第7話.夕方の自由時間

「うわぁー。こりゃ凄いなぁ。一生眺めていられるわ」


 魔術実技の授業(と言っても、まともに受けていないが)が終わり、自室に帰ってきたリガル。


 今は、特にやることもないので、ベランダから眼下に見える王都を眺めていた。


 オレンジに近い赤色をした屋根に、白を基調とした色の壁で作られた民家。


 それが、ここら一帯を埋め尽くすように建てられていて、その中にポツリポツリと、教会や時計塔なんかが見える。


 さらに遠くの方へ視線を移せば、城壁らしきものも見えた。


 まさに、ザ・中世ヨーロッパと言ったところだろう。


 その、想像を超えるような美しい風景に、リガルは完全に心を奪われていた。


「あの、殿下。先ほどのご無礼をどうか許していただけないでしょうか?」


「だから別に全然怒ってないって。堅苦しく接されるより全然いい」


 そんなリガルの隣には、やはりいつも通りレイの姿が。


 しかし、今は様子が普段とは違う。


 どうやら、先ほど決闘を行った時の自分の発言に、後悔しているようだ。


 リガルは全く気にしてないと言っているし、それは本心だ。


 この会話は、授業が終わってから、もう何度も繰り返していて、リガルは言われるたびに丁寧に返している。


 それでも未だにレイは、この状態だ。


 まあ、実際これがリガル以外の王族だったら、重罪になるレベルだ。


 この反応も当然かもしれない。


(ま、これはしばらく放っておくしかないかな。時間が解決してくれるはずだ。それまでは別に気を紛らわせることが出来る遊びでもしよう)


 そう思ったリガルは、ベランダから自室に戻る。


 そして、何か遊べるものは無いかと部屋を見渡す。


 おもちゃのたぐいじゃなくても、例えばそこそこ大きいボールなんかあれば、サッカーとかが出来る。


 部屋でやる訳にはいかないから、庭かどこかに出る必要があるだろうが。


 そんなことを考えていると……。


「お、思いついた」


 ふと、一点に目が行く。


「どうしたんですか?」


 少し元気のない声で、レイがリガルに尋ねる。


「ふふふ。どうせ暇だしさ、トランプでもやろうよ」


「とらんぷ……?」


 リガルは、部屋の隅に置いてあった、日本のものと比べるとだいぶ小汚い紙の束を持って、レイに言う。


 当然、トランプが何か分からないレイは、きょとんとした表情で小首をかしげる。


「まぁまぁ、すぐに分かるから」


 リガルは、得意げにそう言うと、紙を適当な大きさの長方形に切っていく。


 しっかり折り目を付ければ、ハサミなんかが無くても手で切ることが可能だ。


 それを、合計53枚作る。


 足りないかと思ったが、ギリギリ足りたようだ。


 次に、切った紙に、1から13までの数字を書き込む。


 これを、ハート、ダイヤ、クラブ、スペードの4種類作り、最後にジョーカーを1枚作れば、完成だ。


 非常に簡単である。


「よし、出来た! やるゲームはどうしようか……」


 リガルは、大富豪などを一番最初に考えたが、2人でやるのは楽しくはない。


 お互いの手札が全て分かってしまうからな。


 だが、トランプなんてどれも大体、2人でやるには向いてないゲームばかりだ。


(うーん、どうしたものか)


 リガルが一人で悩みこんでいたその時だった。


「よぉ兄上! 一緒に遊ぼうぜ!」


 バタン! と物凄い音がして、部屋の扉から1人の少年が入ってくる。


 見たところ、リガルと歳は大して変わらなさそうだ。


 王族にあるまじき粗暴な言葉遣い。


 だというのに、何故かリガルの呼び方だけは丁寧だ。


「ん? って……あー、グレンか」


 彼の名は、グレン・ロドグリス。


 リガルのことを兄上と呼んでいることから分かるように、この国の第二王子だ。


「ってん? 兄上よぉ、紙なんかいじって一体何をやってんだ?」


「あ、これか。これはトランプを作ってるんだよ。……そうだ! ちょうどよかった、お前も一緒にやろう」


 ちょうどトランプをやろうとしていて、人数が足りていなかったところだ。


 グレンが部屋にやってきたことは、好都合と言える。


 それに、これまでもリガルは、今のような流れで、グレンに何度も外に連れ出されている。


 リガルとしては、今は部屋でゆっくりとしていたいので、外遊びなど御免といったところだ。


 そのため、何とか必死にグレンをトランプに誘おうとする。


 だが……。


「とらんぷ……? うーん、よくわかんねーけど、俺、そんなんよりオーガごっこやりてぇ」


 グレンの反応は芳しくない。


 まぁ、グレンは完全なるアウトドア派だ。


 この反応も、当たり前だろう。


 ちなみに、オーガごっこというのは、日本で言う鬼ごっこの事である。


「まぁまぁ、そう言わずに。たまには家の中で遊ぶの悪くないぞ?」


「えぇ……」


 リガルは粘り強く説得を試みるが、なかなかグレンの心を掴むことは出来ない。


 取り付く島もない反応に、困り果てていたその時だった。


 バタン!


