第4話 私じゃ……


「んで……したの? 浮気」


 わぁ~お、息ぴったりですね。

 そんな感想が「してないよ!」よりも先に出てくるなんて……なんだか負けた気分。


 というか、悠里も悠里で「ええ?!」とか「おお?!」とかよりもまず先にそこにツッコム辺りよ……。


「してないよ」


 思わず勢いが消えうせてしまった。


「じゃあ何でそんなことになっているのさ」


 小首をかしげる。それと同時に悠里のトレードマーク、ポニーテールのテールの部分がぴょこんと揺れる。その姿がなんともさまになっている……とこんな状況なのに思ってしまう。ポニーテールの魔法だろうか。


「俺にもそれがわからないから戸惑ったし、それ以上に激昂しているあいつに何を言っても聞く耳持たないだろうからさ?」

「まあねえ、うちも一度怒り出した実菜みなちゃんに何かを言うのは火に油だって思っちゃうからねぇ、それも小さい喧嘩でね? なのにそんな恋人関係の危機レベルの大きい言い合いで燃え上がっちゃったらさすがに……ねぇ?」


 俺の抱えているものをご理解いただけたようで俺も少し安心した。肩の荷が下りたともいう。


 事が事だけにやはり少しでも気持ちを共有できるのはありがたい。


「でもそっか~辛いよね……」


 内容がちゃんと咀嚼できたからか、表情にちょっとだけ影が差す。


「まぁあまりに急だったからなぁ……」

「だから今日やけに眠そうだし、ちょっと隈が出来てるんだね」


 彼女の言うとおり、今日は授業中の眠気がやばかった。何度舟をこいで机と衝突しそうになったことか……。それを見ていたからこそ俺の中での事の大きさのようなものを分かっていただけたのだろう。


「昨日はちょっと眠れなくてね」

「そりゃあねぇ……」


 彼女は聞こえないように言ったのかもしれないけれど「四年間も付き合ってればねぇ」と聞こえた。


 言いたいことはわかる。この時間の長さは恋愛関係の終幕による事態の重大さに対する単位のようなものだろう。長ければ長いほど失恋によるショックは大きい。俺が分かっていたから彼女はその数字を俺に聞こえないように言ったつもりだったのだろう。俺にそれを感じさせないための彼女なりの優しさって事か……。


「でも、まあ恋愛に聞く薬は恋愛っていうし駿も恋愛でその傷を埋めてみれば?」


 なにやら正樹も似たようなことを言っていたな、言葉は違えど似たような意味合いで言っていたのだろうと思う。


「まぁ、そんな簡単に相手が見つかるとも思えないし、なにより四年ものの失恋を引きずってるなんて何か重たくみえるだろうし……女子ウケ悪いだろ――」

「――そんなことないよ!」


 食い気味に返してくれる。その言葉の力強さに少しだけ心が軽くなった。


「駿は自虐的に言ってるけど、それって至極当たり前のことだろうし、逆に素敵だとすら思うよ」


 声を大にして自分の意見に応えてくれる。


「それにさ、むしろ別れたことよりもその長い期間相手を想っていたって事の方が私は良いことだと想う。女子からしたら魅力的に思える」

「そっか……ありがと悠里、何か頑張れそう……見つかるかなぁ」

「いるよ」


 真剣そうな目で俺を見つめてくる。説得力のようなものを感じさせるためなのか……あるいは――。


 ――実際にそういう奴がいるとか……。


 別に確信なんかないしむしろ俺を優しく騙すための嘘とすら思える。


「またまた~」


 そんな真剣な空気に耐え切れず思わず軽口を叩いてしまう。


「うち……とか」


 窓から差す太陽のオレンジ色の光のせいなのか、それとも本人の照れからなのか頬にしゅが差す。


 ただでさえ静かな空き教室、俺達が黙ることによってその静けさのようなものがやけに強調される。昼休みだということもあって離れたところから同じ学年か他学年か分からない笑い声が聞こえてくる。


 この教室の中に流れるときはまるでゆったりと、音を忘れてしまったのかのように静かだ。互いの呼吸の音だけが鮮明に聞こえる。


「え、まじで言ってる?」


 思わず逃げるように聞きなおしてしまった。こういうところは素直にダサいなと思ってしまう。


「それなら真剣に――」

「じょ、冗談だよ! まったくもぉ!」


 やたら真剣な表情が崩れ去って、いつもの悠里がそこにいる。


「タイミングが悪いんだよっ! さすがの俺も怒るぞ!」


 怒ってはいないのは俺の口調からでも分かるだろうが思わず強く言ってしまう。それくらいにしんに迫った表情だった。


 話の大部分を終えたこともあってこれ以上はなすことも無いせいか少しだけ気まずさのようなものがある。


「じゃ、じゃあうちは教室に戻るかな!」

「お、おう分かった」


 なんだかさっきのやり取りのせいかなんだか気恥ずかしくなってしまう。


 パタパタと走り去っていく悠里を目で追ってしっかりと出て行ったことを確認する。

 バタンと閉じられたドアの音と同時に俺の気も抜ける。


「心臓飛び出るかと思ったぁぁぁぁ」


 なんだよあの真剣な表情っっっ! さすがの俺もビビるわ。


 朝とは違った種類の冷や汗が首元をつたう。

 なんだか当初思っていたのと違う昼休みだった。


 ただ、少なからずこの昼休みの間、俺が元カノである実菜みなとの出来事を喋るため以外のことで思い出す時間はほとんどなかった。というより……。


 思い出す時間もないほどの衝撃を受けていた。というのが正しいのだろうか。


「案外、正樹や悠里の言うことも的をているのかもしれないな」


 恋愛の傷を埋めるのは恋愛、それは疑うことなき一種の真実なのかもしれない。

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