第8話 Chou's past ――シューの過去

 

 迷宮保有都市・ロスリスバーガーの一角、冒険者街にいくつかある食堂兼酒場のひとつ『洞窟と巨人亭』。

 にぎわう店内片隅のテーブルにて、探索から帰ったばかりのシューたちが顔を突き合わせていた。

 円形のテーブルを囲み話し合うのは、帰りの道すがら一党頭目パーティ・リーダーである戦士・シューから出された案件。

 一党の増員について、だ。

「――まず、シューさんがどうしてそう考えるに至ったのかを、説明していただけますか?」

 参謀格である尼僧プリーステス・パイが落ち着いた口調で問いかける。声音からは案件に賛成とも反対とも感じ取れない。

 そんなパイの調子に安心したのか、シューが口を開く。

「……なんとなく、考えだしたのって、その、昇級してから、なんだ」

 言葉を探すように語りだすシュー。

 見つめる視線は三者三様で、パイは感情を映さず、魔法使いのバニラは不安と興味深げに。

 そして一党の影のリーダー、斥候スカウトのサブレは小人族パルヴスらしく、ハッキリとした不快感を表していた。

「……あたしたち、初めのころから比べたら、強く、なったよね? 一層でもさ、そんなに苦労しなくなった。連携だって、上手く行ってる。けど……けどさ、そこまでなんだよ。強くはなったけど、二層に挑めるほどじゃ、なくて。でも、一層じゃ、サブレも言ってたけど、実入りは厳しくなって来てるし、鑑定料かかるのにアイテムは使えないのばかりで、迷宮税も取られるしで、お金、出てくばかりで。次の昇級するよりも、先に干上がっちゃうかもしれない……。だったら、だったら、人増やして、戦力あげて、昇級待たないで二層に降りて稼いだ方がって、あたし、あたし――」

 喋っているうちに気がたかぶったのか、席から腰を浮かせて激しく言葉を発するシュー。

 が、それは続かず、しぽむように席に着きうなだれた。

 どこか空回っている激白に、皆はシューが焦る理由を察する。

 ――金だ。

 本人から聞いた話では、シューが住んでいた村はとても貧しかったらしい。

 貧しい村の中でもどん底に貧しかったのがシューの家で、おまけに子だくさん。シューを入れて男女六人。

 昔の戦争で片腕を失った父親はろくに働かず、母親も度重なる出産で体を壊し床に伏せがち。

 自前の畑を持たないため、兄と姉が近隣の手伝いをして得るのが唯一の糧。

 幼いシューも森に入り果実や野草を探し、川で魚を捕ったりして家の手助けをしていたとか。

 貧しいなりになんとか暮らしていたが、悪いことは突然やって来てさらに重なる。

 シューが十二の年、一番下の弟が川でおぼれ死に、二年後流行り病で下のふたりが亡くなり追うように母も逝った。

 なけなしの金目のものと姉をむりやり連れて、父が家からいなくなったのは十五の春。十六になる前に森で兄が怪物に襲われて死んだ。

 十七になったシューの元に街からの使いが来る。父が作った借金を代わりに返せと。

 借金取りの話で、父が姉を娼館へ売り飛ばし酒と博打に溺れた生活をしていたこと、姉も客とのもめごとで亡くなったことを知る。

 兄――もう居ないのに――と自分を担保に金を借り、それを踏み倒そうしてなぶり殺しにされたことを教えられた。

 父の末路を聞いてもシューには何の感慨もわかなかった。度重なった不幸は彼女から感情の揺らぎを奪っていた。

 借金取りに連れられるまま街に行きそこで値踏みされるが、食うや食わずの生活をしてきてシューには、としての価値は無きに等しく、農奴としての労働力も見いだせず、散々にどつかれ罵倒されることに。

