第二十三話 誰もが振り向く美人

「はぁぁぁぁ……」


「ほら、カルさん、いい加減あきらめなさいな。二階へ行くわよー」


 カルはスーと共に着付けをするために店の二階へと上がっていた。盛大にため息が出てしまったが「仕方がない」と自分で自分にあきらめるよう促しておく。


(カルゥ、そんな乗り気じゃないのにホントにやんのかぁ?)


(仕方ないだろ、貴重な情報のためだ)


(はぁ、人間って色々大変だねぇ、見ているこっちは楽しいけどな。カルの女装ってめちゃめちゃ評判良かったんだろ? ちょっと楽しみ)


 タキチは完全に楽しんでいる。にしし、と聞こえる笑い声にカルは眉間にシワを寄せたが、前を歩くスーが途中で振り返ったので慌ててシワは消しておいた。

 二階に上がると姿見鏡がドンと置いてある畳部屋に通された。中では先程もいた着物屋の主人と、もう一人の女性が笑みを浮かべ、これから始まる仕事に気合いを入れていた。


(悪夢再来……くそぉ)


 カルは心の中で悪態をついてから、そこからのことは記憶に留めないように努めることにした。

 最初はスーの着付けが始まり、別の部屋で簡単に着付けを終えた彼女が薄桃色をした見事な婚礼衣装を見せてくれた。それがとても綺麗でクウタと並んだ姿を想像し、幸せそうだなぁ、とほっこりした気分にはなった。


(クウタには幸せになってもらいたいからな)


(おれっちはカルにも幸せでいてほしいけどな)


 タキチの何気ない呟きは本心だと思う。とりあえず(ありがとう)とだけ返した。

 幸せか……自分の幸せってなんだろう。考えると三日前についた左腕の傷がかすかに痛んだ。


「はいはいー、じゃあ次は貴方様の番ですな」


 主人はスーの着付けを終えると楽しみが待っていましたとばかりに鼻歌混じりでカルの着物を箪笥から選んでいた。

 なぜか主人が選んだのは薄紫色の布の中に、白百合の模様をあしらった見事なまでに女性色強い振袖。帯は着物よりも濃い紫色を選び、全体の色を引き締めている。


 始まってしまった着付けに、カルは(何も考えるな)と思考を停止させて耐えた。周囲ではいそいそと主人と女性が動き、だんだんと身体が重く、腰がギュッと締めつけられる。

 着付けが終わって満足したかと思いきや、気分が乗ってしまったのか主人は化粧までし始めてしまった。


 顔におしろいが塗られると慣れない行為にむせ込み、唇に紅が塗られると突っ張ったような感覚に口を引き結んでしまう。そうしたら「唇を前に出さないとダメですよ」と女性に怒られてしまった。


(……カルー、大丈夫か?)


 必死に耐え忍ぶ中、タキチが心配そうに声をかけてくる。

 そうこうしているうちにはなんとか終わり、主人が満足そうな声を上げた。


「おぉ、これはすごい! このような逸材は滅多には……というより、ここまでの素晴らしい出来栄えは初めてかもしれませんなぁ」


 主人は離れた部屋にいたスーを呼び、力作となったカルの姿を見せる。

 するとスーもすごいものを見たようにきゃあきゃあと飛び跳ねていた。


「まぁ! カルさん、すごい、すごい! 私なんかより美人さんよ。クウタさんが見たら惚れちゃうんじゃないかしら」


 スーの絶賛に「バカ言うなよ」と否定しながら、カルは側にあった姿見鏡に映った自分の姿を見る。


「……う、嘘だろ?」


 そこには見たことがない人物がいた。街中ですれ違ったら絶対に二度見、三度見をしてしまうだろうという姿。それは過去にクウタに悪戯された時とは段違いの出来栄えだった。


「これ、俺?」


「うん、カルさん、本当、素敵過ぎるわ」


 髪は短いはずなのに。いつの間にか付け毛のようなもので髪を足され、後ろで結んだお団子のような髪型になっている。だがほんの少し前髪が斜めに垂らされ、それが妙な色気を醸し出している。

 化粧も抜かりはない。白い肌に赤い紅が映えているという、例えるなら雪の中にある一輪の椿。そんな美人画を描いたような完成度。頬にもうっすらと朱が足され、火照ったような表情を常に作っている。こんな表情の美人に見つめられたら、自分でもどうにかなってしまいそうだ。


 自分の姿なのに。それは言葉を失うほどの変貌ぶりで、タキチも(すっげぇ美人じゃん!)と叫んでいる。


「ふふふ、すごいですねぇ。これならキデツ様も大喜びしてしまいますよ」


 満足そうな主人の口からとある人物の名前が出た。すぐにカルは自分の目的を思い出し、主人に視線を向けた。


「おぉ、そうでしたね。着付けをさせて頂いたお礼に、お教えしますよ」


 先程、主人から着付けの申し出があり、カルがそれを断ろうとしていた時に主人が言っていたのだ。


『貴方様のような方が見事な変身をして街を出歩けば、どんな金持ちでも側に置きたくなるでしょうね。特にキデツ様は貴方様のような美しい少年がお好きなので』


 その言葉を聞いた時にはカルの心は飛び上がっていた。銀狐のギンちゃんの本体である秘刀は、今はそのキデツという男の屋敷にあり、どうやってそれを手に入れようかずっと悩んでいたからだ。願ってもない好機だったのだ……代償はこの姿だが。


(でもさぁ、カル。今んとこ、キデツがこういう格好の美少年が好きってことしかわかってないけどさ、どうすんの。その格好でとりあえず近づけるだろうって考えてんの。近づいてどうする。誘惑して、もらうの? 盗むの?)


 タキチのズバリな指摘だ。そして問いにはすぐには答えられない。とりあえずキデツに近づけるように屋敷に潜入する。

 そこからは……うーん、どうしたものか。

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