4 隻眼

 身を乗り出して奏海は、


「取り敢えず、場数を踏まないことにはダメなんだと思う」


 奏海のプランは、


 ──とにかくライブをしまくる。


 手あたり次第にライブに出続けて、ブラッシュアップしていくのが最善──そのように考えていたようである。


 かれんも、これには驚いた様子であったが、


「でもそれは手としてはアリやなって思う」


 つまりライブの数をこなせば分かってくるものがある──かれんは即座に理解した。


「それ、やってみようやん」


 かれんは納得すると驚くほどあっさり素直になるところがあるらしい。





 さて、恵美里である。


 かれんが気になっていたのは眼帯で、確か一人だけ最後まで見ていたのが眼帯の女子生徒であったのを、かれんは憶えていたのである。


「もしかして…定期戦のときライブ見てた?」


 問うてみると果たしてその通りで、


「あのときはたまたま、外出の許可がおりたから」


 普段は実家ではなく、療養を兼ねて施設に住まっているのだ──そのようなことを恵美里は述べた。


「…そうなんだ」


 かれんの隣で聞いていた奏海は、それ以上は尋ねることを憚ったが、どうやら複雑な事情らしきものを抱えていることだけは察せられた。





 恵美里は独りピアノを弾くのが好きな質であったようで、しかも指が憶えていた曲をサラサラと弾いてみせる。


「他界したパパがジャズピアノをしてて」


 それで習っていたのはクラシックピアノながら、ジャズも弾けたのは奏海も理解できた。


 しかも。


 いつも恵美里は眼帯をしている。


「前にケガしちゃって…傷もあるし」


 ほとんど失明しているので眼帯をしている──というのである。


「だから体育なんかは授業ほとんど見学だし、水泳なんかは危ないからってプール入ったことなくて」


 それでも。


 ピアノだけは指が慣れてるから弾けるんだ──恵美里は言った。


 恵美里は奏海に少しずつ気持ちを開いていたようで、


「私には兄弟も姉妹もいないから、なんか初めてお姉ちゃんが出来たみたいで」


 それが嬉しかったらしい。





 合宿で新しい曲もかれんは完成し、譜面のコピーを渡してから、


「これを今度練習しながら、来年のスクバンの予選を目指すのはどうかなって」


 かれんは言った。


「でもその前に、コピーバンドでとにかくイベントとか祭とか出まくって経験値をつけるほうがいいような気がする」


 奏海は言った。


「でも今更コピーって…」


 たまたま聞いていた果林先生が、


「だってオリジナルだけである程度ライブするってなったら、かなりの曲数が必要なんだよ? かれんちゃん、それだけ今から作れる?」


 かれんはタンブラーを持つ手が止まった。


「それには、コピーとオリジナルを並列で演奏しながらストックするのが得策だと、私は思うけどなぁ」


 確かにそれは果林先生の言い分に説得力がある。





 そのような成り行きで。


 Mercuriusはコピーとオリジナルを混ぜたセットリストで、毎週日曜日にイベントや地域の祭り、或いは町内会の集まりのゲストなど様々な場面でのライブ活動を始めた。


 最初はなかなか場所を確保するのも一苦労で、


 ──女子高生のバンドねぇ。


 などと遊びのように見られることも多かったが、奏海たちが茅商の生徒だと知ると、


「なんだ、うちの後輩じゃないか」


 などと言って、場所を提供してくれる町内会やイベントも出てくるようになり、初めて2ヶ月を過ぎる頃には、すんなりと貸してくれるイベントも次第に多くなっていった。


 そうして3ヶ月目には、


 ──茅商のMercuriusなら貸してもいいよ。


 などと指名も入るようになった。





 茅ヶ崎という街はもともとアマチュアバンドの盛んな土地柄で、プロも何組か出ている。


 それだけにアマチュアバンドの対バンや大会、イベントも数が多く、その中で女子生徒だけの高校生バンドはほとんどなかったのもあって、自ずと注目は集めた。


 そのため、


 ──茅商のMercuriusと対バンしたいんだが。 


 と、指定してくるアマチュアバンドもあらわれ始めた。


 その3ヶ月間に腕前はすっかり磨かれ、かれんのボーカルも次第に良くなってきていたのもあって、


「Mercurius、いいよね」


 と、少ないながらも追っかけがつくようになり始めてもいた。





 そのようにして僅かずつながら、実力を蓄え始めた台風明けの日に、


「市内の公立4校での合同ライブに出ませんか?」


 という誘いの声がかかった。


 茅ヶ崎市内には茅工、茅商の他に公立が茅ヶ崎第一高校と茅ヶ崎湘陵しょうりょう高校、あとは私立の茅ヶ崎学園高校と計5校ある。


 そのうち公立4校のスクールバンドが集まって、合同ライブをするという企画が持ち上がったのである。


 果林先生は乗り気ではなかった。


「また何か言われるのかなぁ」


 よほどトラウマがあったものらしい。





 が、奏海は違った。


「どうする? 出る? それともやめとく?」


 かれんと恵美里に諮ってみたのである。


「そりゃあ出るに決まってるやん」


 かれんの意見は奏海の予想通りであった。


「…私、出る」


 恵美里の意見は、奏海もかれんも、果林先生も想定していなかった答えであった。


 これには奏海だけでなくかれんも驚くほどであったが、


「私…変えたいんだ。自分のことも、未来も、全て変えたいんだ」


 これに奏海は、反論をする気はなかったらしく、


「…うん、分かった。恵美里ちゃんのためにも、未来を変えてみよう」


 奏海の言葉に、かれんも強く頷いた。

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