ファイル20 酒呑少女事件
・・・幕間・・・
唐突と言えば、あまりに唐突だった。
だがきっと、私が事故で大怪我をしたころから、文化祭を区切りにとアイリは考えていたのだろう。
だから、事故以降、私に対するセクハラ紛いの行為はグンと減った。
だから、本当は一人いれば充分なミス研の店番も、私と一緒のシフトを作った。
そこでケリをつけるために。
だが、いろいろとトラブルがあったため、今度は自分のクラスで、パーテーションという覆いの中で、私と二人っきりの空間を作った――のだが、今度は私がそれを台無しにした。
いつもと何かが違うのは、果南以外の私の友達までもが協力していたことで明らかだったのに。
いや、そんなこと無関係に、アイリは私の後輩だし、凛は私の妹だ。
毎日一緒にいれば、分かる。
ただ、私は怖かったのだ。
告白されることが――ではなく――
・・・本編・・・
唐突と言えば、あまりに唐突だった。
部活でいつも会っていたアイリは姿を消し、また凛は家を出ていった。
学校の廊下で会うことはあっても、凛――アイリ――は、私を見つけるとすぐに背を向けた。
私は親を追求したが、凛の行方は教えてくれなかった。
そして文化祭が終わって二週間がたった、ある夜、私は眠れなかった。
それは、台風による雨風の音がやたらとうるさかったせいもあるが――
「ちちちちちょっと待って凛! 話せば分かる!」
「……お姉ちゃん……えへへぇ……大好きだよ……」
頬を赤く――というか、顔全体を赤く染めた凛がにじり寄ってきていたからだ。
四つん這いで、貞子のように。
胸元を開けて。
マズい――。
マズいマズい――。
外は台風だから凛との会話が誰かに聞かれる可能性は低いが、それでもここは他人の家だ。
家主にうるさいとか思われ、この現場を見られたら、私は終わる(最近、私はよく終わりそうになるなぁ)
――なんでこんなことに。
私はそう悪態をつくが、その元凶は明らかであり、私は枕元に立つ缶を睨みつける。
さて――、凛が家を出て、しばらくの間は私も落ち込んでいた。
だがすぐに「なんで勝手に出ていったやつのことで、私が落ち込む必要があるの?」と怒りが沸々と湧いてきて、手当り次第に凛の行方を探した。
果南、クラスの友達、元カノなど使える情報筋はすべて使った。
すると、森井家が馴染みの中華料理屋に凛がいると、すぐに分かった(元カノの親の店だから、本当にすぐに分かった)。
だから私は怒りの勢いそのままに、台風が渦巻く街を大股歩きで進み、凛と話をつけようとした。
台風の威力が強い分だけ、私の足取りも激しくなる――が、それは最初だけだった。
台風の日に外に出るものではなかった。
中華料理屋に近づくにつれ、傘はボロボロになり、全身はびしょ濡れになり、命の危機を感じ、店についたときには寒さやら怖さやらで奥歯がガタガタ鳴っていた。
結果、私は凛と話をする前に馴染みの店主に心配され、温かい風呂に入れられ、温かい中華料理を振る舞われ、温かな心配りで店主の一人娘(私の元カノ)にパジャマを借り、一晩泊めてもらうことになった。
ただ、特に何もない四畳間で、凛と同室。
布団をしき、荷物を置けば、すぐそこに凛がいる状況だ
もちろん、そうなれば凛と二人っきりでゆっくり話し合う絶好の機会となったわけで、凛も覚悟したのか、まるで大人のように「飲みながら……ゆっくり話そう……」と冷蔵庫から缶ジュースを持ってきたのだが――
これが――ジュースではなかった。
大人のように、というか、大人の飲み物だった。
一見してジュースに見えるデザインだったが、明らかに酒だった。
そして、凛はそれを一口飲んだだけで――
「お姉ちゃん……大好き大好き……せかいでいちばん、だいすき……」
先程までの気まずい空気はどこへやら。
凛はあっというまに出来上がってしまった。
いかにも酔っ払いというだらしない顔をしている。
うちの親とそっくりだ。
ただ、こうなったらまともなコミュニケーションは不可能になる。それに――
