第2話 とりあえず現状を理解するオレです

 突然の京の大声に少女は肩を大きくビクつかせた。らしくない自分の行動に京は一度深呼吸をして少女に謝罪した。



「すまない」



 再度自分の姿を鏡で確認する京。黒髪に白い肌。女性にしてはややツリ目だが目付きが悪い訳では無い。そして胸部の膨らみは可もなく不可もなくという大きさ。欲を言えばもう少し大きければ色々と楽しめそうだなと内心呟いた。



「ところで、お姉様のお名前は? 私はこの国の第五騎士をやっていますミヤビと申します」



 ミヤビ。少女の名を聞いた途端、京の脳内に最後に見た猿野雅のあの顔が脳裏を横切った。改めてミヤビを見る。腰まではいかないが長い真っ直ぐな栗毛。女性らしい丸く大きな瞳。どこが似ているかと具体的に言うことは難しいが、どことなく雰囲気が猿野雅に似ている気がした。



「京」



 別人だと分かっていながらも無意識に敵意をあらわにしてしまう京。ぶっきらぼうに自己紹介をすると、ミヤビは自分の両手を京の両手に重ねるように握ってきた。



「キョウお姉様……! 素敵なお名前です!」



 女性と手を握るなんて中学のフォークダンスとアイドルの握手会でしか経験した事の無い京は無意識に頬を赤く染めた。ただ、目の前の少女は自分のことを女として手を握ってくれていると思うと、複雑な気持ちになった。



「ところで、キョウお姉様。お姉様はレディースパートナーはいらっしゃいますか? そのような容姿と第二騎士の資格をお持ちでしたら、既に十人や二十人いらっしゃいますよね?」



 目をキラキラと輝かせながら京を見るミヤビ。しかし、京はミヤビの言葉をほとんど理解出来なかった。少なくとも、目の前の少女は女騎士である自分に悪意は抱いてない。それを利用してまずはこの世界のシステムを説明してもらおう。そう考えた京は咄嗟に自分の頭を軽く押さえた。



「すまない。おそらく何かとの戦いで名前以外の記憶が無いんだ。その……第なんちゃら騎士というのと、レディースパートナー? というのもよく分からなくてな……。」



 精一杯の演技をする京。女騎士であるということは何か魔物らしきものと戦うというのはおそらく間違いではないだろうと判断した。名前以外の記憶は無いという事にしとけば色々と教えてもらえるだろうと即席の設定を演じた。意外にもミヤビはそんな京に違和感を一切覚えずに笑顔で答えた。



「おそらく忘却魔法の類いにあったんでしょうね。ここではなんですから私の家でお茶でもしながら御説明します。キョウお姉様」



 握られていた手をやっと解放される京。ゆっくりと立ち上がりミヤビが案内する方へ歩く。風で草原の草が音をたてる。


 数分ほど歩いただろうか。そこは京のよく知るRPGでよく登場するような典型的な村があった。やや屋根の低い平屋の小さな家。その隣には家畜を数匹飼う程度の広さの柵のある囲い。現在の日本では見られない服装をした人々。ただ、京のよく知るRPGの村との違いは村人が全員女だという所だった。



「女しかいないのか」



 京の呟きにミヤビは歩みを止めた。一度振り返り、京の目を見る。



「本当に、何もかも忘れているのですね」



 今までのはしゃぐ少女ではなく、ため息混じりの軽蔑が込められたミヤビの言葉。何か地雷を踏んだと察した京。しかし、ミヤビはそれ以上京を咎めることはなく、再度歩き始めた。靴と砂が擦れて音を立てていた。



「さ、着きましたよ。ここが私の家です。記憶が無いということは、家路も分からないですよね。記憶が戻るまでここに住んでいても構いませんよ。っとその前にお姉様には色々とここの世界について御説明しますね」



 遠慮なく上がってくださいと付け足すと、ミヤビは京を手招きした。靴を脱ぐ文化がないこの世界では、そのままテーブルのあるリビングダイニングに向かい京はミヤビが手招くままに着席した。木製のテーブルは京のイメージする村人の家に置いてあるようなもので本当に異世界転生したんだなと改めて実感した。



