第5話 『女三人の姦しい旅』 ヴェラ編

女三人の姦しい旅 ヴェラ編




「あ? ライヴイベントぉ?」




「そう。この街の中心街にある大広場で一週間後に開催されるんだよ。ヴェラちゃん、出たらどうだ?」




目の前でライヴがどうとかいうチラシを片手に喋ってんのは、この街に来てからSHOWを演る場と寝床、ついでに朝飯までサービスしてくれてる酒場の店長のおっさんだ。




一週間後に、ライヴイベント?




「おっさん、この酒場で泊まっていいっつったの一週間じゃあなかったかあ? もう三日はここで過ごしてんぞ? 期間がオーバーしちまうぜ?」





「あー……まあ、構わんよ。採算取れてる方だし。まあ、寝床は引き続き貸すけど、朝飯はあと四日分で勘弁な……ルルカちゃんにも話しとくわ…………」

 





 朝飯は三日分ナシか。まあ、ルルカがいるんじゃあな。




……んなことより、ライヴって。





「ライヴについて詳しく……ちょっとそのチラシ見せろ!」


「ほい」




おっさんが言うが早いか、チラシを奪い取り、読んでみた。






…………。




……………………。





「読めねえ……おっさん、これなんて書いてんの?」




「はあ? 簡単なイベント概要と、応募要項だよ。読めないって、どういうこった?」





「オレ、字ぃあんまし読めねえんだよ…………苦手で」





 オーボヨーコー? イベントガイヨー? なんのこっちゃ?






 と、オレがチラシの字が読めずに困ってると、買い物を済ませたルルカとベネットが帰ってきた。






「ただいま戻りました~……あら? ヴェラ様」





「どうかしたのかにゃ? そんにゃ難しい顔して」





 ちょうどいいや。二人に読んでもらうか。







「あのよ。これ、この街で演るライヴのチラシなんだけどよ、代わりに読んでくれねえ?」





「あら。ライヴって、音楽の演奏会の?」




「まあ、そんなもんだろ」





「どれどれ……」





 チラシをルルカに渡して読み上げてもらった。ルルカなら難しい言葉でも読めるだろ。






「……『第十二回 メイズン・ライヴフェス。メイズン年に一度の音楽イベントが今年もやってきた! 音楽のジャンルは問わない! 人数も年齢も問わない! 貴方が信じる最高の音楽をご披露ください! 


 応募要項……参加資格は、音楽を愛する人なら誰でも。ジャンルも不問。参加ご希望の方は、当日までにメイズン・ライヴフェス実行委員会本部にプロフィールと設問に対する回答を記入した書類を提出。


 参加料は一万ゴールド(小切手にて)。


 開催当日は審査員が貴方の音楽を審査し、最も評価された方には賞金と豪華な副賞を進呈いたします。


 その他、イベントを盛り上げる為に観客の皆さんからの人気投票も実施いたします。


 開催日時……○○○○年×月△日』……まあ。あと一週間後ですのね。ヴェラ様、出るのですか?」





「まあ、そのつもりなんだけどよ…………なんつーか、その」





 ……読み上げてもらってもいまいち頭に入ってこねえ……ちっ。恥ずいけど、こまけえ部分もルルカに聞くか……。





「わりぃ、ルルカ……読み上げてもらっても、いまいちわかんねえわ……色々質問していいか?」





「えっ? いいですけど……そんなに難しいですか? このチラシに書いてあること……」





「キシシシシシ。こんな簡単な文章も読解できにゃいにゃ? 『憎悪の泪』の時も思ったけど……かなーりアホにゃね、ヴェラ」





 ――んだと、ベネット、この――――





「まあまあ! 落ち着いてヴェラ様、ね? こら、ベネット! 人を侮辱するもんじゃあありません!」





「あ、はいですにゃ……ごめんにゃ、ヴェラ」






「ふん! 悪かったな、アホでよ……オレぁ、みなしごの上に孤児院も貧乏だったから、ろくに勉強とか出来なかったんだよ…………」







 ――――そう。俺にとって、学のあることなんてなんにもなかった。






 ある日、たまたま孤児院に立ち寄って歌い聴かせてくれた旅芸人の一座。


 初めて聴いた音楽にオレは感動した。



 貧乏なオレに旅芸人のおっさん……グラサンにたっぷり蓄えた白髭が印象的な座長は、ギター一本だけをプレゼントしてくれた。他の孤児たちは難しかったのかすぐに音楽なんざ止めちまったけど、オレは違った。





