第26話 神様にお願い。

 悠斗と向かったのは、夏祭りや秋祭りで行った大きな方の神社だ。


「帰りに小さい方の神社にも寄ろう! かぎしっぽにも新年のあいさつ、したいし!」


「お、おう……そうだな」


 大きな神社に向かう途中。

 日菜が手をにぎりしめて、必死の形相で言うのを見て、悠斗は不思議そうな顔をしながらもうなずいた。


 大きな神社に到着すると、早速、お参りするための列に並んだ。

 お祭りのときはすごい人混みだったから、きっと今日も混んでいるのだろう。参道にずらっと人が並んでいて、お詣りするまでに三十分くらいは待つのだろう。

 そう、覚悟していた。


 そのあいだに悠斗とゆっくり喋れるんじゃないかと、ちょっと期待もしていたのだ。

 人ごみの中で告白するつもりはないけど、今まで悠斗と恋愛の話とか、そういうのを全然、したことがない。

 あるとすれば、おじいちゃんとおばあちゃんの恋話ばかりだ。


 初恋の子の話とか。今はどうなのか、とか。告白する前にちょっとだけ、聞いておきたい気もした。


 ――聞きたくない気も……するけど。


 お参りの列に並びながら、日菜はどきどき、そわそわする胸を押さえた。


 学校だと千尋やクラスメイトたちにからかわれそうだし。喫茶・黒猫のしっぽだとおじいちゃんと石谷の耳がある。

 悠斗と話すことと言えば、日菜が毎週見ている探偵や刑事もののドラマと。悠斗が読んでいる本の話くらいだ。


 そう、悠斗はあいかわらず本を読んでいる。


「借りてた小説を図書室に返しに行ってさ。ふらっと今まで見なかった棚ものぞいてみたんだよ」


 秋祭りの翌日。

 喫茶・黒猫のしっぽで夕飯を食べながら、悠斗は目を輝かせながら言った。

 今までは家族モノやヒューマンドラマモノの小説しか読んでなかったみたいだけど……。


「俺、指輪物語も、ハリー・ポッターも、ダレン・シャンも、ナルニア国物語も。全然、読んでないんだよ。一冊くらいは読んでみようかなって、読み始めたらさ! これが、もう……!」


 ファンタジー小説に思いっきりはまったらしい。

 テーブルをバシバシと叩くばかりで、全然、次の言葉が出てこない悠斗に、日菜も。途中からは石谷も、くすくす、けらけらと笑い出した。


 お父さんの気持ちを知りたくて小説を読み始めたのは、本当のことだったんだと思う。

 でも、小説を読むのが大好きというのも、やっぱり悠斗の正直で、素直なの気持ちなのだ。


 並んでる今も、悠斗はすきさえあれば読んでいるファンタジー小説の話をしようとする。

 それにくすくすと笑っているうちに、あっという間に日菜たちがお参りする番になってしまった。

 人は多いのにずいぶんスムーズだなと思ったけど、理由はすぐにわかった。


 いつもは賽銭箱と、その前に大きな鈴のついた紐が一本垂れ下がっているだけだ。

 でも今日は子供用プールくらいの広さと深さの木枠に白い布がかけられていて、そこにお賽銭を入れるようになっていた。

 大きな鈴のついた紐も七本に増えてる。


 おみくじやお守りを置いている社務所のとなりにも、仮設テントが立っていた。

 そっちにもおみくじやお守り、破魔矢が並んでいて、緋色の袴姿の巫女さんが忙しそうに対応しているのだ。

 完全に初詣仕様だ。人が集まることを見越している。手慣れている。さばき慣れている。慣れ過ぎていて――。


「……ちょっと、残念」


 話をする間もなく順番がまわってきてしまって、日菜は肩を落とした。


「日菜。ほら、早く。一歩前!」


 日菜のぼやきは聞こえなかったらしい。手招きする悠斗のとなりに、日菜はあわてて並んだ。


 お賽銭を投げて、鈴を鳴らして……次はどうするんだったっけ? と、首をかしげた。

 ちらっと悠斗を見ると、深く二回、お辞儀をしたあと。パン! パン! と、手を叩いて。手をあわせたまま、目をつむった。


 さすが、ゲン担ぎや縁起を気にするだけのことはある。参り慣れてる。

 日菜は悠斗の真似をして、深く二回、お辞儀をしたあと。二回、手を叩いて。手をあわせて、目をつむった。


 ――今年も良い年になりますように。


 ありきたりなお願いをしてから、となりを盗み見ると、悠斗はまだ目をつむっていた。何を熱心にお願いしているのだろう。

 淡い期待に日菜は唇をきゅっと噛んで、もう一度、目をつむった。


 ――悠斗くんの彼女になれますように。


 そう心の中で呟いて、ふるふると首を横に振った。“なれますように”じゃない。

 唇を引き結ぶと、改めて深くお辞儀をした。


 ――今日。これから。悠斗くんに告白をします。どうか……応援してください!


 心の中で神さまに宣言して、日菜はいきおよく顔をあげたのだった。


 ***


 社務所のまわりは熊手や破魔矢といった縁起物を求める人たちで人だかりになっていた。石谷に破魔矢を頼まれている悠斗も、その中に突入していった。


 おみくじはどうする? と、聞かれたけど、今日はやめておくと答えた。

 お狐さまに入っていたおみくじの言葉を、上書きしてしまうのが怖かった。


「……良い人です。信じなさい」


 おみくじの恋愛のところに書いてあった言葉だ。日菜のおみくじにも、悠斗のおみくじにも同じことが書いてあった。


 日菜にとっての“良い人”が悠斗であるように。

 悠斗にとっての“良い人”が日菜であるように。


 祈るように手を握りしめていると、


「日菜!」


 悠斗が離れたところで手を振っていた。破魔矢を二本、抱えている。一本は石谷の、もう一本は悠斗のうちの分だろう。

 悠斗は帰り道を指さしていた。社務所のまわりは混んでいるから、離れようということだろう。日菜がうなずくのを見て、悠斗はゆっくりと歩き出した。日菜も小走りに追いかけた。

 参道を真ん中あたりまで進んで、ようやく悠斗に追い付いた。それに気が付いて、悠斗が振り向いた。


「じゃあ、かぎしっぽがいる神社に行こうか」


「う、うん!」


 緊張で思わず声が上擦ってしまった。悠斗は目を丸くすると、


「寒かった?」


 心配そうに尋ねた。寒くて喉を傷めたと思ったのかもしれない。日菜はあわてて首を横に振った。

 心配してくれるのはうれしい。

 でも、かぎしっぽに会いに行くのを――小さい方の神社に行くのを、また今度にしようなんて言われたら困る。


 人はほとんど来ないし、神さまも見守ってくれている。

 幸運のしるし――かぎしっぽの黒猫もいるのだ。

 悠斗に告白するのに、これ以上の場所はない。


「そっか」


 と、言って笑う悠斗に微笑み返して。日菜は緊張で震える自分の手を、ぎゅっと握りしめた。

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