ちょっと、マズい展開も容易く想像できたし、実際すぐにその状況は訪れた。
「お姉ちゃん……一緒に寝よぉ……?」
凛は、いかにも酔っ払いというだらしない顔で言った。
「えっと、寝るって……どっちの意味で?」
私は、凛の言葉に迷いながら聞き返す。
すると凛は不思議そうな顔をするが、何を思ったか突然パジャマのボタンをはずしだした。
「ちょっと待て待て待て待ちなさい!」
私は慌てて凛の腕を掴み、その動きを止める。
「え? 寝るって、そっちの意味? 添い寝とかじゃなくて?」
私の希望するイメージでは、ミス研合宿時のような感じ。
しかし凛は、
「え? ねるって、どっちのいみ? エッチするほうじゃなくて?」
首を傾けて言った。
この姉はなにを言っているんだ、とでも言いたげだった。
そして改めて言う。
「エッチしよう。おねえちゃん」
その言葉に、私は頭を掻きむしる。
どうやら、私の予想したマズい展開の通りに、凛は人格を凛のままに、行動をアイリと化してしまったようだった。
この狭く、隠れる場所などない四畳間で。
凛は、私と一夜をともにしたいと言い出した。
いや、一夜をともにすること事態は間違っていないのだが。
しかも予想外なことに――。
「いやいやいやいやいや待ちなさい、凛。私たちは未成年にして、姉妹にして、付き合ってなくて、ここは他人の家にして、私はそんな同意をしてなくて、あなたは酔っ払って理性がふっとんでいて、私たちはとても気まずい状況にあったわけで――」
私は必死でまくしたてるが、凛は不機嫌そうな顔になり、
「おねえちゃんのいうこと……むずかしくて、リンわかんない」
と甘えたことを言う。
――予想外なことに、幼児化してしまったのだ。
すっごく、かわいい。
じゃなくて。
これは本当にマズい展開になってきた。
今日の私は、凛とシリアスに二人っきりで、すべてについて話そうと思ってここに来たのだ。
だが凛は、誤って酒を飲んだ結果、エッチなことをしたいと言う。
もちろん私は、凛を殴ってでもそんなことするつもりはない。
だが、こうなった凛はきっと殴っても止まらないし、泣き叫ぶ。
そしたらその声は、店の主にも、私の元カノにも届き、ことは一層面倒になる。
ある意味アイリよりも厄介だ。
となれば、あとは言葉による説得を試みるしかない。
さもなければ、私は幼児化した凛によって、初体験を終える。
大量の彼女を作っても、それだけは大事にしてきたのに――。
私は小さく素早く深呼吸をし、説得を始めようとする――が、
「おねえちゃん。いっしょに、ねよ?」
私が何か言うよりも、凛の行動は奔放で素早かく、凛は私の胸に飛び込んできた。
「えへへぇ。おねえちゃんのおっぱい、やわらかい」
「いや、凛? そういうのは、あのー、そう、大人になってから、ね?」
私は子供をあやすように凛の説得を始める。
しかし、
「えー? リンは、もう、おとなだよ。リンのおっぱい、おおきいよ? ほら、さわって?」
凛は、有無を言わせず私の手を取り、自分の胸に押し当てた。
「ねえ? おねえちゃんみたいに、おおっきくはないけど、おおきいでしょ?」
「――」
それは、確かにそうだった。
推定トップバスト八十代半ば、アンダーバスト七十弱、カップサイズE――羨ましい人はとても羨ましがるバストだ。
そして、張りはイマイチだが、柔らかさはとても良く、パジャマの上からでも分かるほど熱を帯びていた。
元から、凛やアイリと風呂に入ったりして、その大きさや質を知ってはいたが、改めて認識した。
「えへへぇ。おねえちゃん、わたしのおっぱい、さわれて、うれしい?」
「えっと……いや……あの……う、嬉しいわよ」
「えへへへへぇ。わたしも、おねえちゃんにさわってもらって、うれしいよ」
凛は屈託のない笑顔になる。
まるで、幼少期に私に誕生日プレゼントをくれたときのように。
――くっ、危険な顔だ。
つい、こんな可愛い妹なら、初めてを捧げてもいい気がしてくる。
だが――こうなれば、私も強い手でいくしかない。
「それじゃあさ、ともかくお布団入りましょう」
