【類型】少女


 駅は薄暗かった。じめじめしていた。嫌な朝だと思った。




 周囲を見渡しても、快活そうな顔いろの人は一人も見つからない。元気な声も響いてこない。時々、品のない引き笑いが聞こえてくるだけ。あまり頭がよくない高校生が会話しているのだろう。




 手汗が気になった。ハンカチを忘れていないか確認するために、ポケットに手を突っ込んだ。ズボン、似合ってないんじゃないかと思った。スカートの方がよかったかなぁ、と。いずれにしろ、私はあまりファッションに関心がないし、ただ色を揃えることくらいしか意識しないのだから、センスも何もない。飾り気がなくて、地味。明るい色を選んではいるけれど、それでもやっぱりどこか雑な感じがする。でも、ないものはない。買いに行こうという気持ちにもならない。着飾ることが、めんどくさい。化粧は好きだけど、オシャレは嫌いだった。多分化粧は褒めてくれる人がいるから楽しいけど、オシャレは誰も褒めてくれないから、かもしれない。


 褒められようとしていないことが原因かもしれない。




 そんなことを考えていると、耳を思わず塞ぎたくなるような、ぎぃいいんという音を立てて、電車が止まった。五十センチほど印からずれたところに扉が来て、待っていた行列は、蛇が首をかしげるみたいに、先頭から少しずつ左寄りにずれた。


 こうしてみると、人間は集団として、別の生物なのではないかと思う。車だって、その中に人が何人いようと、それ自体がひとつの生物のように走っていくし。


 馬鹿みたいな発想。陳腐な表現。テンションが上がらない。緊張もしない。


 別に彼のことは好きじゃない。今日の約束は、憂鬱だった。きっと楽しくならない。普通に過ごして、普通に終わるだけ。まだ友達と遊んだ方がマシだ。こんなに気遣わなくて済むから。


 手でも繋いだら、ドキドキするのかな。でもこの前、同じペットボトルのお茶を飲んだ時、何一つ違和感がなかった。間接キス。家族と同じ料理をつつくような感覚で、そこに何か、特別なものを感じはしなかった。その割に、居心地の悪さだけはちゃんとある。




 ため息をついた。息は白かった。ふと隣の人の息を見ると、この人の息の方が見事だな、と思った。私の息はなんだか、やる気が感じられない。





 表現力。表現力。暇つぶしに、色んなものを見て、何かにたとえられないか考えている。つり革を見て、あれをどう描写してやろう、と考えた。細いドーナツ。ピンとこない。思わず右手と左手でそれぞれ掴みたくなるような、プラスッックのわっか。小学生かな? でも、冷静に考えてみたら、あれはいろんな人が触っている。とても不潔な人が握っていたって不思議じゃない。不思議じゃないどころか、一日どれだけの人がつり革につかまるかと考えると、ぞっとする。必ずひとりくらいは……やめよう。汚いことを考えるのはやめよう。




 電車の中でスマートフォンを見るのは、なんだか罪深い行為であるような気がしていた。有象無象、と自分自身を思いたくなかった。でも私は正真正銘、有象無象だった。しかし、私は考える有象無象である。なんて。それが何の慰めになるだろう?





「やぁ、おはよう」


 その人の笑顔は、私を安心させる。私を安心させすぎてしまう。


 私の頬も自然と緩み、気づいたら手を振っている。振っていない方の手の汗が気になった。


「おはようございまーす」


 あえて呑気で間延びした声を出してみる。思ったよりもかわいく響いて、ぎょっとした。なんだかぶりっ子みたいじゃないか。


「おはよう」


 まるでそれの埋め合わせをするみたいに、二回目のおはようを彼は言った。落ち着いていて、爽やかな、声。


「おはようございます」


 私も似たように、よく締まった低い声で言い直した。それで、笑った。気持ちが明るくなった。やっぱりこの人はいい人だと思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る