帰宅


(さて、どうしたものか。)


 入学早々知り合った二人の妖怪・愁、黒羽と別れ、いなりは大量の車が連なるグラウンドの前で立ちすくんでいた。

 八坂高校は八王子市所在にあり、地元民がよく通う高校だ。そのため入学式には車送迎が多い。

 八王子市民であるいなりもまた、今日は電車ではなく車で来たのだが、あまりの車の多さに自宅の車の位置がわからなくなっていた。

 いなりがテレパシーとかそういうのを使いこなせてたら結果は違っていただろうが、あいにく妖狐は万能ではないのだ。

 仕方ないと割り切ることにし、スマホの画面を開く。


「もしもし、私です。はい、はい・・・どこでしょう?いや、そういうアバウトな情報じゃなくてもっとわかりやすい・・・あ、佐助。・・・はい了解しました。」


(五列目七番目・・・あ、ありましたね。)


 スマホを片手に指示された場所に向かえば、ぴょんぴょんと手を振る小さい少女の姿が。


「いなりーお帰りなさぁい。どうだったどうだった!?」


 一言でいえば、幼女である。

 腰まで伸ばされた白銀の髪は先の方で玉飾りで結われており、瑠璃と紅の金銀妖瞳オッドアイが印象的だ。だが、その幼い見た目に反して、少女というよりも吉原一の花魁おいらんを思わせる色香がある。

 彼女こそ、かつて傾国の美女と名をはせ、今でもその美貌と若さを継続中の九尾の狐こと我が母―――吉祥寺みずめだ。


「同じクラスに妖怪が二人ほどいました。他のクラスにいるかどうかはまだわかりませんが。」


 ぼんやりと、さきほど連絡先交換をした二人の顔を思いうかべた。

 教室でそのままだべるわけにもいかずとりあえずLIMEだけ教え合って積もる話はまた今度、ということになって解散したのだが、もう少し話をしていたかった気もする。


「それはよかったです。中学はいなかったので正直心配していたのですが、杞憂でしたね。」

「佐助は心配しすぎ~、そこまで考え込まなくてもいいじゃない。」


 よかったよかったと、フチなしの眼鏡をかけた優男―――父・吉祥寺佐助は、ふーっと胸をなでおろしながら車の扉を開けた。


「でー?どんな子?どんな子?」

「一人は鬼で、もう一人は烏天狗です。」

「へええ、なかなか豪勢なメンツだねー。」

 

 会話を続けながら、みずめは助手席へ、いなりは後部座席へと乗り込むと、車が発車した。

 だが、いまだ帰宅ラッシュの続くグラウンドだと校門までは少し時間がかかるかもしれない。

 みずめと喋っているうちに、いなりはそのまま車の揺れに身を任せて意識を手放した。




♦♢♦




 車に揺られ十五分ほどが経っただろうか。嗅ぎなれた匂いに目を覚まし、いなりはまだの外を見る。どうやら家に着いたようだ。

 樹齢百年を超える梅の大木が目印の我が家は日本家風だが、どこか洋風である不思議な空間だ。小さいこじんまりとした家に見えたと思えば意外と中は開放的だったりする。廊下を歩いていたと思えばいつの間にか二階にいたなどしょっちゅうである。

――――狐に化かされた

 そんな言葉がよく似合う、妖怪と人間の住まう家なのである。


 玄関で靴を脱ぎ、いなりは二階の自分の部屋へと直進する。


「お風呂とご飯どっちにしますか?」

「先に風呂に入ってしまいます。夕飯はなんですか?」

「いなりの入学を祝って赤飯と竜田揚げですよ。」

「楽しみにしてます。」


 二階にはいなりの部屋と佐助のための書斎其の1がある。

 書斎といっても棋士である佐助が研究に使う大量の本を押し込んでおくだけの書庫と言ってもいい。

 つまり、二階で部屋として使われているのはいなりの部屋だけだ。

 畳八畳分の少し広めのその部屋は華の女子高生が使うにしては簡素過ぎるくらい物がない。必要最低限の家具と京都旅行の際に珍しく衝動買いしたキツネグマのぬいぐるみが一体。みずめと佐助は不思議そうな顔でいつも本棚の上に大事そうに置かれたそれを見つめるが、なぜそんな顔をするのかわからない。

 いなりはリュックを勉強机の横に無造作に置き捨て、保護者あての書類といらないものをより分けながら机に整理していく。

 他にも配布された教科書に名前を書いてしまいたいところだが、後ででいいだろう。

 早くさっぱりしてしたい気持ちがあるし、部屋着を持って洗面所へと直行することにした。




♦♢♦




「あ、ちょうどいいタイミングですね。今揚げ物が終わったところですよ。」


 髪を乾かし終わり、そろそろかなと居間へ顔をのぞかせてみると、台所からエプロン姿で出てきた佐助と遭遇した。ダイニングにはすでに食事の準備を整え今か今かとよだれを我慢するみずめの姿もある。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、いなりはダイニングテーブルへと移動する。


 吉祥寺家には暗黙のルールというものが存在する。

 絶対に誰も突っ込んではいけない家族の掟だ。

 その一つが、みずめを台所に決して近づけてはいけないし物を握らせてはいけない、というものである。

 みずめは壊滅的なほどの料理下手であった。

 米を炊けば炊飯器が煙を吹き、ハンバーグを作ると地球外生命体がフライパンから誕生し、鍋を煮ると猛毒のフグ鍋が完成する。何をしたらそうなるのかわけがわからない。それほど、みずめはナチュラルに毒物を生成する。

 佐助はその得体のしれないヤバいものを一度口にして生還しているのだというから、もっと驚きだ。

 しかしそれ以来、みずめは自ら台所に近づくこともないが、絶対に近づけさせないことが暗黙の了解となった。

 そんな事情があって、家事は主に佐助といなりが分担して行うことになった。ただし、本人が好きだというのもあって、料理はもっぱら佐助がする。

 いなりは料理ができなくもないが、むしろ苦手の分類であり、炊飯器の力と電子レンジの力を借りてやっと一汁一菜が作れるレベルだ。

 それに対し、佐助の家事力は半端ない。

 以前一人でクリスマスのご馳走を手作りしてくれた時があったが、その完成度がすさまじかったのを覚えている。

 もうどちらが嫁なのかわからないとみずめがぼやいていたのを聞いたことがあるが、ノーコメントだった。


「それじゃ、早速いただきますか。」

「はい。」


 料理を運ぶ佐助の手伝いをしながら、いなりは明日の弁当の中身を期待するのだった。

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