 ガキの頃貰ったギターが、まるで神様からのギフトみてえに輝いて見えた。




 渡された瞬間から、オレはガムシャラに、でも何よりも楽しんで歌ったり弾いたりした。





「嬢ちゃん、音楽に愛されてるな。歌も演奏も、魂から喜んでいるのがガンガン伝わってくるわい。本当に音楽が好きなら、そのハート、忘れんじゃあねえぞ」






 ……座長のおっさんから言われたその言葉が嬉しくて、朝日が昇っても日が暮れて真っ暗になっても、毎日歌い、弾き続けた。




 ……そりゃあ、勉強とか、サボりもするわな……。




「……ええっとお……まず、音楽のジャンルは何でもいいんだよな? 人数もトシも自由で」



「そうですわ」



「その……オーボヨーコー、ってのは?」



「応募要項とは、イベントに参加するのに何が必要か、どんな手続きが必要かを説明する、という意味ですわ」




「……何が必要なんだっけ?」





「ヴェラ様のプロフィール……名前とか性別とかお歳とか、出身地とか……身の上の情報ですわね。それから、いくつか質問に答える用紙があるようなので、それも書いて出す。参加に必要な費用は一万ゴールドですわ。あっ、現金ではなく小切手でね」





「金取るのか……他にはなんかあったっけ?」






「えーっと……当日は歌と演奏を評価する方がいて、最も高い評価を得た方に賞金と豪華な副賞が出るそうですわ。それから……観客の方々から最後に人気投票が実施されるみたい」






「……それって、歌と関係あんのか?」






「うーん……単に、このイベントを盛り上げる為ではないかしら? やっぱり、観客の方も参加するような形なら満足する人も多そうですし」





「……ふーん」





 盛り上げる為、ねえ。なーんか、よくわかんねえなあ。そりゃ、歌を聴く奴らがノッてくんのはこっちも楽しいけどよ……。





「……ヴェラ様、どうなさいました?」




「……むう。参加すんのに何が必要かは大体わかった。けど、なんつーか……




「……何と言うか?」





「このイベントをやる連中の考えがイマイチわかんねえっつうか……なーんかスッキリしねえんだよ」





「え?」

「何がにゃ?」




 ルルカとベネットは、わけわかんねえ、って顔してんな。



 ああ~、センスの違いなのかなあ? 




 こいつらは疑問に思わねえのかな。




「要は、音楽を演奏する祭りみてえなもんなんだろ? 歌い聴かせて、楽しんで……それに、なんで賞金だとか、賞品だとか、人気投票だとかが必要なんだ?」






「え……」





「そりゃあ、現にオレたちゃ、店長のおっさんに雇われて演奏することで金貰って、客からチップまで受け取ってるけどよお。そういうのは、本来のゲージュツの使い道とは違うと思うんだよ……」






「……急に何言ってるにゃ? ヴェラ」


「……と、申されますと……つまり?」





「店長の前で言うのはちとわりい気もすっけどよ、客はオレたちのSHOWに感動した対価としてカネを払ってくれてるだけだぜ。本当のゲージュツ……音楽とか、ダンスとか、絵描きとか物書きとか、そーいうもんは本来自分の情熱を形にしただけだ。表現することそのものにいっちばん意味がある。創る側の自分がいて……受け取る側の奴がいる。それだけで満足していいもんだと思うぜ」




「はあ」

「ムムム?」

「ほほーう」




 店長もルルカもベネットも、わかったのかわかんねえのかハッキリしねえ顔だな。




 芸術とか、創作活動にゃ本来カネや名声なんて要らねえ。ただ伝えるべきハートとそれに反応するハートがありゃあいいはずだ。





 いや……極端に言やあ、芸術なんて自分一人の中でまとまってても十分楽しい。




 それを、この祭りをやる連中はわかってんのか?





