第20話 帰宅

 太陽が西に沈んでいく。

 夕暮れが西の空をあかね色に染めあげて、街が夜へと移っていた。


俺は陽菜と一緒に歩いて、家路につく。今日はバイトが無いから、急いで帰らなくても良い。岳以外の誰かと家に帰るというのが慣れなくて、俺は陽菜の隣を歩きながら黙ってしまう。頭の中ではさっき告白されたということと、陽菜と一緒に帰っているという2つがごちゃ混ぜになって訳の分からないことになっていた。


「……嫌だった? 


 外だから苗字で呼んでくる陽菜。

何度も呼び慣れたそちらの方が、俺としては落ち着いた。


 俺の沈黙を、この状況への否定だと勘違いした陽菜が、少しだけ焦ったようにこちらを覗いてくる。だから、俺は慌てて首を振った。


「違うよ。ただ、岳以外の誰かと一緒に帰るのに慣れてないだけだから」

「良かった。一緒に帰るのが嫌なのかと思っちゃった」

「嬉しいよ、俺は。七城さんと帰れて」


 岳は柔道部の練習で、今日の帰りは遅い。だから、本当は1人で帰るはずだったのだ。1人で帰るというのは慣れているはずだが、それでもやっぱり誰かと一緒に帰ったほうが楽しいに決まってる。


「七城さんは良かったの?」

「何が?」

「俺と一緒に帰っても。誰かにバレるかも知れないのに」

「バレたら何か駄目なことがあるの?」

「……ん。いや」


 付き合っても無い男と一緒に帰ってる。それが友達ならまだしも、まったく接点のない男だ。どんな噂を立てられるか分からない。彼女もそれを知ってるはずだ。


「だってもっと自分を出しても良いって言ったの、秋月君だよ」

「……ぐぅ」


 そう言われたらぐうの音も出ない。俺はまったくもってお手上げだ。


「ね。今日の晩御飯なにがたべたい?」

「何でもいいよ」

「もう。何でも良いよが一番困るんだけど」

「でも、七城さんの作ってくれるご飯は何でもおいしいから」

「そうやって誤魔化してもダメ!」


 そう言って陽菜はむっとする。


 陽菜の柔らかそうなほっぺが膨らんで、もちみたいになっていた。触ると柔らかいんだろうか。柔らかいんだろうな。俺は陽菜の顔が可愛かったもので、つい手を伸ばしてほっぺを指でつつく。想像していたよりも、柔らかい触感で陽菜のほっぺは俺の指を受けいれた。


 そして、そのまま2人の時間が止まる。


「……へ?」

「あ、ごめん」


 陽菜の声で我に返った俺は手を戻した。


「可愛かったから、つい」

「~~~っ!」


 陽菜は何かを言いたそうに顔を真っ赤にすると、何も言わずに何度も深呼吸を繰り返しす。


 ……あれ? 俺いま何て言った??


 何も考えずに指でつついた後、自分がなんといったから思い出せずに俺は心の中で首を傾げた。だがまあ、忘れてしまうということは大したことではないはずだ。多分、適当に誤魔化したんだろう。


「もう! 急に人前でこういうことはしないで。びっくりするから」

「人前では?」

「うん」


 陽菜が怒っていないようで一安心。俺はほっと胸をなでおろす。そして、どちらが示し合わせたわけでもなく同じタイミングで歩き始めた。そこからは特に他愛のない話をして歩いていたのだが、ふと陽菜の目線が俺の後ろに向かった。


 それが気になって俺も後ろを振り向くと、クレープの移動販売車が止まっていた。


「珍しいな。こんな時間に止まってるなんて」

「あれ、なんですか?」

「え? 車だよ」

「違うよ。あの、お菓子」


 ちょっとボケたのだが、普通にスルーされてしまった。俺は気を取り直して、陽菜の方を振り向く。


「あれはクレープだよ」

「クレープ? あのクレープ?」

「うん。あのクレープ」


 他にどのクレープがあるのか俺は知らないが、甘い生地でフルーツやらクリームやらを包み込んだお菓子はクレープと呼ぶ以外に呼び方を知らない。


「私、初めて見た」

「食べてみる?」

「ううん。大丈夫。私お金持ってないから」


 でも、その目は少しだけ物悲しそうに震えた。


「良いよ。俺が持ってるから」

「でも」

「いこ」


 なかなか移動しない陽菜の手を俺は取った。


 その瞬間、陽菜がびくっと震える。想像していたよりも、はるかに柔らかい陽菜の手に手をとった俺の顔が赤くなる。でも、そんな顔は見せられないので前を向いて陽菜の歩幅で移動販売車に向かった。しばらくして、陽菜は何も言わずにぎゅっと手を握り返してきた。


 ちらっと後ろを振り向くと、彼女は下を向いたままでどんな表情を浮かべているのか分からなかった。


 かっこつけて陽菜を誘ったは良いものの、俺はクレープなんて数回しか食べたことないのでとりあえず、おすすめぽかったストロベリーを頼んだ。


「1つを半分こしよっか」

「……うん」


 俺がそう陽菜に提案すると、彼女はこくりと首を縦に動かした。数分待っているうちにクレープが焼き上がって手渡される。ほんのり暖かく柔らかいクレープの包みを手に持ちながら、そっと陽菜に向けた。


 もう良いだろうと思って、手を放そうとしたのだが今度は陽菜が握ったまま離してくれなかった。仕方ないので、俺は再び手を握り直した。


「どうぞ」


 陽菜はそのクレープをじっと見て、そして俺の顔を見て来た。そして、そのまま意を決したようにクレープに口を運んだ。て、手渡そうと思ってたんだけど……。という俺の心の声は届かず、陽菜はさらにクレープを食べる。


「……甘い」

「ね。甘いでしょ」


 一口分かみ切ってクレープを見つめる陽菜を見て俺はほほ笑んだ。


「クリームついてるよ」


 そう言って俺は陽菜の口元についていたクリームを取った。で、そのクリームをどうするか手に取った後で悩んだ。流石にこれをこのまま陽菜に食べさせるわけにはいかない。だから、困った俺はそのクリームを食べた。


「あっ」


 ちょっとだけ、小さな声が陽菜からあがった。


「あ、ごめん。食べたかった?」

「……ううん。違うよ」


 やっぱり口元についたクリームを食べるというのは下品だったかなぁ。と思いながら、俺はクレープを再び陽菜に差し出した。流石に今度は陽菜も片手で受け取って、また口に運んだ。


 どうやら彼女はクレープがお気に召したようで、帰る途中にほとんど1人でクレープを食べてしまう。でも、そんな彼女が可愛らしくて俺はそんな陽菜をずっと見ていた。手は帰るまで繋がれたままだった。

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