第14話 魔法医、患者の命を救う


(こんなにたくさんの魔力が体内に!?)


 エリシアの体からあふれでた魔力は、信じられないほどに膨大だった。


 人体にこれほどの魔力がとどまることができるのかというほどの量で、そのすべてがエロースへと吸いだされていく。


 しばしあって――


「よし、こんなところだろう」

「え、これで治療は終わりなのん……?」


 魔力吸引ドレインを終えてエロースが一息つくのを見て、眉をひそめるレリア。


 依然として、エリシアの呼吸は荒い。


 体を覆う結晶こそ減って見た目状はましになったものの、いまだに表情も非常に苦しそうだ。これで治療できたとは思えない。


「もちろんここまでは治療後に即再発するのを防ぐ下準備。真の治療はむしろここからだ。患者のこの症状は、体内にまで侵食した結晶が原因だという話はしたな。それをいまから魔法で取りのぞく」

「体内の結晶を? そんなこといったいどうやってするのん……?」


 体内に働きかける魔法はいくつもある。


 だが、結晶という固体を正確に除去できるような魔法は存在しない。どうすればそれを除去できるのか想像もできなかった。


「腹を切り開いて直接取りのぞくという術式もあるにはあるが、患者への負担が大きく後遺症も残りやすい。今回は俺の考案したオリジナルの術式で治療を行う。外から魔法で体内の結晶を除去する」

「外から結晶を除去って……そんなことが可能なのん? 想像できないけど」


 頭に疑問符を浮かべるレリアに、しかしエロースは答えすらしない。


 当たり前だとでも言うように、エリシアの体をふたたび確認しはじめる。



「治療を開始する――【スキャン】」



 そしてエロースがまず唱えたのは、【スキャン】の呪文であった。


 それは人体をまるで透視するかのように、内部の状況を把握できる魔法。


 だがそれは治療の前段階でどこをどのように治療するか方針を決めるために用いるもので、治療中に用いるものではないはず。


 いや、治療中も使っていられれば逐一状況かわかるのでそれが一番ではあるのだが、なにしろ【スキャン】はハイレベルの呪文だ。相当な魔力を消費するし、その上ですさまじい集中力が必要となる。


 そのため呪文を行使しているあいだは、行動が著しく制限される。治療どころか、指先ひとつ動かせなくなるのがふつうなのだ。


 それにもかかわらず――



「思ったよりも結晶が転移して広がっているようだな――【レダクト】」



 エロースは余裕しゃくしゃくでそう言いながら、さらに呪文を唱えた。


 するとそれと同時に、ごく小さな破砕音がエリシアの体内から響く。


【レダクト】は下位の破壊魔法。それで内部の結晶を砕いた音なのだろう。


 ということはつまり、



(嘘でしょ、同時に……処置してる!?)



 彼の様子を見ていれば、彼がなにをしているのかは容易に想像できる。


 左腕で【スキャン】の魔法を維持しつつ、それで体内を確認しながら右腕で【レダクト】を使用したということであろう。


(ありえ……ないのん)


 だが両手でそれぞれ別の魔法を行使するなどというのはそもそもありえない技術で、レリアが聞いたことがあるかぎりでそのような所業ができるのは、かの大賢者ベルベッドぐらいのものである。


 そのへんの魔法使い――ましてヒーラーができるものでは決してない。


 しかも行使しているだけではないのだ。


 前述のように【スキャン】は相当の魔力と集中量が必要。それと同時に、【レダクト】で体内の微細な結晶を砕く繊細な作業を彼は行っているのだ。魔力操作の技術はかの大賢者をしのぐのでは。


(【レダクト】を治療に使うという柔軟な発想力も……本当に何者なのん!?)


 レリアは彼の額の汗をぬぐいながら、その奇跡のような所業を見守る。


 そしてレリアがその信じられない技術に見入っているあいだに、気づけば彼は体内の結晶すべてを処置し終えたらしい。


 今度は処置で傷つけてしまったであろう各部に【ヒール】を施しはじめる。


「――【アクセラレートマジック・ナチュラルヒーリング】」


 そしてとどめとばかりに詠唱で付与強化した【ナチュラルヒーリング】により、全身の自然治癒力を急上昇させる。


 するとエリシアの荒々しかった呼吸が、ゆっくりとだが落ちついていく。


 内臓の機能を体内で阻害していた結晶を砕いて処理したことで、内臓が本来の働きを取りもどしたということだろう。さきほどまで危篤だったのが嘘のように、とてもやすらかな表情を浮かべていた。



「終わりだ」



 エロースは首をぐるりと回し、なんでもないという顔でそうのたまう。


 それこそほんの半刻もの時間で、レリアがただ死を待つことしかできなかった危篤状態の患者を彼は救ってしまった。聖協会のあの“七聖”でさえも匙を投げた不治の病の治療をしてみせたのだ。


「治った、の……?」

「もちろん、完治したわけではない。魔素熱を罹患したばかりのにまで戻せただけだ。体内に残った結晶がすべて自然排出されるまでは、マジスリンを投与して結晶化を阻害する必要がある」


 マジスリンは体内の魔力と結合し、便として排出させる効果を持つ薬だ。


 おもに魔力を制御しきれずに魔力暴走を起こしてしまった子供に呑ませる薬である。あるいは戦時にソーサラーを無力化する毒薬として用いられることもある。確かにマジスリンならば、今回のケースには効果的に作用してくれるだろう。


「でも初期状態に戻しただけってことは、再発するんじゃないのん?」

「ああそうだ、このままでは間違いなく再発するだろう。なにせこの集落のものたちをこの状態に追いこんでいる根本的な原因を取りのぞけていないのだからな。完治には、この集落にはびこる“毒”を排除する必要がある。それが最低条件だ」


 エロースの言葉を聞くと、レリアはがっくりと肩を落としてしまう。


 エリシアの命はとりあえず助かったが、やはりその場しのぎでしかないということらしい。それでは意味がなかった。


 竜騎士が魔素熱を罹患するのは、彼らがドラゴンの強大な魔力を浴びつづけているからだ。この集落の人々もそれと同じように、なんらかの原因で魔力を浴びつづけていることになる。その原因を突きとめて取りのぞかねば、魔素熱は広がりつづけて集落を壊滅させよう。解決はできないのだ。


 心当たりがあるとすればやはり――


大精霊クオレルさまがお怒り、なのん……?」

「それはない。精霊は森が焼かれたぐらいでそれほど怒ったりはしない。森がなくなれば、住み心地のよい別の場所へと移住をくりかえすだけだ。そもそも精霊は人間に興味がない。精霊にとって人間とは獣と大差のない存在だからな」


 なぜ彼が精霊に詳しいのかはわからないが、妙に説得力のある言葉だった。


 まるで実際に精霊と会話したことがあるような口ぶりである。


「でもクオレルさまと関係がないなら、ぼくたちはどこからそんなにたくさんの魔力を浴びてるって言うのん? ユグラシア大陸に症例がほぼないってことは、ドラゴンほどの強大な魔力を浴びつづけないと魔素熱は発症しないんだよね?」


 ああそうだ、とエロースはうなずき――



「だが大精霊と関係ないとは言っていない」


 

 そんなことを言う。


 その言葉には迷いはなく、なにか確信めいたものがある様子であった。


「え、それってつまり……きみはその原因の検討がもうついてるのん?」


 そういうことだ、とエロースはうなずき、不敵な笑みをうかべた。


「ついてこい」


 それからそう言い、病室の外へと歩きだす。


 レリアはあらためてエリシアが山場を乗りきってやすらかな表情をしているのを確認し、急いで彼について歩きだした。

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