 自分を見捨てた父親に知らぬところで勝手に人生を決められ、身に覚えのないことでひどい言葉を浴びせられ殴られ蹴られる。

 理不尽な罵倒と暴力にさらされる中、シューは思った。

 『なんで? あたしがなにかした? 村で皆に石を投げられても我慢した。お腹が空いたって人様のもの、盗んだりしなかったよ、なにか悪いことした? なんで、なんで怒鳴られなきゃいけないの? 叩かれないといけないの? ねぇ、なんで? ……嫌だ。もう誰かの勝手に、誰かの勝手に振り回させるのは、嫌だ。あたしは、あたしだけのために生きたい!』

 シューの中で

 無抵抗だったシューが突然暴れ出し、借金取り連中に逆に飛び掛かる。が、非力なうえに多勢に無勢であっさりと押さえつけられる。

 しかしシューは抵抗することを止めない。声を上げる、叫ぶ。自分の生き方くらい決めさせろ、と。

 「面白い、気に入った」

 借金取りのボスの気まぐれなひと言で、シューは戒めから解かれた。

 ボスが言う。

「だが、貸したもんは返してもらわんと筋が通らない」

 一年の猶予と、組織付きの僧による『誓約ユーラティオ』の奇跡を受け、シューは開放された。

 自分の自由を得るために一獲千金を求め、シューはロスリスバーガー迷宮保有都市へと赴き、冒険者登録を受け仲間たちと出会い迷宮に挑むようになり現在いまに至る――。

 一党パーティの皆は知っている。シューが冒険者になった理由を、その目的を。

 彼女が『誓約』を果たすために、冒険者となった今も最低限の生活をしていることを。

 与えられた期限がもうすぐ尽きようとしていることを。

 そして、返済額にはまだ及んではいないことを。

 シューのこれまでを知っているからこそ、彼女が金銭にかける気持ちは痛いほどにわかる。

 迷宮で得た報酬を――事情から大目に取っても構わないのに――キッチリ人数分均等に分けている愚直さも、知っている。

 手を貸してあげたい。仲間だから、大切な友人だから。

 四人での探索は大変なこともあったが、上手くやれていた。冒険は時に厳しいが楽しかった。

 それもすべてシューと言う要がいたからこそだ。

 頼りないし不器用で世渡りが下手なやせっぽち。愛すべき我らのリーダー。

 我がままなんか言わなかった彼女の願い、応えたいと思うのは皆同じだった。

「――でさ、具体的にどんなのを増やすつもりなのさ?」

 素直に気持ちを表に出せず、ぶっきらぼうにサブレが言う。

 そう、一党で口火を切るのはいつだって彼女だ。

 目を合わせないように横を向いてるサブレに好意の笑みを浮かべ、うなだれたままのシューに視線を向けパイが続く。

「前衛職でしょうか、それとも後衛?」

 かけられた言葉にシューは顔を上げ、驚きと嬉しさが混ざり合った瞳で仲間たちを見回す。

「えーと、わたしとしてはですね、鑑定職の方が入ってくれるとありがたいんですけどぉ……ほら、鑑定料も浮きますし、魔法も奇跡も使える人がいれば戦力も上がりますし 」

 ちょっと遠慮気味に手を挙げながらバニラ。

「あぁ、でしたらもうひとかたは前衛職がいいですね。戦闘専任の方がいてくだされば、わたくしも安心できますし」

 バニラに追従するようにパイ。

 そして『いかかです?』と言わんばかりのまなざしをシューに送る。

 上手く言葉が出せずにいるシューへ、

「ほらほら、ハッキリしろってリーダー」

 いたずらな笑い顔でサブレが追い打ちをかける。

 感極まって顔をくしゃくしゃにし、シューが声を絞り出す。

「……みんな……みんな、――ありが、と」

 ボロボロと涙をこぼして頭を下げたシューに、

「ぶえっつにぃ~」「――いえいえ」「ハハハ……」

 いつも通りな三者三様の返事。

 シューにはそれがなにより嬉しかった。

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