番外 草径庵(そうけいあん)と私

 ※この文章は草径庵そうけいあん八周年記念誌へ寄稿した原稿の再稿である。

 草径庵八周年おめでとうございます。

 草径庵をしらない人へ説明すると、民家アパートの一階各戸の壁をぶちぬいて店舗にした、古民家風ブックカフェで、民家らしく入り口がわからない隠れ家的なお店だ。

 週の半分を休みにしている関係で、知る人ぞ知る喫茶店になっている。

 酒とタバコがダメになってから、俺の趣味はコーヒーを飲みに出かける事と、それをグーグルマップにレビューする事だった。

 新型コロナが流行する前まではだけど。

 それはともかく、日ごろグーグルマップで「コーヒー」と入力して検索結果を吟味し、店……喫茶店やバーや甘味処など……を訪問していたら、普段行かない岡村天神方面に草径庵という店?を見つけた。

 岡村天神、ゆず(果物の柚子でなくバンドの方)の聖地としてうすらぼんやりと把握しているが、俺には縁遠い場所であったので敬遠する、ではなくむしろ知らない場所をカフェ目的に散策する、なんて面白そうと思うのがそう状態の俺であって、普段ならダウナー然として「だるいから行きたくないな」とスルーする対象だったかも知れない。でも草径庵にがぜん興味が湧いてきたのであった。

 自室からスマホアプリのグーグルマップをナビにして徒歩で旧外語短大の急坂をよいしょよいしょとのぼり、台地を少し歩き、坂をくだった先に目的とする草径庵があった。

 建物の入り口がよくわからず、写真を撮りグーグルマップにアップロードしたのは俺だ。

 実は初訪問の事はよく覚えてない。坂が大変だったという途中の印象が強すぎたためだ。

 女将さん(と呼ばせてもらう)から声掛けしてもらって「グーグルマップでカフェを調べたら出たのでやってきた」と率直に答えた事は後日女将さんに教えてもらったぐらいだし。

 たしかホットサンドとコーヒー、ホットチャイは後日だったか?美味しかったのを覚えている。

 居心地がよく、ついつい長居してしまったとか、女友達とお茶しにきたとか、短い付き合いだが細かいエピソードがある。

 ホットチャイを飲みつつ、特に何をするでもなくボーっとするのは心によいし、暖炉やたき火のそばでリラックスして話すような安心感があり、談笑するにはもってこいの場なんだなと思ったりもした。

 例の女友達はどうしたって?しくじって嫌われてしまったようでラインのやりとりも途絶えてしまった。

 せっかく出合いがあったのにもったいない事をしてしまった。どうやって知り合ったかというと、胆石症で入院した病院に勤務していた彼女をナンパしてしまったのだが、本稿ではこれ以上触れない。

 草径庵に話をもどす。

 何がいいって、適度な距離感でほおっておいてくれるのがいい。メンタルがギシギシしてる時に、温かい日差しを背中に浴びながら、飲むコーヒーがとてもありがたい。

 ん、タバコがダメになったのは一五年くらい昔に、肺に穴が開いたためで、酒がダメになったのは八年前……草径庵のオープン時期くらいに酒の飲みすぎで身体をこわしてダメになったのだ。それから断酒生活が続いている。

 今はアルコールを飲むと、全身筋肉痛のような症状がでるので、飲まないというより飲めないのが正しいのかも知れない。飲酒欲求は不思議とないのが助かってる。

 依存症についての勉強をしていたり、トラウマや、その克服についての勉強、最近では児童虐待とその後遺症や、マルトリートメント(不適切な児童とのかかわりあい、広義の児童虐待)について勉強している、当事者なので今の俺にとってうってつけの場所なのが、草径庵である。本当に感謝している。

 独りで向きあうにはつらい出来事も、それをいやす場としての草径庵があるのは心強い。

 八年間、長いようで短かいものだ。今後もますますの発展を祈念している。

 以下余談。そうか草径庵に通うようになってから、胆石症で入院してたなと思い出した。

 胆石症で半年間に三回も入院手術があった。いくら何でも多すぎると思うのと、一回ごと入院の理由は明確なため納得がいってる。

 初回、急激な腹痛のため緊急搬送され、胆石症で入院。

 手術したが腹痛があるので検査したら前回手術で胆石の取り忘れがみつかり(胆のうの入り口付近数センチ)それらを摘出するために、開腹手術と二度目の入院をした。

 その際に胆石がこぼれおち、十二指腸にひかかってしまったのを内視鏡で取り除くため三度目の入院。

 入院回数が多いし、若いからなんとかなったかもしれないが、これが七〇才代ならどうなってたかと不安である。

 その前後にも草径庵に通った。その時のコーヒーはうまかったのを覚えている。

 大きい手術以外何をしていたか?職を辞しメンタルの病と向き合っていた。

 やっと最近になって、回復してきた感触を覚えてるが、今もトンネルの中をぐるぐるまわってる感じは否めない。

 俺にとって草径庵は社会的ネットワークの中継点の一つで、そこに「所属」する事で、不安定な精神が安定化してきた要因の一つなのかなあ等とぼんやり考えたりしている。

 胸に感じている生きづらさや苦しみは消えないけど、その苦痛が和らいできているのを実感している。それは草径庵だけではなく、複数の要因があると思うのだけど、要素の一つに草径庵が確実にあると思い込んでいる。

 そういえば苦しみって、身体の影響を受けるからか、最近体調がよいのであまり感じてなかった、苦しみの中にいたので気づかなかったのかもだけど。

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