第9話 包み込まれる

そんなことがあっても

私たちは何もなかったように友達関係を成立させた


純一郎は素直な人だから

美咲に


「グループにいるから仲間してるけど

悠の事が苦手だな~」純一郎


と言っていたらしい

ちゃんとした理由なんて言えるわけないから

美咲は


「何でだろうね❓️

悠、ごめんね」美咲


とノロケの合間によく聞かされた


皆とたくさん遊んだ

学生生活最後の一年

もう思い残すことはない

思い返したくもない

四年間、どの場面にも純一郎が私の思い出にある


純一郎と美咲を眺めながらの最後の一年は特に私には苦痛すぎた


なんの曇りもなく純一郎に微笑む美咲は知らないだろう


知ることはない


知る必要はない


知ってほしくない


純一郎が三年も私にメールをしてくれた事

私が彼を逃してしまったこと


卒業式

私は何か大きな仕事を終えたような

脱力感で一杯になっていた


皆の事は好き

友達としては

純一郎や美咲だって…


だけど、しばらくは会いたくなかった


二人だけでなく

大学に入って知り合った全ての人と…


謝恩会やその後の打ち上げに私は行かなかった


七海や聡から大量にメールが入っていたけど

中身は見ないで

電源をオフにした


部屋を暗くして

ヘッドフォンで失恋の歌を流しながらベツドに転がる


頭の中は空っぽで

何かを考えているわけではないのに

涙がポロポロとこぼれ落ちる


一人の世界に浸る私


パチッと部屋の明かりがつけられて

目の前が急に明るくなった


顔をあげると

ドアの横に栞


「悠ちゃん、ごめん

何回も声かけたんだけど

返事がないから…心配で…大丈夫❓️」栞


私は体を起こして涙を手でぬぐった


「…何か用なの❓️」悠


今日は優しいお姉さんのふりなんかできない

栞にあたる様な態度をとる


「今日、卒業式なのに

早くから引きこもってるって涼太に聞いたから

何かあったのかなって…」栞


栞の穏やかな話口調が癒される


「別に…」悠


私は甘えるように

つっけんどんな態度をとる


「大丈夫❓️」栞


ひたすら栞は優しい


「大丈夫じゃないよ」悠


まるで子供が駄々をこねるように

私は膝を抱えた


「みたいだね」栞


栞は部屋の中に入りドアをそっと閉めて

私の方にゆっくり近づいて

横に座った


私は栞の方を見た

栞はにっこり微笑んで

ゆっくり

ゆっくり

とても優しく私を抱き締めた


はじめてあった頃は小学生で

可愛らしかったのに

背も手足も伸びて

栞は私をすっぽりと包み込んだ


何も言わなかった

聞かなかった


ただ、優しかった

栞の体温が優しい


しばらく私は包まれていて

心地よくて


私も栞の背中を抱き締めていた


どのくらい時間が過ぎたのだろう

私は眠っていたようで

目を開くと

栞も一緒に横になって眠っていた


綺麗な寝顔

スースーと小さな寝息も可愛らしい


私が見つめていると

栞がゆっくり目を開けた


「あっ、寝てた」栞


慌てることもなく

ゆっくりとした動作で栞が時計を見ると

小さくアクビをして


「悠ちゃんが柔らかかったから

気持ちよくてぐっすり寝てたけど

一時間くらいだったんだね

良かった~

涼太に捜索願い出されちゃうところだったよ」栞


そう言ってはにかむと

部屋を出ていった


私は何を苦しんでいたんだろう❓️

もう、苦しくなかった


特上のリラクゼーションのように

私を癒してくれた


私の部屋にはしばらく

栞の優しく甘い残り香が漂っていた


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