 扉が勢いよく開く音がする。


 リガルはデジャヴを感じながら、物音のみなもとへ目を向ける。


「お兄様! 本を読んでください!」


 そこには、レイよりもさらに小さな女の子がいた。


 どうやら、グレンとは内容が違うが、部屋に遊びに来たという点は共通しているようだ。


 だが、リガルの反応はない。


(お、お兄様……だと……⁉)


 地球にいたころから、可愛い妹が欲しいと何度も思っていたリガル。


 しかし、そんなリガルの前に、本物のお姫様のような(ようなではなく実際に本物のお姫様だが)可愛い妹が現れたのである。


 それが、あまりに衝撃的すぎて、リガルの脳みそは現在活動を停止中だ。


「なんだ、イリアか。また来たのか」


 リガルに代わって言葉を返してたのは、グレンだった。


「あぁ、グレン」


 それをイリアは一瞥すると、冷たく一言だけ発した。


 先ほど、花が咲いたような眩しい笑顔を、リガルに向けていたイリアの姿はどこにもない。


 圧倒的塩対応。


「……なんっでいつもいつも! 兄上とここまで対応がちげーんだよ! 俺もお前の兄ちゃんだぞ!?」


「…………」


「てんめー!」


 騒ぎ出すグレン。


 それを軽くいなし続けるイリア。


 ちなみにこれは、リガルが授業を終えた今頃に時間帯に、いつも行われているやりとりである。


 王族としては珍しい、非常に仲が良い兄弟なのだ。


 グレンとイリアが騒ぎ出して少し経ち、リガルは我を取り戻すと、ある一つの策を思いつく。


「なぁ、イリア。本を読むのもいいけどさ、トランプをやらないか?」


「とらんぷ……ですか? よく分かりませんが、お兄様が言うのなら、やってみたいです!」


「そ、そうか。それは良かった」


(くっ、なんて可愛いんだ! 天使か? 天使なのか!?)


 あまりの眩しさに、再び我を失いかけるが、作戦の途中であることを思いだして踏みとどまる。


「よし、じゃあグレンはやらないみたいだし、俺とレイとイリアの3人でやろう!」


 リガルは、チラリとグレンを見ながらそう宣言する。


「なっ……!」


 それを聞いて、グレンは焦ったように声を上げる。


 トランプはあまりやりたくないが、仲間外れは嫌な様だ。


 縋るような眼で、グレンはリガルを見る。


(うん、これでグレンも参加せざるを得なくなったね。作戦通り。……なんだけど、罪悪感がすごい……)


 あまりに大人げない手を使ってしまったと、後悔するリガル。


 だが、今更なかったことにはできない。


 リガルはそのままグレンの反応を待つ。


「ま、待ってくれ兄上! 俺もやるって……!」


 慌てて、リガルたちの輪に入ってくるグレン。


「別にグレンは来なくてもいいけど……」


「なんだとー!」


 そこに、イリアが余計な一言を言ったもんだから、落ち着きを取り戻したグレンが、再び騒がしくなる。


「まぁまぁ。落ち着いて……」


 それを宥めるのは、もちろんリガルの仕事だ。


 この2人の弟と妹は、中々厄介ではあるが、兄弟がいなかったリガルは、どこかそれが楽しげでもあった。


「えーっと、今回やるゲームは大富豪。ルールは――」


 落ち着いたところで、リガルがルールの説明を始める。


 大富豪には、階段や革命、縛り、そして8切り、11バックなど、細かいルールがあるが、今回はそういうのは全部なし。


 シンプルに、より大きい数を重ねていって、手札が無くなった方が勝ちだ。


 いきなり難しいルールを覚えるのは大変だからな。


「なんだ。簡単じゃねぇか。さっさとやろうぜ!」


「はぁ、脳筋のグレンには分からないだろうけど、意外に奥が深そうですね」


「ぐぬぬ、偉そうに言いやがって……! 泣くほど負かしてやらぁ!」


 そしていつものが始まる。


(うん、グレンは泣くほど負けそうだな)


 早速グレンに対して酷いことを、心の中で呟きながら、リガルはカードを配り始めた。


 イリアとグレンの喧嘩(?)を横目に、リガルはカードを配り終えた。


(どれどれ、俺の手札は……)


 リガルの手札には、2が二枚。


 11以上のカードもかなりまとまっているし、相当に強い手札だ。


(これは勝ったな)


 リガルは心の中で、ほくそ笑みながら、負けフラグのようなものを心の中で呟く。


 そして……。


「それじゃあ準備はいい?」


 こうして、4人での大富豪が始まった。

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