第24話 喧嘩

「妃殿下、夕食をこちらにお運びしてもよろしいでしょうか」


霊峰の麓にある町の唯一の宿に泊まることになった。もともと霊峰を訪れるための宿なので王侯貴族も利用するらしい。上階は手の込んだ豪奢な装飾のある部屋が並ぶ。小さな町の宿にしては立派なのだ。

その宛てがわれた部屋は二間続きで風呂などもある。城ほどではないが、華美な家具の置かれた部屋だった。広めに取られた部屋を自分一人で使っていいらしい。

夫とは別というところが、警戒されているということだろうか。


ソファで一息ついていると、ツゥイが顔を出した。


「どうぞ」

「失礼しますね」


二人分の食事を抱えている侍女を見つめて、テネアリアは感激の声をあげた。


「さすが、ツゥイ。わかっているわね」


ここ数日、部屋に籠っていたときも彼女は一緒に食事をとってくれた。一人きりの食事は味気なく悲しい。

気分が落ち込んでいるときには特に。


だからこそ、本来はマナー違反なこともツゥイは黙認してくれる。その心遣いがありがたかった。


「お願い、相談に乗ってくれる?」

「仕方ありません。妃殿下の心の安寧に務めるのも私の職務の一つですから。ですけど、決して積極的に聞きたいわけではありませんよ」

「わかっているわよ。でも夫婦間の話なんて他人においそれとできるものではないでしょう?」

「それ以前の問題のような気も致しますが。そして、できれば私はあまり陛下の名前は聞きたくありません」


確かに、初めからツゥイは彼を快く思ってはいない。引き籠りの自分とは違って、彼女は城のあちこちに顔を出しているようだ。そのため、ユディングの恐ろしい噂話を聞かされることが多いらしい。最終的にテネアリアに危害を加えることを心配しているのだ。というより、自分が危害を加えられたその後のことを憂いている。


もっとユディングと話せば、彼が噂とは全く違った人物だと知ることもできるだろうが、極力近寄ろうとしないのでその機会も少ない。テネアリアからの話は恋するフィルターがかかっていて眉唾ものだと信じている節があるので聞き入れてもくれない。結果的にツゥイが彼と接触して知るしかないのだ。


「はあ、それで陛下からは何かお話はありましたか」


料理を並べ終えたツゥイは、向かいの席に着きながら無表情に尋ねた。さらりと聞かれたので、興味がないのかと疑ってしまうほどだ。だが、彼女が気を遣わないように配慮してくれたのだと知っている。

それでも話半分くらいしか真剣みのない侍女の態度に、拗ねた気持ちが湧き上がる。


「私の心の平穏を望むのなら、もっと真剣に聞いてちょうだい」

「姫様から聞くと全く別人なんですよ。そんな人、いませんて。無口で無表情で強面だけれど、内面は優しくて情熱的? 敵を殺して回るのも国を想ってのこと? 女の人には目もくれず、煩わしいと思ってる? そんな話、一つも聞いたことありませんからね?! それが脳内お花畑の主から聞かされるんですからねつ造を疑っても仕方ありませんよね。どう考えても話半分に聞く案件ですよ」

「さすがに、失礼だわ。本当にユディング様は素晴らしい人格者なのよ」

「はいはい、それで、その人格者の陛下とは馬車の中でどんな話をなさったんですか。さぞ有意義なお話をなさったんでしょうね」


かちんときてテネアリアは立ち上がってばんと机を叩いた。


「ツゥイの馬鹿っ」


言い放った瞬間、けたたましい突風が部屋に吹き荒れた。

ツゥイがしまったという顔をしたが時はすでに遅い。

けたたましい音とともに食器が舞い上がり壁に叩きつけられた。


「やめて、違うの。ツゥイを傷つけないで!」


皿がツゥイに向かって飛んで行くのを見て、テネアリアは悲鳴じみた声で叫んだ。皿は方向を変えてすべてが壁に叩きつけられる。


がしゃんがしゃんと派手な音を立てて、料理とともに床に落ちて散らばっていく。


「何事ですかっ?!」


外で控えていたセネットが慌てて踏み込んできたと同時に、テネアリアは続き間の寝室へと駆け込んでばたんと扉を閉めたのだった。

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