「えっと、どこから説明すればいいか分からないので全て説明しますね。まず、ここには女も男もいますよ」



 キッチンからコーヒーを手際よく淹れてくれたミヤビが京の前にコーヒーを置く。一口飲むのを確認すると、ミヤビは向かいに座り、自分もコーヒーを一口飲んだ。



「ただ、男は私たちにとって家畜程度の存在でしかないだけです」



 コーヒーカップをソーサーに置き、一呼吸するミヤビ。京はミヤビの言葉に内心戦慄した。男が家畜と同程度の扱いを受けている。その一言だけでこの異世界の違和感を覚えた。



「もちろん、命を繋ぐ為に男は必要な存在です。しかし、剣技も魔力も全て女性より劣っている奴らに何の魅力がありますか? コーヒー数杯くらいならこうやって魔力を使わないで淹れる方が楽な時もあります。しかし、夕飯を作るとなるとやはり魔力を使って短時間で煮込んだりした方が楽ですよね。奴らはそんな魔力を持たないのでそれさえも出来ません。薪の無駄遣いですよ」



 再度コーヒーに口をつけるミヤビ。ソーサーとコーヒーカップが離れる時に微かに音を立てる。京もつられてコーヒーを飲んだ。



「なので、この世界では圧倒的女主義です。女性が全ての権限を握り、男はそれに従うだけ。それさえもまともに出来ないのがほとんどなので家畜の糞の処理などの魔力を使うのでさえ抵抗のある仕事を手動でさせています。まだこうやって仕事を与えているのでこの国は平和な方ですよ」



 ミヤビが一度視線をコーヒーカップから京に向ける。京は顔面蒼白していた。女が多少強気な町や国があるのは何となく理解していたが、ここまで差別されているのは初めてだ。これじゃまるで種馬と変わらないじゃないか。自分がイメージしていたハーレムエンドはこの世界には存在しない。そう察した。



「お姉様。顔色がよろしくないですよ」



 京の変化に気付いたミヤビがコーヒーカップを置いて京の隣に立ち、背中をさする。お姉様と言われた事で自分が女に転生した事を思い出し、自分が中身は男である事を隠そうと誓った。



「いや、大丈夫だ。続けてくれ」



 微かに冷や汗が京のコメカミを伝っていたが、自分で拭い、感情を悟られないようにする京。ミヤビはそうですかと言い自分の席に戻った。



「まぁ、お姉様が知りたいことはおそらくこの辺だと思いますし、顔色がよろしくないので、男の話はこれで終了しましょう。あんな生き物の為にこんなに時間を使うのも勿体ないですもんね。次の御説明は騎士の位についてです」



 幸か不幸か、京の顔色を察してミヤビは話題を変えた。これ以上男の扱いを知ったら自分は耐えられるか不安だった。先程とは違い、女に転生して本当に良かったと何度も内心呟いた。



「御国に仕える者として騎士と魔道士がございます。それぞれ五つの位がありまして、位によって受注できる仕事の難易度が変化します。まずは、第五騎士と魔道士。こちらは騎士や魔道士となる試験を合格したのと同時にもらえる位です。簡単に言いますと見習いですね。私がその位にあります。出来ることも国の郊外にある森で採集する程度ですね。次は第四騎士と魔道士。こちらからは昇格クエストを受注し、クリアすることにより位を手に入れることが出来ます。第四騎士と魔道士は国境付近の森や砂漠まで行くことが許されます」



 一度口を閉じ、京が理解しているか確認するミヤビ。京は脳内で転生前によくしていた討伐ハントゲームをイメージしていたので理解していた。それを伝えるようにミヤビにと視線を合わせ、頷く。



「次は第三騎士と魔道士。こちらは、先程の第四と比べて同じクエストでも報酬が倍近くなります。しかし、難易度も高くなることがよくあります。


 例えば、第四騎士のクエストでは国境付近の魔物の討伐。これが第三騎士となりますと、魔物の討伐に加え、その魔物の牙や角も持って帰ってくるようにとなります。そうすると、無闇に顔を攻撃したりが出来なくなりますよね。そんな感じで同じクエストでも難易度と報酬が上がります。可能な行動範囲は変わりません。


