第5話.決闘

「ど、どうしたんですか急に……?」


 ドン引きしたようなレイの表情。


 しかし、「どうしたんだ」はリガルの言いたい台詞であった。


「いやいやいや、決闘って……! 何言ってるの!? 怪我したらどうすんのよ!? っていうか十中八九するよ!」


「え、決闘で怪我なんてする訳ないじゃないですか?」


 その瞬間、リガルは真顔になり、思考停止状態に陥った。


 レイの言葉があまりに意味不明過ぎたためだ。


 僅かな時を経て、リガルの脳みそは活動を再開する。


「いやいや、あの威力の魔術を撃ちあったら、当然怪我するだろ?」


 剣なんかは、相手に攻撃が当たる前に寸止めできたりするかもしれない。


 しかし、魔術は遠距離、もしくは中距離での打ち合いが基本だ。


 そして一度放った魔術は止めることが出来ない。


 必然的に決闘の決着は、どちらかが攻撃を受けた時になってしまう。


 リガルは頭の中で、至って常識的に分析した。


 普通の日本人なら、リガルと同じ結論に至るだろう。


 しかし……。


「あれ? もしかして殿下は決闘用の杖を知らないんですか?」


「え?」


 しかし、現代の常識では、この世界の物事は測れない。


 大慌てでリガルは記憶を探って、決闘用の杖というものの存在を調べる。


 しかし、そんなものはリガルの記憶の中には存在しなかった。


 そのため、リガルは普通にレイに尋ねる。


「なんだそれは?」


「決闘用の杖っていうのは、普通の杖よりも威力が落ちる杖ですよ。純度が低すぎる魔水晶マナクリスタルを使ってるんだとか」


「へー、そういうことか。でも、ほんとに怪我しないほどに威力が低いのか?」


「もちろんですよ。ほら、これです。見ててください」


 そう言って、レイはどこからか、さっきまで練習で使っていた杖とは別の杖を取ってくる。


 そして自分の手のひらに先端を向けて……。


「え、ちょっ」


 焦ったようにリガルが止めようとするが、間に合わない。


 魔水晶マナクリスタルが若干光り、炎の槍が飛び出す。


 だが、普通のファイヤーランスよりもサイズが小さく、纏う炎はどこか弱弱しい。


 それでも、人体を傷つけるには十分の威力に見えた。


 そしてすぐにレイの手のひらに突き刺さり……。


 しかし……。


「ほら、大丈夫でしょう?」


 レイの手のひらに当たった瞬間、炎の槍は霧散した。


 傷はなく、少し当たった部分が赤くなっている程度だった。


「お、おぉ、そうだな。てかびっくりしたじゃん!」


「ふふ、すみません。殿下も試してみますか?」


「え、あー、それじゃあ……」


 少しビビりながらも、リガルはレイから杖を受け取る。


 左手で杖を握り、自分の手のひらに狙いを定める。


 しかし、さきほどレイが試しているのを見ても、やはり恐怖が抜けない。


 逡巡しゅんじゅんしてしまう。


 それでも、レイに見られていることを思いだし、半ばやけくそ気味で魔力を流し込んだ。


 その後すぐに目を瞑るって、痛みに備えるが……。


 チクリ……。


 当然のように、そんな強烈な痛みが襲ってくることはなく、実際に受けた痛みは僅かなものだった。


(少し強めに爪でつついた程度だ)


「ふぅ」


 安心してため息をつく。


「では、安全も確認できたことですし、早速やってみましょうよ!」


「えぇ……!? やるってやっぱり……決闘を?」


「もちろんそうですよ?」


 笑顔で肯定するレイ。


 さも当然、といった感じだ。


 朝は、「殿下と共に朝食を取るなど恐れ多い」などと言っていたレイ。


 しかし、朝食を一緒に取るのは恐れ多くても、決闘するのは恐れ多くないようだ。


「まぁ、いいけど……」


 リガルは心中で、意外と戦闘狂なのかな? などと思ったが、実際リガルも魔術戦闘自体は経験しておきたかったので、受けることにする。


 最も、今すぐは流石に勘弁してほしかったが。


「じゃあ、もう一本の決闘用の杖を取ってきますね!」


 嬉しそうにどこかへ行くレイ。


「で、では、私は審判をやらせていただきます」


 講師もレイの言葉に、決闘の準備を始める。


「マジかよ……」


 レイだけでなく、率先して授業を破壊している講師に、げんなりとするリガル。


(そもそも、王族に戦う必要なんてあるのか……?)


