第29話 ビーフシチュー

思い付きのような旅だったから

私にはあまり時間がなかった


栞はそんな私の行動を

只々、びっくりしていて


「悠ちゃんってそんなに行動的な女の子だったんだね」栞


と笑っていた

私自身も自分の行動にびっくりしている


そう言えばだれにも今回の事を伝えてきていない

家族が気が付いて

捜索願が出ていなければいいけど・・・

少し心配になる

ま、今回は長居できないし

大丈夫

楽観的に考えてしまうのは

今この時が幸せすぎるから


一日だけ

たったの一日だけ

栞の生活する街を歩きデートのようなことをした

手をつないで

ピッタリとくっついて離れないようにした


初めてだ

栞とこんな風に歩くの


彼の大学やよく行くファーストフードレストラン

友達にも会った


私はこの手をもう放したくない


楽しい時はすぐに過ぎて

帰国の時

空港まで見送りに来てくれた


時間が迫る


今日、私は泣かないと決めている

栞の顔を見る

少し目元が光る


「離れたくない」栞


子供のように呟く


それからすぐに

栞は私を大人っぽく引き寄せて耳元で言った


「大学・・・卒業したら帰るから

ちゃんとダブったりしないで卒業するから

日本で待ってて

待っていてください」栞


私は彼の顔を見て不安な顔で


「それまで会えないの?」悠


と聞く

彼は少し考えて


「学生の身だから贅沢はできない

そうそうは帰れないよ

だけど

連絡する

絶対に連絡する!!

メールする

それじゃダメかな?」栞


栞の困った顔が可愛い

彼だって私と同じ思いなら寂しいはず

これ以上困らせたくない

私はできる限り明るい声で


「だめ・・・我慢できなくなったら

私が会いに来るから!!」悠


そう言って

笑って

私たちはまた離れ離れになった


栞は私が見えなくなるまで手を振った

私も最後、ふざけた様子で投げキッスをして手を振った


遠距離恋愛なんてしたことがない


不安と寂しさで苦しくなることもきっとある

だけどもう

彼を失いたくない


細い細い紐を

切れることがないように守っていく

大切に・・・


日本に着くと

また日常に戻った

だけどこれまでとは違う

今は彼から毎日何通かのメールが届く

時差もあるから返信が遅れてしまって

スムーズに会話はできない日があるけど

この繋がりを温めていく


最近、職場で言われた


”悠さん綺麗になったね”


私は今、恋をしている


実家から連絡があった

純一郎と美咲から

結婚祝いのお返しが届いていると…


私は以前とは違い

晴れた笑顔でママに会った


ママはとくには何も聞かなかった

だけど娘の私が

寂しい様子でない事は感じ取れたようで

ホッとした顔をしていた


心配かけていたのかな・・・


私はこっそり涼太の部屋へ入る


栞に会いにい行くためにかりていた

涼太宛のエアメールをさりげなく元の位置に置いた


きっと気が付かない

あの子は雑だから・・・


そう呟いてちょっと笑った

そして弟に感謝した


ありがとう


何年ぶりかな?

今夜は家で夕飯を食べて帰ることにしよう


下からはママお得意のビーフシチューの匂いがしている





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る