「……こうしちゃいられねえ! 今から訊きに行くぜ!」



「え? 訊きにって……どちらに?」



「決まってんだろ。このイベントのリーダーにだよ! どういうつもりなのか、確かめにいく! じゃあな! 行ってきまーす!」





「ああ、ちょ、ちょっとヴェラ様!? わたくしも行きますわ~!」



「そうにゃ! 一緒に行くにゃ! でにゃきゃ、ヴェラが一人で参加手続きにゃんか出来るわけにゃいからにゃっ!」



「おう、三人とも行ってらっしゃーい。夕方までには帰ってこいよ~」



 店長のおっさんの声を背中に受けて、オレは出かけた。



 このイベントのボスがどーいうつもりでやるつもりなのか……それを真っ先に知りてえ!








「……ここがイベントの受付かあ? テントがいくつもあんなー……」




「いらっしゃいませえ~。メイズンライヴフェス受付へようこそ~」





 近くのテントから綺麗なスーツ着た姉ちゃんが出てきやがった。早速訊くか!





「おい。このイベントのリーダーに会いてえ。話があんだよ」




「え? リーダー……と申されますと……大会委員長に御用ですか?」




「タイカイイインチョでも何でもいい。この祭りを考えた奴と話してえ!」





「……貴女、お名前は? 大会委員長にアポはお取りですか?」





「んなもんねえ~! アホでもバカでも何でもいい! 用があんだよ、オレは!」





 オレがそうまくしたてると、姉ちゃんはテントに引っ込んで周りがざわめきだした。と思ったら、別のテントから厳ついオトコが何人か出てきやがった。






「君。騒ぐようなら出て行ってもらおうか」






「なんだよ! オレは、その、タイカイイインチョっつー奴に会って話してえだけだ! 何なら、ここでオレのサウンドをお見舞いしてやろうか!?」




「はいはい。話なら自治会でな」




「くそ、ええい! 離しやがれッ!」






 厳ついオトコ共は俺の腕をひっ掴んでこの場から退場させようとしやがる! 



 ちくしょう! なんでだよ、オレは話がしてえだけなんだよ――――





「なんでえ、なんでえ。騒がしい娘っ子が居やがるなあ」




「はっ! こいつはすぐに自治会に突き出しますので――――大会委員長殿」





 ――――タイカイイインチョ…………!?







 ふと見上げると、そこにはラフでファンキーなカッコをしたジジイがいた。グラサン掛けてたっぷり髭を蓄えて――――






「まさか」






「こんなとこまでなんじゃ、娘っ子。……おう? そのギター……見覚えがあるような……」







「……じっちゃん! 座長のじっちゃんじゃあねえか! オレだよ! ガキの頃孤児院でこのギターもらった、ヴェラだよ!」







 多少シワが増えて、髪も薄くなってっけど、間違いねえ。




 タイカイイインチョと呼ばれたこのじっちゃんは、オレが孤児院に居た頃に会った、旅芸人の座長だ! 



 まさか、こんなトコでまた会えるなんて……!




「あ? 座長? ……ああ。旅芸人してた頃にそう名乗ってたっけなあ。そのギター……マジェスタCCモデル。とにかく頑丈なことと、音色が力強いことが取り得のやつじゃな。だいぶメッキが剥げとるが……底部に入れたサインも確かにワシのじゃ」




「だろ!? 確かにもらったんだよ、じっちゃんに! オレはじっちゃんの歌と演奏を聴いて、ハートがゾクゾク震えるほど感動して、そんでオレも音楽やって……!」




「むう……とりあえず知らねえ仲ではねェみてえだぁな。……おい。その娘っ子を離してやってくれ。その……ヴェラ、じゃったかな? ひとまず応接室で話を聞くわ。積もる話がありそーじゃ」




 じっちゃんが言うなり、羽交い絞めにしてたオトコ共は途端に力を緩めてオレを解放した。けっ。権力者のイヌめ。



 まあいい。んなことより、じっちゃんと話だ。




 十数年振りかよぉ……感激だぜ! 




