第4話 魔法医、瀕死の少女を助ける
「世界最高の……ヒーラーだと?」
いぶかしげに眉をひそめるソラード。
「ああ、そうだ」
「ふ、ふざけるな! やはり貴様などにウェンディさまをまかせるわけには……」
言いつのるソラードを手で制したのは、ウェンディその人だった。
ウェンディは虚ろな瞳でエロースを見る。
「これもなにかの縁。エロースさま、何卒よろしくお願いいたします……」
そう言い、ゴホゴホと血塊を吐いた。
もはや一刻の猶予もないだろう。
「患者本人の許可は得た」
「……っ!」
呆然とするソラードの腕を振りはらい、エロースは少女に向きなおる。
だが意識が朦朧としているようで、すでに少女の反応は薄かった。
(傷が深いだけではない……毒か)
おそらく群れとは別行動をしていたゴブリンシーフがいたのだろう。
ゴブリンシーフは非常に狡猾だ。
ナイフに自家製の毒をぬり、裏から敵の後衛をねらって襲う。上位種ゴブリンアサシンほどではないが、警戒すべき魔物だ。
ゴブリンの群れと接敵したとき、最初に警戒すべきだろうに。経験が浅いようには見えなかったが、油断していたのだろうか。
「治療を開始する――【クリアメント】」
エロースの手からきらきらと輝くような光があふれ、ウェンディの患部を覆う。
ゴブリンの毒によって腐敗した骨と肉が、正常な状態へと戻っていく。
「なぜ【ヒール】を使わない!? まずは傷をふさがないと血が……」
エロースのその治療工程を見て、ソラードが慌てて口をはさんでくる。
「黙って見ておけ」
「し、しかし……このままでは出血が多すぎて間に合わなくなるぞ!」
「彼女にまかされたのは、この俺だ」
エロースは語気を強めるが、ソラードは納得できないといった顔をする。
「…………くっ」
だが最終的には少女の意思を尊重したのか、おとなしく手を引いた。自分では彼女が救えぬこともわかっているのだろう。
「腐敗の処置完了……続いて、体内の浄化と患部の修復に入る」
腐敗への対処後、エロースは2つの呪文を続けざまに唱える。すると右手と左手、それぞれが異なる種類の光をまとう。
エロースがその手を少女の患部に近づけると、右手は彼女の体内の毒素を浄化し、左手は傷口をみるみるうちにふさいでいく。
「【リカバー】と【ヒール】を同時に!? そんなことが可能なのか!?」
エロースの所業を見て、ソラードが驚愕のうめきを漏らす。そして彼の問いに答えるように、エロースは少女の治療を進めていく。
「信じられない……【ヒール】も【リカバー】もとんでもなく繊細で集中力を要する魔法だというのに、それを同時に使うものなんて見たことがない。しかもそのどちらも、すさまじい治療速度だ。ありえない……一方の作業でさえ、あきらかにわたしよりも速いぞ。いやだが……この速さならば、あるいは間に合うかもしれない!」
ソラードが驚愕と興奮が入りまじった声で言う一方で、エロースは手をよどみなく動かし、淡々と作業を続けた。
少女の体内の毒を浄化し、致命傷だった深手の傷を一気に修復していく。
そしてしばしあって――
「終わりだ」
すべての治療工程が完了した。
気づけばウェンディの呼吸は落ちつき、傷跡は跡形もなく消えていた。
「ウェンディさまは……助かったのか?」
「まだ絶対安静だが、命に別状はない」
ソラードの問いかけに、エロースはなんとはなしにそう答えた。
それでも信じられぬのか、ソラードはあらためて【スキャン】の魔法を使用し、少女の体を上から下まで確認する。
「なんの異常もない……完璧に治っている」
ソラードがそう告げると、まわりの騎士たちからワッと歓声があがる。両手をあげ、肩を抱きあい、まるでお祭り騒ぎである。
ウェンディが馬車へと運びこまれていくのを見送り、エロースは息をつく。
「……?」
ふとソラードを見やると、なにやら歯を食いしばってうつむいていた。
護衛対象の少女が助かったというのに、あまりうれしそうには見えない。いや、うれしさとは別の感情も見えると言うべきか。
ソラードはエロースの視線に気づくと、ゴホンゴホンと咳払いする。
「……名はエロース、だったか。ヤブヒーラーなどとバカにして悪かったな。あの状況からのパーフェクトケア……信じられぬ。あれほどの重傷で傷跡もなく、体内の毒もすべて除去、肉の腐敗すら残っていなかった。いったいどのような鍛錬を積めば、あれほど完璧な治療ができるのだ? “七聖”のおひとりの治療を拝見したことがあるが、彼女でもここまでできるか……まさかきみは“神の手”の持ち主か!?」
ソラードは畏敬と驚愕の入りまじった表情でエロースの手を見やる。
はるか昔から語りつがれる伝説の大聖者。彼はどんな傷も病をも治す“神の手”を持っていたという逸話があるのだ。
「そんな大層なものではない。正確な知識と練度があれば、誰でも可能なことだ」
エロースは首を振る。
エロースとて最初からこのような治療技術があったわけではない。血のにじむような努力の果てに身につけたにすぎないのだ。
「そうだとしても、きみの今回の手際は称賛に値する。ウェンディさまの護衛騎士隊長兼ヒーラーとして礼を言う。差しせまった状況で傷の【ヒール】でなく、【クリアメント】で腐敗した肉への対処をさきんじて行う判断はわたしにはできなかった。もしさきに傷口をふさいでいれば、内部で腐敗が広がって取りかえしのつかないことになっていただろう。いや、仮に【クリアメント】から使用できていたとしても、わたしには出血の速さに対応できる技術がなかっただろうがな」
そう口早にのべたソラードは、これ以上なく悔しそうに見えた。自分の力で助けられなかったのがよっぽど悔しかったようだ。
負けず嫌いの弟子の顔を思いだし、エロースはわずかに顔をほころばせた。
「確かに今のおまえでは無理だったろうな」
「……っ」
淡々と事実を告げると、ソラードは下唇をぐっと噛みしめた。
「だが数年後……いや、数ヶ月後のおまえなら、どうなるかわからん」
ぎょっと目を見開くソラード。
それから言葉をさがすようにしばし口をぱくぱくと動かしながら、
「わたしにも……きみのような完璧な治療ができるようになるだろうか?」
「無理だな、俺は世界最高のヒーラーだぞ」
エロースが即答すると、ソラードは落胆したようにがっくりと肩を落とす。
それにエロースは目を細め、
「だが……おまえはいい目を持っている。俺の治療工程をそこまで正確に理解し、言語化できるものは多くない。技術がともなえば、さきほどの容態程度なら、ひとりでも十分に治療できるだろう」
お世辞でもなんでもなく、客観的なソラードへの評価を述べてみせた。
「技術が……ともなえば……」
ソラードは自身の手のひらを見つめる。
それから歯を食いしばり、ぐっと握りこぶしをつくり、顔をあげた。
「わたしも……このソラードも、きみのようなヒーラーになってみせる」
「……そうか」
せいぜいがんばることだ、と。
エロースは投げやりな調子で言うと、くるりと身をひるがえした。
エロースの言葉は相変わらずぶっきらぼうではあったが、ソラードの顔はさきほどよりもずっと晴れ晴れとしていた。
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