第20話

20 開戦の一発

 『ワイルドテイル』の本拠地は、島の真南にあった。

 まるでシチリアンマフィアのような、海沿いの大きな屋敷。


 敷地は白い石壁に囲まれた正方形で、四隅には高いやぐらがある。

 やぐらの上には敵対組織に対しての警戒なのか、いかにも下っ端そうなチンピラがいた。


 屋敷の中も、派手なシャツに、これ見よがしに剣をぶらさげたチンピラどもがうろついている。

 腰には剣だけでなく小さな布袋をぶらさげていて、そこにタントラシードが入っているようだった。


 俺は作戦決行の夕方、ヒナゲシといっしょにこの屋敷を訪れていた。


 『のらねこ団』の子供たちは、1日じゅう飛行船発着場で窃盗の『仕事』をさせられている。

 そして日が暮れたら、リーダーであるヒナゲシが子分たちの稼ぎを集め、このアジトに収める。


 今回は俺が、子分という名目でヒナゲシに付き添っていたのだ。


 ちなみに普段であれば、ボスは稼ぎを確認したあと、わずかばかりの小遣いをよこしてくるらしい。

 それがのらねこたちの分け前というわけだ。


 だがパンを10個も買えば尽きてしまう額なので、50人近いメンバーは到底養えない。

 子供たちは残業として、夜は市場で食べ物を盗み、残飯あさりをするのだ。


 子供たちは搾取されているとわかっていても、逆らえない。

 暴力によって押さえつけられているからだ。


 しかしそれも、今日で終わり。

 いいや、俺が終わらせてやる。


 俺はチンピラどもの絡みつく視線を感じながら、ヒナゲシと屋敷の門をくぐった。

 ボスの稼ぎの確認は、屋敷ではなく、いつも裏庭で行われる。


 綺麗な屋敷に、汚いガキを土足で上げたくないのと、稼ぎが少ないときに殴る蹴るをして、返り血を付けたくないからだそうだ。


 ……俺は別に正義の味方になったつもりはないが、ヤツらをこのままのさばらせている気にもなれなかった。


 前世の俺からは考えられないような感情だったが、なぜかはわからない。

 2周目だから、気持ちまで反転してしまったんだろうか。


 まあゲームとかでも、善ルートと悪ルートのふたつがある場合、2周目は1周目とは逆のルートを進みたくなるもんだよな。


 裏庭は、花や彫像に囲まれた表の中庭とは大違いだった。


 広さは学校の校庭くらいあるが殺風景。

 乾いた土に覆われ、ぺんぺん草も生えていない。


 真ん中に場違いなほどの豪華な椅子と、片隅に絞首台のようなものがあるだけだった。


 しばらく待たされたあと、屋敷の中からボスがボディガードを連れ添ってのっそりと出てくる。

 身なりは貴族のように立派だったが、ガラの悪さと美食で肥えた腹は隠しきれていない。


 海沿いの屋敷なんてシャレた所に住んでるから、もっとナイスミドルなヤツを想像していたのだが……。

 タヌキ顔で、どこもかしこもテカテカの、脂ぎった中年オヤジだった。


 ヤツはどっかりと椅子に腰掛けると、両脇にいたふたりのボディガードに顎で指示する。


 ボディガードたちは筋肉の鎧の上に、さらにごつい革鎧を着込んだいかにもなヤツら。

 今日の稼ぎを出せとばかりに、俺たちの前に壁のように立ちはだかる。


 プロレスラーみたいなデカいのに睨み降ろされて、ヒナゲシはすっかり萎縮していた。



「え……えっと、今日はその……クソ稼ぎが……少なくて、その……」



 口ごもって、助けを求めるように俺をチラチラ見ていたので、しょうがなく後を引き継ぐ。



「悪いな、今日から『のらねこ団』はフリーになったんだ。だからその挨拶に来た」



 すると壁の向こうから、調子っ外れの笑いが飛んでくる。



「がっはっはっはっ! またそんなことを言い出すとは、よくないねぇ! ちょっと前もそんなことを抜かしたから、しつけなおしてやったというのに! ……ああ、もしかしてキミが、セージ・ソウマ君か!」



