう歯茎から血をダラダラと流しはじめる。

 クズリュウはコートのポケットから、未記入の推薦状を取りだした。


「それじゃあ、コイツに一筆したためてもらおうか。もちろん、タダで」

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