第7章 おしまい

第36話 後始末

 その後、一行は轟音を頼りに駆けつけたオリバー副隊長補佐達に助け出された。

「オリバー、そのローザちゃん、ローザ姫だから、丁重に扱うんだよ」

「はい……はい!?」

 エミリアから明かされた今まで罵ってきた女の素性にオリバー副隊長補佐は顔を真っ青にしたが、ローザは気にせず微笑んだ。

 ハロルドは拘束され、王都に移送された。

 ダンとサミュエル、ジョセフは近くの病院に搬送された。サミュエルは十針も縫う大怪我だった。

「あの……僕、ここに来る前に、同期に闇魔法を使ってしまったみたいなんですけど……みんな、その、大丈夫……でしたでしょうか……」

 心底、言いづらそうにジョセフが尋ねた。

「ああ、お前の同期なら、食堂に倒れてはいたが、命に別状はない。なんか黒いモヤモヤが残っていたけど、王都から来た光魔法の使い手が浄化してくれてた。よかったな」

 オリバー副隊長補佐がそう答えた。

「よかった……」

「よくはないです」

 きっぱりとローザが言い放った。

「まったくジョセフと来たらとんでもないことを隠していて……これからはもう隠し事などさせませんからね……! 闇魔法も使いこなせるようになりなさい! エミリアさんに弟子入りです!」

「は、はい、申し訳ありません……」

 ローザの怒りにジョセフは素直に頭を下げた。

 ダンの怪我は大したことはなかったし、アリアの自動治癒が効いていて一番治りが早かった。火傷も切り傷も、あっという間に治っていた。

「あー……フレッドとか怒るかなあ……怒るよなあ……」

 病室のベッドの上、ダンはため息をついた。彼の正体とローザの正体はとっくに町中に知れ渡っていた。王都からアリアをはじめとする騎士団が派遣されてきて、病院を警護していた。そのため、怪我のないローザもついでに入院する羽目になっていた。

「いっしょに怒られましょう、ダン」

「うん……」

 ローザの笑顔にダンもうなずいた。


 そして、ダニエル騎士団長、ローザ姫、ジョセフ、サミュエル監査官、エミリア副隊長、そして何故かオリバー副隊長補佐が集められた。

「初めましての方もいますのでごあいさつから始めさせてもらいます、王都にて騎士団長補佐を務めています、光魔法の使い手、アリアです」

 すっと礼をしたアリアにローザ、ジョセフ、オリバーが礼を返す。

「まず、ローザ姫、あなたには王都に帰っていただきます……よろしいですね」

「はい、もちろんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 ローザは殊勝に頭を下げた。

「謝るのなら、お父上や親衛隊の皆様に。皆さん心配していらっしゃいました。そしてダニエル騎士団長、ローザ姫が帰るのであれば護衛の任に着いていたあなたも解任です。王都に戻ってもらいます」

「はい……」

 しょんぼりとダニエルはうなだれた。

「そしてジョセフくん、あなたは貴重な闇魔法の使い手であることが認定されたので、同じく王都の魔法研究所へ連れて行かれます。ですが、陛下の命令で寝食は今まで通り、ローザ姫の側で、とのことです」

「よかった……わかりました」

 ジョセフは穏やかに微笑んだ。

「それで、エミリア、あなたもジョセフくんといっしょに魔法研究所です」

「私だけなんか冷たくない?」

「騎士が闇魔法を隠していたのはいささか問題ですので」

 アリアはにべもなかった。

「というわけで、オリバー氏」

「え、はい」

 ずっと自分がここにいる理由が思い付かなかったオリバーは突然の呼び掛けに背筋を伸ばした。

「元ウィーヴァー隊の副隊長に繰り上げ就任です。おめでとうございます」

「あ……本当ですか……? あ、ありがとうございます……? あれ、隊長は?」

「王都の騎士から適任者を任命します。さて、サミュエル」

「ああ」

「あなたの辞職願は却下されました」

「そう言われてもな……俺はもうろくに戦えんぞ」

 サミュエルの傷は深かった。体を動かす度に激痛が走る。しばらくは休養が必要であったし、傷が癒えても前のようには動けないだろうというのが医師の判断だった。

「ローザ姫からの要請がありました。あなたはローザ姫の教育係に任命されました」

「……姫様、その、同情などは、不要ですよ?」

「いいえ、信頼です。あなたはダニエル騎士団長から信頼を置かれています。能力も申し分ありません。私がこれから騎士のことを知っていく上で、これ以上ない教師だと思っております。よろしくおねがいします。サミュエル先生」

