第22話

22 セージ流交渉術

 のらねこ団の反乱は、一方的な流れを最後まで維持したまま決着した。


 子供たちの被害はゼロ。

 かたや『ワイルドテイル』のワルどもは、全員ボッコボコ。



「うう~、いでぇ、いでえよぉぉぉ~」



「あうぅ~、あづい、あづいいぃぃ~」



 荒野のような裏庭には、大人たちが死屍累々と転がり、苦しそうに呻いていた。

 子供たちはそれを、ログハウスを建てたときと同じくらいに、信じられない様子で眺めている。



「う……うそだろっ……!?」



「お、俺たちが、ワイルドテイルをやっちまうだなんて……!」



「前の時は、俺たちがあんな風にやられちまったのに……!」



「まさかこんな簡単に、勝てるだなんて……!」



「こ……これも、セージの兄貴のおかげだっ!」



「す、すげえよっ! クソすげえよ、兄貴っ! こんなクソすげえ武器をおいらたちにくれたうえに、クソ完璧な作戦まで考えてくれるなんて……! さすがは賢者フィロソファー様だっ!」



 恩師にすがるように、俺の元に集まってくる子供たち。

 でも俺のほうが小さいので、あっという間に埋もれてしまう。



「うぷっ……! 何度も言ってるだろう、俺は賢者フィロソファーなんかじゃない。それに喜ぶのはまだ早いぞ、最後の仕上げが残ってる。手分けして、アイツらを全員縛り上げるんだ」



「ええっ!? 兄貴、まだ何かやるつもりなのかい!?」



「ああ、お前たちはよくやった。ここからは任せておけ、俺のやることをよく見ているんだ」



 俺があまりにも自信たっぷりに言うので、ヒナゲシはゴクリと喉を鳴らした。



「わ、わかった。でも……兄貴って、俺よりクソ歳下だろう? なのになんで、そんなに肝がクソ据わってるんだい?」



「若く見えても2周目だからな。もう肝のほうは、足腰立たなくなってるんだ。そのうち寝たきりになるかもな」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そして子供たちは俺の指示どおり、大人たちを縛り上げて裏庭に整列させた。

 地べたに座らされたチンピラたちは、精気の戻った眼差しで俺をにらみつけている。


 これも、予想どおりだ。

 ワルってのは、鼻っ柱を折ってやった直後は大人しくなるんだが、すぐに回復するんだよな。


 このまま放っとくと確実に仕返しに来るから、そんな気が起きないようにしてやる必要があるんだ。

 これはさすがにヒナゲシには荷が重いだろうから、俺の仕事だな。


 俺は列の真ん中にいる、『ワイルドテイル』のボスの前に立ち、見下ろしていた。

 と、いっても……ボスの座高と俺の身長はたいして変わらないので、視線はほぼ水平。


 ボスである、いいねオヤジは従来のふてぶてしさを取り戻している。

 身体はグルグル巻きにされているが、顔は不敵に笑い、脚は反抗するように投げ出して座っていた。



「よくないねぇ、子供が大人に逆らうなんて……実によくない!」



 俺は指でタントラシードを弄びながら、それに応じる。



「オヤジ、少しは褒めて子供を伸ばすことも考えたらどうだ。だからこんな風に、してやられるんだよ」



 言いながら、オヤジが投げ出している脚の間に種を投げつけてやると、癇癪玉のようにパーンと弾けた。


 その程度では、オヤジは眉ひとつ動かさない。

 いちおうボスだけあって、それなりに肝は据わっているようだな。


 オヤジは「そんなんじゃビビらねぇぞ」とばかりに、さらに挑発するようなダミ声を張り上げた。



「へぇ、してやったと思っているのか! やっぱり子供は子供だねぇ! よくないねぇ! 今はそうかもしれないが、ここにいるのは『ワイルドテイル』のほんの一部だってのが、わかっていないようだねぇ!」



「知ってるよ。手下どもの配置としては、まず屋敷の外に20人。以前、のらねこ団が反乱したときは、その外のヤツらだけでカタがついたよな。今回は屋敷の中のヤツらまで引っ張り出せたから、あわせて40人だ」



「ほう……! いいねぇ! 少しは調べてるじゃないか! でもそれでも……」



 俺は黙らせるように、もう1発タントラシードを投げ込む。


 ……スパーン!


