第30話 どういう状況……?

「何、これ。どういう状況……?」


 和真に襟首をつかまれ、大地と千尋に腕をつかまれ、真央に白い目で監視され。引きずられるようにして廊下のすみに連行された悠斗は、四人の顔を見回して、顔を引きつらせた。


「日菜とケンカでもしたの?」


「ケンカっていうかなんていうか……話をしたいんだけど、避けられてる感じ」


 真央の静かだけど凄みのある声と笑みに、悠斗は首をすくめた。


「いつから!?」


「初詣のあとからです!」


 千尋にいきおいよく胸倉をつかまれ、


「日菜に何を言ったの」


「何を言ったっていうか、言おうとしていたのを止めたっていうか……って、何これ! 尋問!? 暴力反対!」


 真央に冷たい目でぺちぺちとほほをはたかれ。悠斗は反射的に両手をあげた。


「そうだな、白石を締め上げるのはあとにしよう」


「それはつまり、あとで締め上げるってことか、平川……」


 にらみつける悠斗を静かに見返して、和真は深々とうなずいた。それを見て、悠斗は唇をとがらせた。


「ケンカかどうかは置いておくとして。白石には日菜と仲直りするつもりがあるということね」


「もちろん」


 真央に尋ねられると、悠斗はきっぱりと答えた。

 恥ずかしがるとか、ためらうとか。全くない。直球の答えに、真央は呆れたように微笑んだ。


 一年のときから同じクラスだけど、悠斗がこんなに素直な性格だなんて思わなかった。

 本ばかり読んでいて、黙り込んでいて。返事をしたかと思えば一言、二言で終わり。もっとややこしくて扱いにくい相手だと思っていたのに。


 真剣な表情でうなずく悠斗を見て、和真も真央と似たようなことを考えていたのかもしれない。

 呆れ顔で微笑みながら、


「木村さんと話ができれば解決できるってことだな、白石」


 念を押すように尋ねた。


「解決できるかはわかんないけど……日菜と話をしないと進まない」


 きっぱりとした口調で言う悠斗にうなずいて、和真は真央と千尋に顔を向けた。


「橋本、清水。昼休み、木村さんはどこに行くって言ってた?」


「用事がある、としか聞いてない」


「聞く前に十分休みが終わっちゃったし、昼休みもすぐにいなくなっちゃったから」


 首を横に振る真央と千尋を見て、和真は腕を組んだ。

 五人で校内を探せば、いずれは見つかる。でも、昼休み終了まであと三十分という、このタイミングで見つけられるかはあやしい。それに見つけたところで、悠斗と日菜が話をする時間があるかどうか……。


 帰りのホームルームが終わった直後を狙った方が確実なのではないか。そう考え始めていた和真の思考を、


「その答え、出たっぽい」


 大地の一言が遮った。


「あそこ」


 大地が指差すのを見て、壁を背にして座り込んでいた悠斗がいきおいよく立ち上がった。振り返って窓にへばりつく悠斗の肩越しに、和真たちも向かいの校舎を見下ろした。

 向かいの校舎の、一階の廊下を歩いている日菜の姿が見えた。その先にあるのは職員室だ。


「職員室に何の用事だろ?」


 千尋が首をかしげた。


「前を歩いてる人って……」


「木村さんのお母さん、かな?」


 真央の疑問に、和真は疑問系で答えた。

 

 遠くに見える日菜は、女の人のあとを付いていくようにして歩いている。年齢的に日菜のお母さんだろうと思うのだけど、二人のあいだには妙に距離があった。

 四人は顔を見合わせて、首をかしげた。


 と、――。


「白石!?」


 悠斗が大地の肩を押しのけて、駆け出した。


「おい、どこ行くんだよ!」


「職員室の前で待ち伏せる!」


 和真の声に振り返って、悠斗は大声で言った。そして、


「声かけてくれて、ありがと! ドアんところでしゃがんでたら、気付かなかった!」


 満面の笑顔で手を振ると、あっという間に走っていってしまった。廊下を走るなと注意する暇もない。


「心配してくれて、ありがとう……じゃなく?」


「やっぱり、なんかズレてるよな」


 困惑気味の真央のつぶやきに、和真が呆れ顔で言った。


「そういえば橋本、千尋。締め上げ損ねてるけどいいの?」


 ふと思い出したように尋ねた大地は、


「なに言ってんの、大地」


 拳を握り締める千尋と、


「放課後、締め上げるに決まってるじゃない」


 にっこりと、怖いほど良い笑顔で言う真央を見て、心の中で合掌した。

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