「……拝領いたします」

 サミュエルは頭を下げた。

「では、あなた方の今後は以上となります。サミュエルはまだしばらく入院していてください。まあ、私の光魔法で治癒をかけましたので、治りはある程度早くなると思います」

「ありがとう、アリア」

「オリバー氏とサミュエル以外、全員いっしょに明日には王都に戻ります。これは皆さんの逃亡を阻止する思惑もございます」

「いやいや、さすがにこの後に及んで逃げねえよ」

 ダニエルは快活に笑ったが、彼に向けられるアリアの目は厳しかった。

「ダニエル騎士団長……」

「うっ、信頼が一ミリもない視線が痛い」

「では、本日はおいとまします。そしてお客様です、オリバー氏、エミリア、おいとましましょう」

「はい!」

「はーい」

 アリアとオリバー、エミリアが去って行く。それと入れ替わりにお客様、フレッド、アベル、ベンジャミン、リリィ、キャサリンが入ってきた。

 こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。

「ローザちゃん!」

 リリィとキャサリンがローザに抱きつく。ローザは感極まった顔で天井を振り仰いだ。

「ふ、ふたりとも……まだわたくしをローザちゃんと呼んでくださいますの……?」

「ローザちゃんがいいなら……ずっと呼ばせてよ!」

「ローザちゃんはローザちゃんだもん……!」

「……はい!」

 ローザはふたりを抱きしめ返した。

「おらあ!」

 一方、フレッドは威勢よくダニエルの肩を殴った。

「俺、怪我人! 入院患者!」

 ダニエルは猛抗議をした。

「頑丈なんだろうが! この騎士団長野郎! このぉ!」

 フレッドが殴りかかるのをアベルとベンジャミンが苦笑いで眺めていた。

「お前らも止めろよ!」

「いやあ」

「気持ちはわかるから……」

「まさかダンがダニエル騎士団長だったなんてな……」

 アベルとベンジャミンはフレッドを止める気配が一切なかった。

「くっ」

「あ、あの……」

 そんなにぎやかな声にジョセフが恐る恐る声をかけた。

「フレッドさん、リリィさん、キャサリンさん……あの日は、その、すみませんでした……」

「あー、いいよいいよ」

「大丈夫だったしねー」

「いろいろビックリはしたけどねー」

 和やかな雰囲気にジョセフはホッと胸をなで下ろした。ローザもその様子を嬉しそうに見守っていた。

「……で、お前ら、もう王都に帰るんだろ」

 フレッドが彼には似合わない弱々しい声を出した。その言葉に一斉に暗い雰囲気が漂う。

「……ハロルド教官もいなくなっちまったし……なんか、寂しくなるな」

 ハロルドは今、王都で尋問を受けている。存外素直にその計画について明かしているという。

 フレッドの言葉にキャサリンが涙ぐんだ。その肩を慰めるようにリリィが抱く。

「……わたくしは、テラメリタ王国の第一王女。いついかなるときでも……皆様の側に居ますわ。困ったことがあれば連絡をくださいまし、必ず力になります」

 ローザが胸を張ってそう言った。

「ダン、いいえ、ダニエル騎士団長だって、あなた方の一番上の上司ですもの。遠く離れても、二度と会えないわけじゃない。……そうですよね」

 ローザがダニエルを真っ直ぐ見つめた。ダニエルはその視線を真っ直ぐ受け止めた。

「……待ってる」

 ダニエルは小さくそう言った。

「お前らがこれでも騎士に失望していないのなら、てっぺんでずっと待ってるから」

「……ダン」

 彼らはしばし、湿っぽい雰囲気に包まれた。

 その雰囲気をぶち壊すように、フレッドが思いっきり手を振り上げ、ダニエルに降り下ろした。

「おらあ!」

「だから痛いって!」

 思いっきり肩を叩かれて、ダニエルは怒鳴りながらも笑った。

 病室の中に若人の笑い声が満ちるのを、サミュエルが静かに笑いながら見守っていた。

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