 それからオレはじっちゃんについて行って、ひと際デカいテントの中の、オーセツシツ、とか言う部屋に通された。



 俺とじっちゃんはお互いデカいソファーに座って机越しに向かい合って、昔話から始まり、音楽を始めたことや生い立ち、『憎悪の泪』のことから今ルルカとベネットと旅をしていることまで、だいぶ話し込んだ。





 じっちゃんはオレのことはほとんど覚えちゃいなかった。まあ、ガキの頃に一度会ったっきりだもんな。



 しばらく旅芸人を続けてたものの、体力的に旅をしながら音楽をやるのは限界を感じたんだと。





「……それからワシは、ここメイズンの街に根を下ろし、音楽イベントの発展に力を入れてんだ。もうこれまでに十回か……次で十一回目になるなあ」




「へえ~すっげえな! へへ、やっぱり、じっちゃんはすげえや! ……あ。ところでよ……」




 そうだ。つい懐かしくなって語っちまったけど、ここに来たのは昔話の為じゃあねえんだ。





「あのさ、じっちゃん。この音楽イベントのチラシを読んだんだけどよ……なんで、音楽の祭りをすんのに賞金とか賞品とか、人気投票なんかが要るんだ?」






「ん? そりゃあ、イベントを盛り上げて、音楽をやる連中を励ます為だぁな」




「なんでだよ? 音楽とか芸術……自分で創ったり、表現したりすんのにカネやチヤホヤ感なんて必要ねえじゃあねえか」






「……何?」






 さっきまでにこやかに喋ってたじっちゃんの表情が一気に険しくなった。な、なんだ?








「だ、だってよお。自分の情熱を表現すんのって、結局自分の為じゃあねえか。自分の魂を浄化させたりするもんだろ? そこにカネとか、モノとか、他人からの名声なんて欲望は――――」











「欲が要らない? 欲のねェ芸術家なんざ、ヤクザもんにも劣るわいッ!!」


「!?」





 突然、じっちゃんはオレに怒鳴りつけた。




 な、なんだよ……何がいけねえんだ?








「な、なんでキレんだよ、じっちゃん。自分の魂の解放。それ以上何が要るんだよ?」



「確かにな! 音楽とか創作ってのはやる奴の心を潤してくれる。最高のセラピーだと俺も信じて疑わねえ」






 じっちゃんは立ち上がって、強い語気で話し出した。







「だが、芸術はそのままだと人を生かすことは出来ねえ!」




「……なんだと?」




「おめえ、音楽で食っていくには、さしずめストリートライヴやら酒場に雇われるやらでカネをもらってんだろ? 演奏による客の感動で生かされてんだろう?」




「そ、そりゃあそうだけど……でも、音楽を単なる飯の種にする気なんて――――」





「無いってか? 確かにそうだ。ただしそりゃあ音楽が畑仕事や牧畜みてえに、人間に絶対必要になるまでの立場を得た時からだ!」



「え……」






「今んとこ、芸術だけでは人は食っていけねえ。ほとんどの奴は芸術で心は癒せても、身体を癒すことは出来ねえ。ただただ野垂れ死ぬだけだ。カネも名誉も要らねえ? そんな人生に誰が憧れる? 魂の底から煮え立つ情熱を……夢を持てるッ!?」






「…………」







「芸術だけをやって死んでいいと思うのはよほどのビョーキか馬鹿だ。真の芸術家、音楽家なら、『星』にならなきゃなんねえ! まばゆい輝きを放ち、誰よりも高らかに笑い、誰よりも激しく激怒する! それが人を惹きつける! 『ああ、俺もあんな星になりてえ』……そう憧れを持たれるような芸術家に! 美しい星を見て、自分自身もまたその美しい星になろう、そんな情熱の灯が目ン玉に灯る。そんな存在にッ!」




「……あっ……!」






「今のおめえの中じゃあ、星はてめえの心の中にしかねえ。そんなのは独りよがりだ。万人に夢と憧れを与え……芸術で食って生きたいと決意する連中を増やす! それが人に! 世の中に! バリバリとエネルギーを与える! そうして初めて芸術家は安心して生きる手段と目的を手に入れる! だから、その為にはカネが要る! モノや、自信を持たせる為の名声も要るんだよ!」






 ――――そんなの――――





「そんなの、カネに目がくらんで、欲望にまみれた野郎だって増えるじゃあねえかよ!」



「そうだろうよ。だが、そんな輩もいることで、芸術はより世の中の高みに立てる。それで食っていける人間は増えていく! 例えば、技術だけでも磨き上げた奴はより若い奴らに教えることが出来る! 教えることで食っていくことが出来るッ! 音楽はてめえ一人のもんじゃあねえ! 人が、世界が『星』に照らされ、近づこうとする。自分の心の慰みにするだけのモノなんざ、もったいねえ!」






