6 廻天

 スクールバンドの合同ライブ当日。


 奏海、かれん、恵美里の3人は果林先生とともに、会場である茅ヶ崎湘陵高校の体育館にやって来ると、案内役の星澤千砂都の先導で、控室として充てがわれた1階の教室に入った。


 職員室の隣で、逆の隣は茅ヶ崎一高〈ポートナムメーソン〉の控室となっている。


 観客席を奏海とかれんが下見してみると、やはりteam tecnicaが目当ての学生や観客が多かったようで、手製の団扇やグッズのタオルなどを手に談笑している姿がほとんどであった。


「やっぱりうちらは、オマケみたいなもんなんかなぁ」


 かれんは明け透けな物言いをした。


「…まぁ今のところは、だよね」


 奏海は視線をステージへ向けたまま、


「一高や湘陵のバンドだって聴いたけど、カッコいいって私は思うけどなぁ」


 だって同じ高校生じゃん──奏海の言葉にかれんはハッとしたようで、


「…だよね」


 かれんは何かスイッチが入ったような感があったらしい。





 控室に戻るとかれんは、それまで外すことのなかったメガネを外した。


 余計なものを見ないように…ということらしい。


 さらに。


 かれんはそれまでストレートの髪をそのままにしていたのを、急にサイドテールにまとめた。


「恵美里、ちょっと借りていい?」


 かれんは恵美里のカバンについていたカサブランカの造花を借り受けると、サイドテールの結い目に挿頭かざして手鏡でチェックをした。


「…これならちょっとは、イメチェン出来たかな?」


「かれんちゃんそれ、似合うからあげるよ」


「恵美里ちゃん…ありがと」


 それまでの地味なかれんから、少し大人っぽい雰囲気に変わったので奏海も恵美里も驚いたのだが、咄嗟に思いついたものらしかった。





 茅ヶ崎一高〈ポートナムメーソン〉の演奏から合同ライブは、まずまずの滑り出しで始まった。


「それでは続きまして、茅ヶ崎商業高校〈Mercurius〉です!」


 司会のアナウンスに導かれるように奏海とかれん、恵美里がステージに立つと、一斉にどよめきが起きた。


 それまでの地味なかれんではなく、一気に華やいだかれんがあらわれたのである。


「茅商のボーカルって変わった?」


「前は何かイモ姉ちゃんみたいな子だったよね?」


 そんな声が奏海の耳には入ったが、かれんはわれ関せずと言わんばかりの顔で、


「それでは聴いてください、『CONNECT』」


 この日のために書き下ろし、音合わせをしたナンバーを披露した。






 かれんのイメージチェンジは、ものの見事に図に当たった。


 オリジナルだけ3曲ほど披露したのであるが、舞台袖に引き上げるや、アンコールが起きたのである。


 戸惑っていた奏海たちに、


「もう1曲お願い」


 星澤千砂都が手を合わせた。


「…出るか」


 かれんの合図で再び立つと完成が湧き上がり、それまでにない盛り上がりとなった。


「じゃあアンコールに聴いてください、『JOKER』」


 これもかれんが書き下ろした1曲であった。





 最終的にアンコールは3回も歌い、それまでなかった数の曲を披露したので恵美里も奏海も気疲れでヘトヘトになっていたのであるが、かれんだけはすべてを出し切ったような顔で、疲れてはいたが満足気な様子で、


「…ライブって楽しいやん、ね」


「それにしても」


 かれんの小柄な身体のどこにそんなパワーが潜んでいるのか奏海は分からなかったが、それでも茅工と互角に渡り合えるところにまで近づいた──というような実感はあったらしい。


 他方でステージでは異変が起きていた。


 盛り上がって温まったステージで始まった茅工の〈team tecnica〉のパフォーマンス中に電源トラブルが発生し、演奏が止まっていたのである。


 ボーカルの佐藤百合亜は立ち尽くして何もすることができず、泣きそうな顔をしていた。


「…恵美里、どうしたらいいと思う?」


 駆け込んできた星澤千砂都は恵美里に問うた。


「アコースティックギターあったよね?」


 かれんは予備で持って来ていたアコースティックギターを押っ取り刀でステージまで馳せつけると、


「ピンチヒッターだけど、歌ってもいいかな?」


 かれんの問いに、


「いいともーっ!」


 という観衆からの反応があったので、かれんはアコースティックギター1本で歌い始めたのは、何とteam tecnicaの『SOLDIER』という代表的なナンバーであった。





 かれんの機転で、どうにかライブが白けることだけは避けられた。


「何だか借りを作っちゃったわね」


 佐藤百合亜は終了後、かれんに頭を下げた。


「ウチは別に貸しとか思ってへんけどな」


 原因はパソコンの過熱で音源が動かなくなり、連鎖で遮断が働いてしまったことにあった。


「工業高校なのに…こんな初歩的なケアレスミスでこんなことに」


「まぁ、人はミスする生きもんやもん。これがスクバン本番やったら、目ぇも当てられん大惨事になるとこやったわ」


 かれんにはサバサバした一面がある。


 結局このトラブルで、次の出番のはずであった湘陵は演奏できず、最後の合同演奏もなくなってライブは途中で中止になってしまったのに、かれんは腹を立てるどころか、


「まぁ、次は定期戦やね」


 気にする様子すらなかった。


 奏海はかれんの行動に最初は呆気にとられていたが、


「まぁ、かれんちゃんらしくて良いかな」


 少し世話焼き屋なところがあるかれんの、かれんらしい言動に奏海は苦笑いを浮かべていた。






 はからずも。


 このかれんの一連の出来事は、それまでの評価を覆すきっかけとなった。


 ──トラブルに強い。


 得てしてスクバンはアクシデントの多い大会でもあり、その危難をどう乗り越えるかというところに、浮上のカギがあるという側面もある。


 その点で茅工が電気系統のトラブルで難航しているときに茅商が電気を使わないアコースティックギター1本で乗り切った──という事実は、このあとのオープンスクールの際に大きく響く結果となってあらわれた。


 ──楠かれんの茅商に行きたい。


 という生徒が、現実にあらわれたからである。


 特筆すべきであったのは、中学3年生ながらドラムの世界大会で5位入賞を果たし注目を浴びていた児玉可奈子──瑶子の遠縁にあたる──が茅商への入学を希望し、入試を突破して入学が決まったことであった。


「私は楠かれんちゃんとバンドがしたい」


 本人の志望が叶った形にはなったのであるが、


「…ってことはさ、うちのバンドに来るかもしれないってこと?!」


 3年生に進級した奏海はことの重大性に気づくと、流石に頭を抱えた。





 入学式の日、注目のドラマーが茅商のブレザー姿であらわれると、追いかけていたカメラマンや週刊誌の記者などが写真やコメントを取るために集まり、ちょっとした渋滞が起こるほどであった。


 その様子を部室の窓から眺めていた奏海は、


「私はともかく、問題は恵美里ちゃんだよね…」


 繊細でデリケートなところがある恵美里のことが心配でならなかった。


 が、当の恵美里は、


「大丈夫だよ。私にはかれんちゃんもいるし、何より奏海先輩もいるし」


 だから大丈夫──恵美里はみずからの胸倉をポンと叩いてみせた。


「それなら良いんだ」


 奏海は校門で騒がしくなっているメディアたちの喧噪を、まるで天界から見下ろすようにぼんやりと眺めていた。



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