 さっきよりも大きい爆発が、オヤジの股の間で起こった。



「それでもまだ半分以下だ、って言いたいんだろ? 『ワイルドテイル』は総勢150人の組織だが、今日は集金日だからほとんどは外に出払ってる。まぁ、それを狙ったんだがな」



「よ……よくわかってるじゃないか! もうじき、集金袋を抱えた100人ものヤツらが、ここに戻ってくる! そうしたらセージ君たちは終わりさ! よくないねぇ、残念だねぇ! がっはっは……!」



 ……ズパァァァァーーーーーンッ!!



 ピンと指で弾いた種が、地面を穿つほどに爆ぜた。

 それは結構な爆発だったので、オヤジはビクンと肩を震わせ、爆笑を強制中断させられていた。


 俺はその下品な笑いを半分だけ引き継ぐように、ニヤリと笑う。



「そうさ、だからこうやって、『交渉』してるのさ」



「交渉!? ははぁ、わかったぞ! さっきからセージ君が、ワシの股間にタントラシードを投げ込んでいたのは、脅しのつもりだったのか! よくないねぇ! そんな子供だましの脅しじゃ……」



 ぴんっ!



 ……ドバァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 オヤジの座高よりも高い、ちょっとした火柱が、股の間であがった。



「ひいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーっ!?!?」



 さっきまでの強気はどこへやら、オヤジは引きつれた悲鳴とともに、脚だけを器用に使って後ろに逃げようとした。

 しかし背後には部下のチンピラたちがいるので、その場でずりずりと土を蹴るだけに終わる。


 そのチンピラたちがざわめき始めた。



「な、なんだ……!?」



「タントラシードがあんなに爆発するなんて……!?」



「大ぶりで実がギッシリ詰まっている種だと、たまに派手に弾けることはあるが……!」



「火柱があがるような爆発なんて、初めて見たぞ……!?」



 俺は次のタントラシードを取り出し、手の上で弾ませる。

 すると手榴弾でも見るかのように、チンピラたちは「ひいっ!?」と縮こまった。



「よぉーし、全員正座っ!」



 俺がそう号令すると、眼下の大人たちは統率の取れた動きで、ざざっ! 居住まいを正した。

 もう俺を睨むどころか、顔を見ようともせず俯いている。


 しかしボスだけは、まだ脚を崩したままだった。

 震えながらも、後には引けない様子で俺にガンを飛ばしている。



「い……! いい、ねぇ……! す、少しはやるようじゃないか! だが、ワシは子供の脅しなどには屈せんぞ! ワシはかつて抗争で、この庭にある絞首台に掛けられたこともあったが、断固として己を貫き続けた……! いいかクソガキっ! このワシをあまり舐めるんじゃないぞっ!! ワシに何かをさせたければ、本気で殺すつもりで……!」



 俺はトスを繰り返していた種を、ノールックで背後に投げやった。

 すると、



 ……ドッ!

 ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 庭の隅にあった、ステージのような絞首台が、ハリウッド映画のセットのように見事に爆散する。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 裏庭は、パニック映画のような悲鳴に包まれた。

 子供たちはもちろん、大人たちまで地面にひれ伏している。


 つい今しがた大見得を切った、いいねオヤジはというと……。



「ひっ!? ひっ!? ひっ!? いいっ! いいいっ! いいいいっ! いっ、いいです!! すごくいいですぅぅぅっ!! こここ、交渉します!! な、なんでも言うことを聞きます!! セージ君はすごく……い、いや、セージ様は素晴らしいっ!! だ、だからお助けをっ!! 命ばかりはお助けをぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!」



 ガリガリと脚で地面をこすりながら、じょばじょばとズボンを濡らしていた。

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