第7話 宝石は素材を確認する

 カウンターで手続きを済ませた後で向かった2階は、部屋が細かく分かれているようだ。1つの部屋は大の大人が3人も入れば一杯になる大きさで、その面積の半分ほどを様々な道具が占めている。

 その内の1つに案内され、そこにあった魔薬を作る為の道具類――両手鍋が浅いものと深いものの2つ、注ぎ口のついた柄杓、漏斗、作業台、火力が細かく調節できる魔道具、瓶、防水紙、紐――に不備が無い事を確認。

 それらが学園で使っていた物と同程度には質の良い道具であることを確認したら、そこから一度部屋を出て、安く買えるという癒草のある場所に行った。2階の入り口脇にある、並ぶ部屋と比べれば比較的大きなスペースだ。


「こちらが素材の販売カウンターとなります。2階は基本的に作成、納品依頼を受注した方の為の場所なのでここで販売されている素材もまた依頼の為の物となります。なのでここで購入した素材は原則的に2階から持ち出すことはできません。持ち出したい場合は冒険者ギルドにおける通常販売価格でご購入下さい」

「……それは分かっているのだけど、もしかして、安く買える癒草ってこれ……?」

「はい。何か不備がございますでしょうか?」


 そろそろ慣れて来た立て板に水な説明を聞いて、イアリアはその内容ではなく、どっさりと積み上げられた長さ10センチほどの幅広な楕円形の葉を見て眉間にしわを寄せた。もちろん屋内であろうと変わらず雨の日用の分厚いマントで全身を包み、顔もしっかり下ろしたフードで隠しているから見られてはいない筈だが。

 一言確認してから、積み上げられた濃い緑の葉を1枚手に取って、端を持ってみる。べろん、あるいは、くたり、と、その葉は半ばしなびたように垂れ下がった。

 他の物も大体同じか、物によっては干からびかけている事を確認して、イアリアは冒険者ギルドの女性職員にもう一度確認を取る。


「ねぇ。本当に依頼中に安く売って貰える癒草はこれなの?」

「はい。こちらも同じく常設依頼の癒草納品依頼によって集められたものです」

「……一番新しいやつでどのくらい前に採って来たやつ?」

「最も新しく追加された癒草は今朝納品されたばかりの物ですね。右端の山の一番上の物になります」


 というのはイアリアがまず最初に手に取った葉だった。もう一度イアリアはその葉を手に取る。気持ち濃い緑色は鮮やかだが、べろんと垂れ下がる様子に変わりはない。

 それを見て、イアリアは自分の眉間に入ったしわが深くなるのを感じた。じっと手に持った癒草に視線を向けても何か変化がある訳ではない。


「……ちょっと確認したい事があるから、この1枚を定価で売って貰えるかしら」

「通常価格ですと大粗貨1枚です」


 特別価格は9割引きだったらしい。とは言え、道中を旅する中で流石にいくらかの手持ちは持っているイアリア。貴重品を入れているポーチから鉄と銅が混ざった硬貨を取り出すと、そのまま女性に渡した。

 女性職員は葉が山積みになっている向こうにあるらしいカウンターに一度引っ込み、すぐに出て来た。どうやら無事定価で購入できたようだ。つまり、この1枚はイアリアがどう使おうと自由、という事になる。

 なのでイアリアはまずその葉の端を手でちぎり、そのまま口に放り込んだ。


「……あー……やっぱりね」


 気のせいか驚いている女性職員の目の前で、もぐもぐと葉を咀嚼したイアリア。本来、癒草は非常に青臭くてとても美味しいとは言えない、食用には向きようがない味をしている。魔薬にしてもその青臭さは健在で、口から飲んだ方が効果は高いとはいえ覚悟が必要だ。

 が。しばらく咀嚼して飲み込んだ癒草と紹介されたその葉は、なかなかに美味しかった。青臭さは風味程度にしか無いし、しなびた見た目の割に水分が多く、新鮮な野菜にある甘味すら感じる。見た目はあれだが、このまま皿に盛られても普通に食べられるだろう。

 それを確認して、イアリアは女性職員を振り返った。


「これ、癒草じゃないわ。葉っぱだけなら良く似てるけど、多分味草よ」

「……え?」

「そもそも癒草が半日も経たずにしなびる方がおかしいのよ。その生命力で薬になる程なんだから、1月ぐらいなら新鮮なものと区別がつかない筈だもの」


 味草とは、癒草と同じく魔力による変異が起こった植物だ。同じく生命力は高いのだが、こちらは味が良くなる変異が起こっている。もちろん食用であり栽培も盛んな筈で、周囲の農村でも育てられている筈だ。ただし魔薬にしたところでその効果は期待できない。ただの美味しい草風味の水である。

 なお、生えている状態なら簡単に見分けられる。癒草の葉は1対2枚なのに対し、味草は葉が1対3枚なのだ。それに葉だけなら確かに形も色もよく似ているが、端っこを舐めるだけでも味の違いは分かるし、そもそも少し時間を置けばその様子に大きな違いが出る。

 だから見分ける事はそんなに難しい訳ではない。筈、なのだが。


「……それではまさか、此処にあるのは全て、味草だと……?」

「全てこの1月の間に持ってこられたものというのなら味草ね。良く調べて元気を失っていないものがあればそれは癒草かもしれないけど。端を切って断面を舐めればすぐに分かるわ」

「……味草でも魔薬の作成は出来ますか?」

「作る事自体は出来るわよ。手順としては刻んで煮込んで濾すだけだから。見た目はそっくりなただの美味しい色水になるけど。もっと言えば出来上がるのは魔薬じゃなくて味草のスープね」


 ちなみに味草の通常価格は1枚で粗貨2、3枚と言ったところだ。実に手軽な腹を膨らせるための食材である。栄養も無くはないので、これだけを食べていてもなかなか体は壊さない。むしろ人によっては健康になるだろう。

 その生態の近さから、魔力によって変異する前は同じ植物だったのではと言われている癒草と味草。新鮮な葉だけを見るなら見た目で見分けるのは難しいだろう。……余談だが、魔薬を作る際に両方を混ぜて作っても青臭さが勝ってしまい美味しくはならない。

 手に残った味草をもぐもぐと食べ始めたイアリアの前で、どうやら女性職員は少し考えに沈んでいたようだ。イアリアが食べ終わるのを待ってからこう口を開いた。


「申し訳ありませんアリア様。一度依頼は中断という形にしていただいてもよろしいでしょうか? 早急に確認と調査に入りますので」

「いいわよ。私もこの町で暮らす宿を探さなきゃいけないし、素材は自分で採取するつもりだったから」

「宿についてはギルド運営の場所を紹介させて頂きたいのですがどうでしょうか」

「ありがたいわね。別に紹介だけならそこに決めなくてもいいんでしょう?」

「もちろんです」


 イアリアはあっさりとそれを快諾した。そのまま、女性職員と共に2階から降りていく。

 ちなみに何故イアリアがすぐ癒草と味草のすり替えに思い至ったかと言うと、学園での嫌がらせに、授業で使う癒草が味草と入れ替えられるというものを受けた経験があるからだった。それ以来イアリアは基本的に、素材は自分で調達した物しか使わない。


「(本当に、何がどう役に立つか分からないわね……)」


 まぁそれでも嫌がらせは嫌がらせなので、犯人に感謝する気持ちは微塵もないのだが。

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