第2話 べっこう飴は裂けられない

「こんにちは」

「こんにちは~……ってちがーう!」

 昨日同様この路地裏を進んでバイトに行こうとしていると、これまた前日同様に自称・口裂け女さんが出口付近で僕を待ち構えていた。

 近所のおばちゃんと挨拶する感じで挨拶したら、何事もなくこの路地を抜けられると思ったんだけど。

 上手くいかなかったか。

「上手くいくわけないでしょ、そんなんでっ!」

「声に出てました?」

「近所のおばさん……から声に出して言ってたわよっ」

 気づかぬ間にどうやら僕は声に出してしまっていたらしい。

 今度から気を付けよう。

 しかし彼女の方を見るとご立腹だ。

「まあ、今回はこれを持ってきたんで許してくださいよ」

 僕は鞄の中を漁る。

「ま、まさか……!」

 俺の言葉に彼女は一転して子供のような声を上げた。

 相当嬉しそうに目を細める彼女の顔を見て、やっぱり買ってきて良かったと実感する。

 鞄から取り出し、彼女に差し出した。

「ハイ〇ュウです」

「何でやねんッ‼‼」

 昨日よりも早いスピードで僕の手にのったハイ〇ュウを弾き飛ばした。壁に打ち付けられたハイ〇ュウからはシュゥ、と煙が出ている。

 これは戦慄ものだな。

「ハイ〇ュウはもういいでしょ……っ!」

 鬼の形相で僕を睨みつける。

 目尻にはわずかに光っているものが。

 それほど期待していたらしい。

 期待を裏切られたせいで、怒りが昨日よりも大きくなっているようだ。

 マスクで見えないが、口から煙を吐いていてもおかしくない怒りっぷりで。

 彼女と出会って一番の恐怖かもしれなかった。

「冗談ですよ」

 マジギレさせるとは思っていなかった僕は、怒っている彼女をどうにかなだめる。

 そこまで大事なのだろうか、べっこう飴って。

 僕には彼女がそこまで執着する気持ちは分からなかった。

 てか、口裂け女のはずなのに、頭に角が生えて別の妖怪になってるぞ。

 時代にはあってるから、それでも良さそうだけど。

 そう思いつつも僕は再び鞄をごそごそ漁り、お目当てのものを取り出した。

「ほら、これならいいでしょ?」

 昨日のバイト終わりに買ってきたべっこう飴を「ガルルルッ」と喉を鳴らす彼女に見せる。

 ドードードー。

 袋いっぱいに入ったべっこう飴に理性を失っていた彼女の瞳が元に戻った。

 なんてわかりやすい反応……。

「こ、これって⁉」

 驚いたように僕の顔とべっこう飴の袋を交互に見つめる。

「口裂け女さんがご希望されていたべっこう飴です」

 仰々しく頭を下げる。

 少し戸惑いつつも。

「う、うむっ、苦しゅうない」

 彼女も僕の態度を踏襲して、べっこう飴を受け取った。

 念願だった品物をやっとのことで手に入れた彼女は。

 うわぁ~、と爛々と目を輝かせながらいっぱいのべっこう飴を見つめていた。

 サンタさんにプレゼントをもらった子のように、好きな子からチョコをもらった子どものように純粋な瞳で愛おしそうに見つめていた。

 こんなに喜んでもらえるなら、買ってきてよかったな。

 自然と目尻が緩む。

「それ、帰ってから食べてね」

「今じゃダメ?」

「ここじゃ汚いし、帰ってから食べてください」

「はーい……」

 念を押して彼女に伝える。

 ブー、っとちょっと不満そうな顔になるが、素直に聞いてくれた。

 目元だけだが、コロコロと変わる態度が可愛らしい。 

「でも本当に好きなんだね」

 彼女が胸に大事そうに抱えているべっこう飴に目を細める。

「あ、あげないからねっ」

 彼女は大事そうにべっこう飴を隠すように背を向けた。

 いや、取らないって。

 そもそも僕はハイ〇ュウ派だぞ。

 彼女の態度に思わず突っ込みたくなってしまう。

 本当に子どもそのものだな、この人。

「何かおかしいことでもあるの?」

 彼女の行動に笑いを我慢していることがバレて、彼女からジトっとした目を向けられる。

「い、いやっ……」

「絶対に笑うのこらえてるじゃない!」

「口裂け女さんの行動が子どもっぽいからっ……」

 思っていたことをそのまま言ってしまった。

 これはブチギレ必至だな。

 そう思って苦笑交じりで彼女の顔を見たら、口裂け女さんは意外にも怒っていなくて。

「…………大好きだから」

 本当に恥ずかしそうなボソボソッとした声でそう言った。

 それを見た僕の時間が一瞬止まる。

 マスク越しにもわかった。

 彼女が今どういう表情なのかが。

 彼女の本当の姿が。

「って、私はいったい何を……⁉」

 我に返った彼女は焦ったように「今の無し……⁉」と片手を頬に当て、もう一方の手をブンブン振って言い訳を始める。

 バサッとべっこう飴が地面に落ちた。

 その事にも気づかないまま、「べっこう飴が大好きだからっ!」と言っている。

 マスク越しにも彼女の恥ずかしさが頂点に達していることが分かった。

「って、早く行きなさいよッ!バイトなんでしょ!」

 ずっと見つめられ続けられることに耐えられなくなった彼女は。

 僕の背中をおもいっきり押し、路地裏から通りに突き飛ばす。

「それじゃあ、口裂け女さん。またね」

「も、もう来なくても大丈夫よッ⁉」

 何故かあちらから路地裏を追い出された僕は、心の中に楽しさ以外のものが生まれたことを感じつつ、この日のバイトに向かった。

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