第26話


 別れ際、香澄は悲しそうに涙を溢していた。

 晴那との別れを惜しんで、寂しいと泣いてくれたのだ。


 何か上手い言葉を返さないといけないのに、晴那は喉がキュッとしまったように息苦しく、当たり障りのない言葉を言うことしかできなかった。


 電車に揺られて、1人で自宅マンションに帰ってくる。


 ここが、今の晴那の帰る場所なのだ。


 沖縄ではなく、東京のマンションの一室。


 住み慣れて、ここも悪くないと思えてきたばかりだというのに、気分が億劫で仕方ない。


 自分でもテンションが低く、顔が強張っているのがわかる。


 楽しかったという気持ちと同じくらい、寂しくなってしまっているのだ。

 マンションの廊下を歩いていれば、見知った顔を見かけて、思わず足を止めた。


 「ひまり…」


 ラフなパーカーを着込んだ彼女は、晴那の服を見て、少し意外そうな表情を浮かべていた。


 「シマってそう言う服着るんだ、なんか意外。どっか行ってたの?」

 「沖縄の友達が遊びにきてて、会ってきた」


 無意識に、声のトーンが下がってしまった。

 これでは心配をかけてしまうというのに、取り繕うことも上手くできない。


 「なんかあった」

 「何にもないよ」

 「…その割にはテンション低いけど」


 必死に言い訳を考えるが、彼女の性格上、すぐに嘘だと見抜いてしまうだろう。

 このままはぐらかそうにも、絶対に見逃してくれるとも思えない。

 

 ポツリと、晴那は正直に打ち明け始めた。


 「楽しかったよ。何にも変わってなくて…友達は変わってないのに、もうあの頃のままじゃないんだなって」


 抽象的で、今の気持ちが彼女に伝わっているかは分からない。

 考えがうまく纏っておらず、自分でも手探りで言葉を選んでいる状態だった。


 「…もう、私が知ってたあの頃とは違うんだろうなって思って、なんか、上手くいえないんだけど…」

 「シマ、明日と明後日予定ある?」


 脈絡のない問いに、戸惑いつつ「ないけど…」と返事をする。

 ひまりはその言葉を聞いて直ぐに、スマートフォンを取り出してからいじり出してしまった。


 そして、操作を終えて画面から顔を上げた彼女が溢した言葉に、思わず耳を疑う。


 「明日、朝の8時に起こしに来て。一泊分の荷物纏めてから」

 「……は?」

 「寝坊しないでよ」


 そう言い残して、ひまりは小さいお財布を片手にマンション前のコンビニへ向かって行ってしまった。

 1人残されて、ポツンと立ち尽くす。


 「どういうこと…?」


 脈絡のない会話に、ちっとも訳が分からない。ひまりが何を考えているのか、どれだけ考えても正解らしき答えに辿り着くことはできなかった。


 


 お気に入りのスポーツブランドのリュックサックに、一泊分の荷物を詰め込む。


 合鍵を使って開くのもお手の物で、慣れた手つきでひまりの家の鍵を開いた。


 寝起きが悪い彼女をなんとか起こしてから2人で駅へ向かい、電車へと乗り込む。

 ひまりは相変わらず寝そうに目元を擦っていた。


 ゴールデンウィークということもあり、通勤ラッシュの時間だと言うのに車内はガラガラだ。


 余裕を持って2人で座席に座りながら、晴那はずっと気になっていたことを訪ねた。


 「ねえ、今日どこ行くの?」


 1日分の荷物を持ってくるように言うあたり泊まりなのだろうが、肝心な行き先は聞けずじまいだったのだ。

 

 欠伸を噛み殺しながら、ひまりはあっさりと行先を教えてくれた。


 「沖縄」

 「へー…沖縄か…いいよね…えっ、沖縄!?」


 電車内だと言うのに、つい大きな声を出してしまう。

 車内の人から驚いたように視線を寄越され、晴那は小さい声で「すみません」と謝った。


 「声でかいよ」

 「だって沖縄って…大体飛行機とか…」

 「昨日取った。お父さんのクレカで払ってるから気にしないで」


 そう言われても簡単に納得出来るはずもなく、戸惑いを隠しきれない。

 あまりにも展開が急すぎるし、ついていけないのだ。


 空港に到着をして、荷物は機内に持ち込むためそのまま搭乗口へと向かい、あっという間に飛行機の座席に腰を下ろしていた。


 機内アナウンスが始まれば、たしかに行き先を沖縄だと告げてくれている。


 ひまりはまだ離陸していないというのに、ぐっすりと眠りについてしまっていた。


 約2ヶ月ぶりの飛行機に、本当に沖縄へ向かうのだとようやく実感が湧き始める。


 飛行機に乗ったのはそこまで遠い記憶ではないはずなのに、もう懐かしい気がしてしまっていた。


 

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