「…………っ」






「……会ったばっかだが、おめえにはがっかりだぜ。ヴェラ……いや、『独りよがりの小さな娘っ子』よ。おめえがガキの頃にワシが教えた音楽がそんなに小さく纏まってるとはよ。もう帰れ。帰って、自分独り満足なだけの世界に引き篭もってろ」






「……くっ!」






「悔しいってか? なら、ワシから教えられんのは一つだけじゃ」









「………………」









「『星になれ』。それ以上は何も言えねえ。……生憎、音楽を教えたり弟子を取ったりする相手は売るほどいるんでな」 








 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――





「……ちくしょう! ちくしょうッ! なんなんだよ! なんだあのジジイは!」




「あ。ヴェラ様。どちらに行ってましたの? 捜しましたわよ?」





「帰るぞ、ルルカ! いや、いっそこんな街からさっさと出発するぜ! 胸糞悪い!」







「え、いきなり何を……そうは言いましても、もう無理ですわ」



「はあ!? なんで!?」






「ヴェラがどっか行ってる間に、アチキらが代わりにイベントへの申し込み手続き済ませちゃったにゃ! 申し込んでからは事故でもにゃい限り、勝手にキャンセルすると罰金を十万ゴールドも払わなきゃならにゃいにゃ」





「なにしてんだよ、おめえら!? くっそー! あのジジイ! 金の亡者かよ!!」




「まあまあ。ひとます酒場へ戻りましょう? 何があったのか、お話しして? ね?」





 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――





 その晩。オレはイライラが収まらなくて、ルルカに負けねえ勢いで酒場でヤケ食いしてた。




 当たりめえだろ。自分の生き方を否定されたんだからな。




 選りにも選って、その今の生き方のきっかけを作った奴に……ええい、くそっ。






「へえ……かつての恩師に……そうだったのですわね」






「師匠もヴェラに負けず劣らず、ハチャメチャな野郎だにゃ。ニシシっ」






「……あんなもん、師匠なんかじゃあねえ。今まで師匠だと勘違いしてたオレが馬鹿だったぜ! ちくしょうめ……がつがつがつがつ」




「それでヤケ食いかにゃ……意外と肝の小さい奴だにゃあ」




「あはは……そこまでキツく言われたら、ヴェラ様も落ち込みますわよね」


「うるせえっ」






「……でも……」


「ああ!?」







「その御方のおっしゃることも、一理あると思いますわ」






「……ルルカまでそんなこと言うのかよ……」






「ま、まあまあ。そんなに睨まないで……芸術家の方は、確かに生産社会とは離れた生き方をしています。そのままでは生きられない方がいることも事実ですわ。その代表の方は、音楽を目指す人々への支援と、芸術の世界の活性化を願ってそうおっしゃったのだと思います」





「…………」






「『星になれ』というのも、わたくしは良い言葉だと思います。星のように充実し、輝いていることで、その姿を見た人々もまた星を目指し、結果、世界全体に活気を促す……人は叶う、叶わないに関わらず、追い求めるべき夢があることで前進し、強く毎日を生きていける。そういった前向きな気持ちが込められているのかもしれませんわよ?」








「…………ふん!」








 オレは手に持ったフライドチキンを骨までかじり尽くしたトコで酒を浴びるように呑む。





 飲み干してテーブルにジョッキをガツン、と乱暴に置いてから決心した。











「……決めた。だったらよお。なって見せるぜ、『星』によ! ……オレの生き様をあのクソジジイに見せ付けて、そんでもギラギラに輝く『星』になれるって、証明してやる! 大会に出てな!」