 ボスの見た目は脂ぎった中年オヤジだったが、声までギトギトだとは。

 壁ごしだというのにあまりにもうるさかったので、俺は思わず片耳を塞いでしまった。



「よくわかったな」



「いいねぇ! ヒナゲシが手切れ金として持ってきたリュックの中に、嫌というほど名前があったからな! それにヒナゲシも、キミのことばかり話していたよ! 兄貴兄貴ってね! がっはっはっはっ!」



「なんだ、そういうことか」



「ところでキミのママは、思わずいいねぇと唸ってしまうほどの、大層な美人ではないのかい?」



「なに言ってんだお前」



「リュックの持ち物の名前は、キミのママが書いたものだろう? いいねぇ! 字も刺繍も、素晴らしい美しさだったよ! 字の美しい人は見目みめも美しいと、昔から決まっているのだよ!」



 俺は、俺のパンツにちくちくと刺繍する女神サマを想像する。



「書いたのはママじゃないが……。まあ、美人ではあるかな」



「ということはお姉さんかい!? いいねぇ、なおいいねぇ! ではそのお姉さんをここに連れてきたまえ!」



「なんでだよ」



「なんでって、よくないねぇ! 足抜けには、手切れ金が必要だからに決まってるじゃないか!」



 俺はもう、話す気にもなれなかった。



「俺たちは、交渉する気はさらさらないんだ。のらねこ団は今日をもってフリーの組織となる。それを伝えにきただけだ。じゃあな、いいねオヤジ。行くぞヒナゲシ」



 筋肉の壁に背を向けると、後ろには別の筋肉の壁が居並んでいた。


 細マッチョな身体に、ヒゲやタトゥー。

 いかにも「チンピラでござい」といった風体で、クルミのようにタントラシードを弄んでいる。



「がっはっはっはっ! まあ待ちたまえ! この前はのらねこ団50人で来て、こっちは20人で相手をしてやったんだ! でも今日は、そっちはたったふたりで、こっちは前と同じ20人! よくないねぇ! でもせっかくだから、ゆっくりしていきたまえよ!」



「ああ、人数のことを気にしてたのか」



 俺はまた踵を返す。

 そして素早く、パーカーの内ポケットから取り出したパチンコを構えた。



「すぐに他の野良猫たちも来るさ、コイツを撃てばな」



 ゴムに込めてあるのはもちろんタントラシード。

 普通ノーマルではなく、ちょっとした細工●●が施してあるスペシャル弾。


 この初弾だけは、ゆっくりと狙いが定められるだろうと思ったので、それならばとお言葉に甘えさせてもらうことにしたんだ。


 じっくりとゴムを引き絞っていると、筋肉の壁の隙間から、いいねオヤジと目が合った。



「がっはっはっはっ! なんだいその変な棒みたいのは!? それでタントラシードを撃とうってのかい!? いいねぇ!? やってみたまえ! ちびっ子のセージくんでは、タントラシードを爆ぜさせるのは無理だと思うけどねぇ!? よくないねぇ、残念だねぇ!」



 案の定、ヤツはパチンコで狙われていてもまったく動じていない。

 でもむしろ、そうでなくっちゃ困るんだ。



「それに仮に爆ぜさせたとしても、1発くらいじゃこのボディガードたちはビクともしないよ! なんたってコイツらは、『鉄の壁アイアン・ウォール』と呼ばれていて、抗争で雨あられのタントラシードを浴びても眉ひとつ動かさないんだからねぇ! いいねぇ、まさに鉄壁なんだよねぇ!」



 俺は返事のかわりに、引き絞ったゴムを離した。

 瞬転、



 ……ドズバァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!



 目の前が爆ぜ、筋肉の壁が、蹴破られたふすまのように吹き飛んでいた。


 ボスは彼らを本当に鉄壁だと思っていて、なおかつ全幅の信頼を寄せていたんだろう。

 それが子供に一発で破られたので、タヌキがキツネにつままれたような表情になっていた。

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