 さらに、ふとリガルの脳裏に根本的な問題が浮かぶ。


 しかし、そのリガルの疑問に対する答えは、「yes」だ。


 リガルは、未だに地球の常識に当てはめて物事を考えている。


 地球での戦争では、国王や皇帝などの国を率いる立場にある人間は、戦場の最前線に立ったりはしない。


 自ら兵を率いることはあっても、後方の安全な場所から指揮を執るだけだ。


 そして、それはこの世界でも大方同じである。


 ただ、少し異なるのは、後方だからと言って必ずしも安全ではないという事だ。


 そもそも、この世界の戦争は、地球の中世の戦争とはまるで違う。


 中世ヨーロッパにおける戦争は、近接武器の剣や槍、そして遠距離武器の弓などが、主に使用される武器だろう。


 だが、この世界ではそんな武器など一切使用しない。


 使うのは――魔術のみ。


 魔術を使用することで中世ヨーロッパの戦争と、どう異なるのかというと、まず第一に挙げられるのが戦争に参加する人数だ。


 そもそも、魔術の才を持つものというのは少ない。


 魔術の才を持つものは、血統にもよるが、普通の平民の場合、生まれてくる子供の100人に1人程度だ。


 必然的に、兵士の条件が成人男子という、比較的に緩い中世ヨーロッパよりも少なくなる。


 そして、第二に挙げられるのが、戦場が異なるという点だ。


 まず、平原などでの戦争がほとんどない。


 その理由が、先に挙げた一つ目の相違点である。


 兵数が少ないということは、利点とは言えないが、かといってデメリットしかないわけではない。


 人数が多ければ、それだけこちらの動向も相手に掴まれやすくなる。


 だが、人数が少なければ、森などの獣道けものみちを行くことによって、見つからずに敵国に侵入できる。


 よって、都市での攻城戦が主な戦争だ。


 攻城戦といっても、中世ヨーロッパの物とは大きく異なる。


 まず、魔術によって城壁が簡単に崩されてしまうから、攻城戦というよりは市街戦になる。


 そうなれば、もう乱戦だ。


 敵味方入り乱れての、魔術の撃ち合いになる。


 そうなれば、安全な場所もクソもない。


 よって、指揮官だからと言って、戦わないわけにはいかないないのだ。


 また、ロドグリス王国の存在する大陸を昔、統一した者が魔術の天才だったため、「魔術の才が無い人間は王となる資格がない」みたいな風潮が蔓延しているのも、理由の一つ言える。


 ちなみに、魔術で簡単に城壁が崩されてしまうのなら、作る必要なくね? と思うかもしれないが、この世界の城壁は地球とは役割が違う。


 地球における城壁の役割は、襲い来る他国の人間の侵略者たちから、都市を守ることが目的だった。


 しかし、この世界には、人間以外にも凶悪な生物が存在する。


 それは――魔獣。


 魔獣は、人間を襲って食べる。


 そのため、頻繁に人間の匂いを嗅ぎつけて、都市にやってくるのだ。


 魔獣は魔術を使えるため、非常に凶悪だ。


 魔術を使うことが出来ない人間が襲われれば、為すすべなく食い殺されてしまうだろう。


 ここで、新たな疑問が浮かび上がると思う。


 人間だけでなく、魔獣も魔術を使うことが出来るなら、やっぱり城壁は意味なくね? と。


 確かにさっき、「城壁は魔術によって簡単に崩されてしまう」と言った。


 だが、簡単とは言っても一発二発で崩れてしまうほど、城壁も脆くない。


 一点に、50発ほどファイヤーボールを打ち込んで、ようやく崩れるくらいだろう。


 50発と言うと、全然簡単に崩れてないじゃないか、と思うかもしれないが、複数人で一点を狙って撃ち込めば一瞬だ。


 だから人間相手には意味がない。


 だが、魔獣には全員で連携して一点を狙うほどの知力はない。


 そのため、魔獣相手ならば城壁はかなり有用なのだ。


「取ってきました! さぁ、やりましょう!」


 リガルが、考え事をしていると、やがてレイが決闘用の杖を取って帰ってくる。


(はぁ、仕方ない。やるか)


 レイが帰ってきたのを見て、いい加減にリガルも覚悟を決める。


「分かった。やろう。けどさ、その前に一つやることがある」


「やること?」


「あぁ。ほら、決闘用の杖の中に入っている術式盤エンチャントボードが、自分の使いたい魔術のものに変わってないだろ?」


「それはそうですけど……。術式盤エンチャントボードなんてどれを使っても大差ないと思いますけど……」


 いや、あるだろ。


 思わずリガルは、そう突っ込みたくなった。


 おそらく、レイとしては一刻も早く決闘をやりたいのだろう。


 さっきから、少し落ち着きがない。


 だが、リガルとしては、ちゃんと使用する魔術をすでに考えてあるので、術式盤エンチャントボードの交換は譲れない。


 リガルが使おうとしている魔術は、ファイヤーストーム、ウォーターアロウ、ウィンドバレット(type2)、アースウォールの4つだ。


 ウィンドバレット(type2)というのは、通常のウィンドバレットと比べて射程が少し短い代わりに、威力が少し高い。


 type3もあって、こっちは逆に射程が長く、威力が低い。


(こんな感じか)


 術式盤エンチャントボードの入れ替えを終えたリガル。


「よし、これで準備完了だ。やろうか。決闘」


 レイの方へ向き直ると、不敵な笑みを浮かべて、リガルはそう告げるのだった。

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