「おお~」

「にゃはは!」




 オレの啖呵にルルカとベネットはどっか嬉しそうに声を上げてやがる。けっ。他人事だと思って呑気に構えやがって……。








「今から部屋で缶詰めだ。何が何でも一番の『星』になれるサウンドを産み出してやるぜ、ひっく。見てやがれぇ、あんのクソジジイ……ひっく」








「ヴェラ様その気になりましたわね! でも、呑みすぎですわ。今日はもうお休みになったら?」







「う! る! せ! え! ひっく」







「ああ、ヴェラちゃん、もうこの時間帯は近所迷惑……もう行っちまったか。やれやれ」







 店長のおっさんの嘆きを背に、オレは部屋に篭って鍵かけた。







 見てやがれ。






 街中の奴らに、魂のサウンドを叩き込んでやる。






 オレは酒に酔ってベロベロになりながら、新曲作りに取り掛かった。










 徹夜するつもりで何時間かやったけど、酔って眠くなってきて、ちっくしょう! と大声を一発出してからベッドに横たわって、その日はそのまま寝ちまった。






 ――――

 ――――――――

 ――――――――――――




 それから一夜明けて、二日酔いで頭痛にウーウー苦しみながら起きてきて、朝飯を食った。




 既にグロッキー状態になりながらも、オレの決意は変わらねえ。




 店長とルルカたちには悪いと思ったけど、大会まで作曲と当日のパフォーマンス作りに集中したかったから、店での仕事は休むことにした。







「店長さんとヴェラ様さえよろしければ、わたくしは構いませんわ。頑張って!」






「仕事に穴開けた責任取るにゃ! ま、まあ、アチキらに手伝えそうなことがあったら……何でも言ってにゃ」






「店はいいから、当日頑張れよ! 大会で『星』とやらになれた子が居りゃ、ウチも安泰だぜ」






 ……ありがとよ、ルルカ、ベネット、店長。






 やるだけやってやる。




 ……とりあえず、上手くいかないことがあったからってヤケ酒はやめるか……大事な時こそ身体とハートは熱く、そして頭はクールに、だ。










 それから一週間……心に寝ずの番を置いて、作曲、歌の練習、作詞をやり続けた。




 ……ま、まあ、実際は二日ぐらい寝なかったらルルカとベネットが、


「駄目です! 睡眠不足はお肌に悪いわ!」とか


「頭の回転率も鈍ってパフォーマンスが落ちるにゃ! 無理すると大会出れにゃいにゃ!」っつって、朦朧としてるオエをベッドに縛り付けてギターも没収して無理矢理寝かしつけられたんだけどよ……ったく。


 あいつら本気で応援してんのか?






 ある晩は頭が煮詰まっちまったから、街の公園まで散歩に出て頭を冷やした。





 空の上にゃあ満天の星が煌いてやがる。







「『星』、かあ…………」








 あのジジイが言った『星』。





 ただ自分の中に収めるんじゃあなくて、みんなに光を照らして……聴く側にいた奴らもその『星』を目指そうと思いたくなるように、か…………そうかもしれねえ。








 今日の星空は一段と綺麗だぜ……オレもなってみてえ……いっぱい輝いてんなあ…………。









 おんなじ『星』でも、でっかいのとちっこいのがあるもんだなあ。光の色もそれぞれ違う……とっくに死んじまった星も、これから生まれてくる星もある。










 ……おおっ! 良いフレーズとメロディが浮かんできやがった。さあ、戻って練習すっか!









