第一章③


 スタイン商会は、行商だったミリアの父親、フィン・スタインが一代でおこした新興の商会だ。あつかう商品はにわたるが、特にふくしょく関係に強い。

 その本部は、王国の第二の都市、フォーレンにある。

 中央広場に面してでんと建っているその建物は、いかにも成金といったごてごてとしたそうしょくは何もなく、いっそ簡素なくらいだったが、商会の本部なだけのはくりょくはあった。

 えん色のワンピースを着て、髪を同じ色のリボンで後ろにくくっただけのミリアは、そこらの町娘にしか見えない。

 その建物に入るには少々いな見た目だったが、そこは勝手知ったる実家の店である。裏口に回るのが面倒で、堂々と正面の開け放された入り口から入っていった。

 ミリアが姿を現すと、「お嬢!」「ミリア様!」と受付の従業員から声がかかった。

「今まで何してたんですか。帰ってきたらすぐ顔出して下さいって言ったじゃないですか」

「学園はどうだ? ちゃんと卒業できそうか?」

「あのおてんがお貴族様の中にいるなんて、いまだに信じられません」

 客そっちのけで口々に好きなことを言ってくる。なんだか失礼な発言が混ざってないか。

「父さんいる?」

「会長ならしつ室にいると思いますよ」

「そう、ありがとう。みんな、お客様をお待たせしていないで、ちゃんと仕事して」

「はーい」

 気のない返事が返ってきたが、こうして受付を任され、そのまま中で商談に入れるくらい、彼らはゆうしゅうなのだ。……そのはずだ。


 執務室にはすぐ着いた。

「ただいま、父さん。リックから呼んでるって聞いたんだけど」

 ミリアは、父親が男手一つで姉弟きょうだいを育ててくれていることに感謝している。贅沢な暮らしもさせてもらっていて、一行商から店をここまで大きくしたことは尊敬しており、ファザコンとまではいかないが、家族として好きである。

 記憶を取り戻した今となっては、尊敬の念はさらに強くなっていた。

「お帰り、ミリィ。さっそくで悪いが、出かけるよ」

 言いながら、フィンは座りごこのいい執務席から立ち上がり、上着を手にした。

 ああやっぱり。

 ミリアの予想は当たっていた。


       ◆◇◆


 馬車の向かいの席に座った父親をじっと見る。

 太り気味のフィンは、しかしフットワークは軽い。行商人だった頃の感覚がけないのか、今や商会の会長だというのに、思い立てば国境付近まででも行ってしまうくらいだ。

 口ひげを生やした丸い顔でにこにこと笑っているといい人にしか見えない。

 思っていることがすぐに顔に出て腹芸のできないミリアには、安定の笑顔ポーカーフェイスうらやましい。その遺伝子、少し分けて欲しかった。

 ミリアたちは今し方近くの街の養護施設で、商会で働きたいと志願する子どもから、引き取る子を一人選んできたところだった。

 先ほどの光景を思い出し、ゆううつになる。

 かくを決めた兄。泣いて引き留めようとする妹。そして引き離されるきょうだい

 数人の候補の中からその子を引き取ると決めたのはミリアだ。子どもたちには悪女に見えていたことだろう。希望して引き取られていくのだとわかっていても。

 その子は、数日後に別の従業員がむかえに行くことになっている。

 志願する子どもを引き取り、最低限の教育を受けさせ、見習いとして働かせ、一人前になれば正式にやとれる。そのまま最初の三年働けば後は好きにしていい。商会で働き続けてもいいし、転職したければしょうかい状がもらえる。読み書き計算のできる平民は少ないから、どこに行っても重宝される。

 恩を感じてなのか、引き取られた子はよく学びよく働く。ぜん事業に見えて、最終的に黒字になるようになっている所がミソだ。さすが成り上がっただけはある。

 ミリアがこの制度に関わっているのは希望してなのだが、こうして引き取る子どもを選ぶのだけは、毎回気が進まないのだった。

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