 そして、キョウお姉様も所属していらっしゃる第二騎士と魔道士。こちらからかなり優遇されます。まず、私用で国外へ行くことが許されます。クエストも国内外共に受注できます。


 しかし、多少の規制もあります。受けられないクエストも少しですがあります。これを超えて全ての制限が解除されたのが、第一騎士と魔道士です。受注するクエストの難易度も桁違いと噂しております。その分昇格もかなり難しく、世界に数人しかいないと言われています」



 かなり長く話し、口の中が渇くミヤビ。ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、口の中を潤した。京はあらかじめ持っていたゲームの知識で例えながら脳内で理解した。ということは、自分は第二騎士という位であり、ほとんどのクエストを受注できる。ここに転生してきた理由が何か分かるかもしれない。そう考えながらミヤビにつられるように京もコーヒーを飲み干した。



「色々説明してくれてありがとう。ということは、オレは第二騎士で恐らくそのクエスト先で記憶を失ったと……」



 話を理解しているのとあくまでも自分は記憶喪失である事をミヤビに不審がられないように伝える京。しかし、その数秒後、自分が墓穴を掘ったことに気付いた。男が虐げられるこの世界で一人称がオレだったらマズイ。しかし、既に口にした言葉は二度と訂正出来ない。もしかしたら自分の中身が男である事がバレるのか。それとも男言葉を使う事に軽蔑されるのか。せめて後者にしてくれと心で祈りながら京はミヤビの顔に視線を移した。しかし、ミヤビの表情は京の予想とは正反対だった。



「そうです! そうなのです! そしてその素敵な容姿で一人称がオレだなんて……なんというギャップ萌え!」



 潤んだ瞳で見つめるミヤビ。とりあえず一人称はむしろ好感を抱かれた安堵感により京は一度ため息をついた。



「こんな男が居れば世の中変わると思いますけどね。いや、でもお姉様はお姉様ですよ!素晴らしい萌をありがとうございます!」



 やや興奮気味に京の手を取るミヤビ。そしてそのままテーブルの上に乗り、京の首に自分の両手を回した。その勢いで椅子から転げ落ち、ミヤビに押し倒されるような体制になる二人。



「ねぇ。キョウお姉様。まだ説明していないことがございますよ。レディースパートナーの事です」



 椅子から思い切り落ちて尻が痛む京。しかし、それ以上に目の前で興奮状態のミヤビに何をされるか想像つかなかった。ただ、何か大事なものを失う。そう直感で思った。両足をミヤビの両足に絡められ動きが取れない。両腕もミヤビの両腕が邪魔するかのように突き出しているので京は全く身動きが取れなかった。それと同時にレディースパートナーの意味を何となく察した。



「もしかして、女同士の恋人的なやつか?」



 なるべく会話をしてミヤビの 行動を制しようとする京。視線が定まらずミヤビの身体をあちらこちら凝視する。



「うふふ。だいたい合ってます。レディースパートナーは繁殖を目的としない女同士の恋人。繁殖を目的としていないので、何人でもいいんですよ。お姉様」



 ミヤビの右手が京の左頬に触れる。血走った目は目の前の獲物を捕食しようとする肉食動物のようだった。視線を無理やり自分の顔に向けさせるミヤビ。自分の唇を京の唇に重ねようと近づく。終わった。このまま今日会った女に食われる。そう思った矢先だった。家のドアがこれでもないくらい大きな音を立てながら開いた。




「おじゃましまーす! ミヤビー! 今日こそはクエスト行くよー!」



「ちょっと姉さん」




 勢いよく開いたドアは二人の少女を家に招く。姉さんと呼ばれた活発な少女は明るいオレンジ色の髪を性格に合った、肩につかない位のショートヘア。髪色に似合った鮮やかなオレンジ色の瞳。服装はミヤビと同じ騎士の格好をしていた。


 もう一人の人物は先程の少女と同じ瞳の形と色をしていて似ている。髪は濃い赤色のロング。服装は足首まである長いローブを着ていた。


 オレンジ色の二人の少女がミヤビと京を目撃する。先程の活発さが嘘のように沈黙が四人を支配する。少女二人が事情を察したとき、短髪の少女がミヤビを突き飛ばした。



「やだエッチー!」

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