 そんな感じで日は過ぎ…………とうとう大会当日になった。







「いよいよ今日、ヴェラ様が挑戦する日が来ましたわね!」







「あいつは気にしてにゃいかもしれにゃいけど、店の仕事休んでる間の穴埋めとか、近所に騒音への理解を求めて頭下げて廻ったり、こっちも楽じゃにゃかったですよにゃ……」








「ふふふ。ヴェラ様に文句言ってた割りには、結構協力的だったじゃあない? ベネット」






「そ、そんにゃことにゃいですにゃ! アチキはただ、他人の役に立つべき時に動かないと気が済まにゃいだけですにゃ!」




「はいはい……あっ、ヴェラ様、おはようございます」





「おーう……おはよ~…………」




「……ギミャ! なにその酷い顔!? 目の下クマ出来てるにゃよ? にきびも!」




「……まさか、徹夜したのですか?」





「……いや……寝るつもりだったけど、緊張して眠れなかった……しょうがねえから練習してた」






「まあ。かわいそうに。体調は万全にしておきたかったでしょうに」







「ああ……でも、ここまで来て引き下がるわけにゃいかねえ……やっと新曲も出来たトコだしよ」




「おおっ! ついに出来たのにゃ!?」




「おうよ。この一曲で勝負だ。ドカンと一発、大会でぶちかましてやるぜ!」




「わたくしたちも楽しみですわ! さあ、朝ごはんにしましょう!」







 眠れはしなかったけど、栄養たっぷりの朝飯を食って(ちなみにとっくに店長からのサービスは打ち切ってたから自腹だ。主にルルカが)……オレたちは会場へと出発した。







 会場は大昔、闘技場だったらしいアリーナに手を加えた、なかなかの人数が入れそうなトコだった。既に街中の人が行列を作ってやがる。






「出場者の入口は……あちらですわね。じゃあ、わたくしたちは観客席から応援してますわ!」




「特訓の成果を十二分に披露するにゃ!」




「気張れよ、ヴェラちゃん」







「おう! 任しとけ!」






 ルルカたちと別れて会場へ入って、オレは控え室に行く。






 控え室の中にゃ、カラフルな個性の出場者がわんさかいやがる。



 気の弱そうな奴。派手な衣装を着て周囲なんか気にせずイメージトレーニングしてる奴。チームで参加して、楽しそうに喋ってる奴。修行僧みてえに床で座禅を組んで精神統一してる奴。






 オレも出番が来るまで、発声練習したりギターのチューニングを確認したりして過ごそう……と、色々考えてるうちに、開会式が始まった。





 モニターにはステージの中央に立つ、あのジジイの姿が映ってやがる。






 ジジイが開会宣言を始めた。








「観客の諸君、こんにちは! みんなの応援のお陰で……今年もメイズンライヴフェスは十一回目を迎えられたぜえ!」







 観客席から歓声が上がった。






「ルールは今年も同じ! 年齢は問わない! 人数も問わず、性別も出自も音楽のジャンルも問わない! 己の信じる音楽に従い! 己の信じる情熱に従い! 未来を担うべき新しき『星』が今年も最高のサウンドを魅せてくれる! 観客のみんなはもちろん、出場する者たちも、存分に楽しんで欲しいッ! そして……」







 そこそこ長い口上を言った後、ようやく一人目が出場していった。







 この控え室に入った瞬間以上に、出場者がステージで演るパフォーマンスはさらにカラフルだった。









 まず、どれも発想がすげえ。







 音楽というジャンルはオレにとってはROCKみてえに歌い演奏するものだけだと思ってたけど、中には音楽の枠からはみ出して漫才を披露したり、歌や演奏よりも踊りで魅せたり、ミュージカルみてえに演劇仕立てで演る奴や、朗読する奴までいやがる。





 どれも奇抜で、どれが『星』であってもおかしくねえ。そう感じた。











 ――――不安になってきた。

 




 オレは、本当に『星』になれんのか?










 やべえ。











 世界が、音楽で生きていく『欲』を持った奴らが、こんなに見聞きする客の度肝を抜くパワーを持ってるなんて。あのジジイの言うとおりだぜ…………。









 どうしよう……と、考える間もなく、もうオレの出番が来ちまった。オレはガチガチに緊張したまんま、ステージの上へと進んでいった…………。









「次は、今日までこの街に滞在中! さすらいのROCKシンガー、ヴェラ!」






 司会に促されてステージの中央に立った。







 だが、頭ン中は真っ白だ…………観客がざわめきだした。







 落ち着け。思い出すんだ! この一週間で編み出した新曲と……魂に届く歌詞を!






 それは――――











『MY SOUL FOR ALL』 作詞・作曲・歌:ヴェラ




 幾千の星 幾千の魂 全て繋がっている





 あの空へ あの星の煌く星空へ





 生まれくる星々 死に逝く星々





 誰もが 煌く時が 来る





 誰もが 弾ける時が来る





 だけど 生きた証は 永遠に残り続けるんだ





 一千万の人々の 想いも





 百億の 生命の 瞬きも





 全てに包まれている 全てに愛されている





 お前に会いたい





 悲しみが癒えるまで 優しい光で照らしたい





 お前に会いたい






 苦しみを超えるまで 力いっぱい 声を嗄らしていたい







 生きる証が あの宇宙と同じく 永く 永く……























「そんな言葉じゃあねえだろうがッ!!