私は言うと、布団の中にさっさと潜った。
「それで、しばらくは抱き枕ごっこしましょう? 私、凛のことギューってしたいわ」
それは、カップルによっては夜の営みの前段階になるようなリスキーな行いの提案だった。
だが、それでも私はこの作戦に賭けた。
下手な作戦で凛が癇癪するくらいなら、大胆に攻めるべきなのだ。
私は布団をぽんぽんと叩き、誘いをかける。
すると凛は、少し考えた様子を見せたが、
「だきまくらごっこ、する」
言うと、跳ねるように私の隣で横になり、私に抱きついた。
当然のようにその顔を私の胸に埋め、抱きつく力がちょっと強かったが――、しかし、これで私の作戦通りである。
凛は酔っ払ってる上に、そもそも夜に弱い。
ともかく布団に入れてしまえば、寝る可能性が高かった。
そして寝てしまえば、あとはもう一式の布団に私が寝るなり、凛を寝かすなりすればいい。
私は、電灯から垂れ下がる紐になんとか手を伸ばして明かりを消し、掛け布団を凛の上にかけた。
「えへへぇ。おねえちゃんの、からだ、あったかいし、やわらかくて、きもちいいよ」
「そう? ありがとうね」
私は凛に応えながら、その頭を優しく撫でる。
確か、昔はこうして凛を寝かしつけていた。
ならば、きっとこれで凛は寝てくれるはずなのだ。
問題は、それが何分先のことなのか、だが。
「ねぇ、おねえちゃん。おねえちゃんは、リンのこと、すき?」
「好きだよ」
「わたしも、だいすき」
なんだか、本当に恋人みたいな会話だった。
もっとも、付き合いたて一ヶ月以内のつまらない会話だが。
「ねえ、おねえちゃん。ほんとうに、わたしのこと、すき?」
「ええ。大好きよ」
「ほんとうに、ほんとうに?」
なんだか、このどうでもいい繰り返しのやり取りのつまらなさも、本当に恋人みたいだ。
「ほんとうに、ほんとうに、すき?」
「本当に本当に好きよ」
「ほんとうに?」
凛は繰り返し繰り返し問うてきた。
それは、まあ、楽な受け答えとも言えたが、正直言ってもう面倒になってきた。
まだ布団に入って一~二分だろうが、早く凛寝ないかな、と思ってきた。
ただ、
「……」
「……」
「……」
「……凛?」
不意に凛が何も言わなくなった。
台風の轟音ばかりが耳に入ってきた。
私は、まさか寝たのか? と期待した。
だが、そんなはずもなく、凛は私の目を見てきて、
「本当に?」
また、同じことを聞いてきた。
真摯で、純粋で、濁りのない目をして。
だから私は、凛のことを力強く抱きしめ、
「家族として、妹として、大好き――。ものすごく、ものすごく、本当に――」
そう言った。
すると凛は、
「えへへぇ。おねえちゃんが、だいすきって、いってくれたぁ」
そう言って笑い、まもなく眠りについた。
ただ私は、凛が眠りについても、凛を抱きしめ続けた。
・・・幕間2・・・
それは、深夜一時を回ったころだろうか。
私は台風の轟音で目が覚めてしまった。
どうやら台風はまだ勢力を強めているらしい。
これでは凛も起きてしまう。
私はそんな心配をしたが、ふと隣を確認すると、そこは既にもぬけの殻で、凛は少し離れたところに座っていた。
こちらに背中を向けて、何かをしている。
「――凛? どうしたの?」
私は、凛が台風の音のせいで眠れないのかと、また違う心配をしたのだが、凛が私の声に振り向いて、私は目を見開いた。
なにせ凛は、まるでジュースみたいなデザインの、しかし明らかに大人な飲み物の缶を握りしめていたのだ。
そして、
「おねえちゃん……、エッチしよ」
凛はそう言うと、パジャマのボタンを外した。
「ちちちちちょっと待って凛! 話せば分かる!」
「……おねえちゃん……えへへぇ……だいすきだよ……」
頬を赤く――というか、顔全体を赤く染めた凛がにじり寄ってきた。
四つん這いで、貞子のように。
私は、それから逃げようとしたが、目覚めたばかりの身体は言うことを聞かず――――
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