第38話 娘に帰る日

"風邪、治ったよ"


"よかった

心配だったよ"


"ごめんね

心配かけて

もう、大丈夫だから"


"今度、いつ会える?"


”ちょっと仕事が忙しいから

会えそうな日が分かったら連絡するね”



あれから

栞と交わしたメール


明るく

明るく

それを心がけて

メールしていた


栞はどういう風に感じたかは分からないけど

お互いに忙しいから


”いつ会える?”


なんて

甘えるようなこと

最近は言わなかったから

もしかしたら

少しだけ

あの夜の事を気にしているのかもしれない


そうこうしているうちに

二ヵ月が過ぎた


そんなにも会えていなくても

不自然ではない付き合いをしていたんだと実感する


忙しいからと言っても

さすがにおかしいことに気が付きそうなものだけど

それどころではないのだろう


もしかしたら

栞の中では

私なんてそんなもので

既に夢中になるような人がそばにいるのかもしれない

ハートのイヤリングの人とか・・・


私は部屋を引き払う

実家に帰るために・・・


今日が引っ越しだ


栞には言っていない


この期間に

もし会う状況になっていたら・・・


”最近どうしているの?”


と栞が聞いていたら

嘘はつかなかったと思う

だけど

生存確認の様な短いメールしかしていなかったから

こちらから話すわけもなく

ここまで来た


両親には手伝いはいらないって言った

もう大人だから

長いあいだ住んでいたこの部屋には

親には見てほしくないものだってある


涼太と來未ちゃんにママが今日の事を言ったらしい


涼太はどう思ったのかは分からないけど

弟なりに思うことがあったのか?

久しぶりに電話が来た


「久しぶり・・・引っ越すって?」涼太


「うん」悠


「手伝おうか?」涼太


「いいよ」悠


「そっか・・・そうだよな

分かった

今度、実家に帰ったら

引っ越し祝いしよう!!

來未も会いたがってるし」涼太


栞の事は特に何も聞かれることは無かった


私の口調から

彼との関係が良好でないと言う事が

なんとなく伝わったのかもしれない


涼太はもう大人だから・・・


ベット

テーブル

白いソファー

ほとんどのものは処分した


どれも思い出があるから

引き取り業者の人にサインするときは

正直、ウルウルしてしまって


「本当に大丈夫ですか?」引き取り業者


引き取り業者のお姉さんに心配をかけてしまった


ここへ来た時のように

最小限の荷物だけ持って

私は実家へ帰る


最後に掃除をしていたら

クローゼットの奥から写真が一枚


それは

高校生の栞と白いソファーの前で一緒に撮ったもので


どうして撮ったのかは分からない

何の時だったのかも思い出せない


ただ

制服姿で

今と比べたら

随分おさなく見える栞と

社会人になって間もない私が

頬を寄せ合って笑顔で一杯で写っている


「栞・・・かわいい」悠


そう呟いて

その写真をゴミ袋に入れた


私が実家に帰ると

パパ・ママが待っていた


「お帰り」パパ・ママ


玄関先で

二人そろってそんなこと言うから

なんだか涙が出そう


「ただいま・・・これからよろしくお願いします」悠


私は二人に深く深く頭を下げた


ママはにっこり笑って

私の手を引く


パパは私の肩を抱き

頭をポンポンと撫でる


涙は抑えられない


いい大人な私は

二人のもとで

これからまた娘に帰る・・・



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