このオレが伝えたい魂はあああああああああああッ!!」









 オレは、思考とは裏腹に、無意識にそう叫んでいた。










 演奏は、俺が努力して作り上げた曲をギターで弾いている。










 けど、歌詞はどこかへすっ飛んじまった。











代わりに出てきたのは――――叫び。










 ハートがマグマのように煮え立ってたまらねえ。










 力いっぱい叫ぶ以外の言葉が出てこなかった。







「オ  オ  オ  オ  オ オ  オ  オ  オ  オ  オ  オ  オ  オ  オ ーーーッッ!!」







 どれくらい叫んだだろう。ようやく気が静まって、叫ぶのをやめた時……ギターのいななきも収まった時、会場は静まりかえってた。










 ――――やっちまったか? 気がつけば前髪のヘアピンも取れて落ちてる。










 これを『音楽』だと認めてくれんのかな…………。










「おおおおおおおおおおおおおーーーっ!!」







 え? えっ?








 歓声。







 エキサイトした観客の雄たけびが、会場中に響き渡ってた。










 オレ……受け容れられたのか?










 今まで独りぼっちだった、自分の音楽だけ愛していたオレが、世界に受け容れられたのか?






「すっ、素晴らしいパフォーマンスをありがとうございましたっ! 出場番号三十三番、ヴェラさんでしたー!」






 司会の言葉と拍手で送られ、控え室に戻った。







 そして、あっという間に全員のSHOWが終わっちまった。









 結果発表で、出場者全員がステージに集められた。すぐに、結果発表となった。












 ――――結果、優勝は出来なかった。







 もっと上手くて、オレから見てももっと魅力的な奴が優勝し、賞金と副賞を受け取った。










 今は、この程度か。










 オレは、これで終わり――――


「続いて、人気投票の結果が出ました! 結果は――――ヴェラさん!」












 ――――は?





「観客席の実に七割近くが投票しました! 人気投票賞のヴェラさん! 前へ!」









 呆然としながら前に出たら、じっちゃんが出てきた。




 マイクを手に、オレに話しかけてきた。







「優勝こそしなかったが、ヴェラ。おめえの魂は伝わった。それが人気投票の結果じゃ。それでこそ、おめえの『星』の輝きだぜ」










 じっちゃんは一度観客席を見渡しながら続ける。








「……観客の諸君! 技巧こそ彼女は未熟だが、彼女のように魂のみで対話が! 他者とコミュニケート出来る奴が真の表現者の一つである! もう一度、拍手をッ!」





 じっちゃんに促され、さらにいっぱいの拍手。










 そうか。








 オレはこうするために……想いを伝え合う為に、音楽を神様から受け取ったんだな……。










「おいおい。泣く奴があるか! まあ、あえてその魂の汗というべきか」




「あっ……」







 オレ……泣いてんのか? 










 ……これが本当に、想いを伝えるってことなのか?






 はっ、と我に返って、オレは袖で乱暴に涙を拭う。






「う、うるせえよ……」








「カカカ。だが! ただ魂の叫びなら、このワシの方がまだまだまだまだ強え! その涙、ぶっ飛ばしてやるぜ」









「は?」











 「オ オ  オオオ  オオ オオ    オオ  オオ  ッッッ!!」










 瞬間、マイクを捨ててじっちゃんは豪快にシャウトした。


 観客がまた沸く。









 オレは凄まじい迫力に、思わず尻餅をついた。










 ああ……やっぱりじっちゃんはオレの師匠。










 似た魂してんだな…………。








 ……はは! まだ敵いっこねえ!









「ガハハハ、これがワシの『星』の一つだぜ! ほれ、それからこれも特別にやる」









 そうつぶやいて、じっちゃんは真新しいギターをオレに差し出した。オレは自分のギターと交互に見る。使い込んだボロボロのギター。オレは立ち上がり、迷わずこう返した。






「ナメんなよ。オレの相棒は俺が選ぶ。もうじっちゃんから受け取ってばっかなのはゴメンだぜ!」








「ハハハ! それでこそよ!」










 こうして、宴は終わった。








 客席でルルカとベネットが笑顔で拍手してんのが見える。






 また、旅立ちだな。










 オレの、もっと強い『星』を創り出す為の――――


 女三人の姦しい旅 ヴェラ編 END

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