第二十八話 決断と条件

 七月十九日、また深夜に外に出たこともあって、睡眠は全く足りていない。もうすぐ期末試験なのだが、そんなことは正直どうでもよかった。いつも通り起きて、眠い目をこすりながら二階の自分の部屋から一階のリビングへととぼとぼ降りていく。

「拓人、また眠そうねぇ。遅くまで勉強してたの?」

 母親が心配そうに聞いてくる。

「うぅん、まぁね…。」

 僕はぼんやりとした意識で適当に答える。僕は半目も開いてない状態でテーブルにつき、朝食を口へと運んでいく。我が家ではテーブルから見える位置にテレビがあり、平日の朝はニュースを見るのが習慣となっている。今日のニュースはやはり昨夜の戦闘の痕跡についてと行方不明になっている生徒がいるという内容だった。キャスターたちはこれが自然に起きたのか、誰かによるものなのか、誰かによるものなら一体誰が何のためにやったのか、様々な議論が行われている。ネット上ではただの悪戯だと言う人や、陰謀論を唱える者など様々だった。当事者である僕は、それを無感情のまま眺め、独特な緊張を感じながら学校へと向かった。そういえばと、スマホを見ると、武田さんから今日集まって欲しい旨の連絡が来ていた。間違いなくダイバーとのことを話すのだろう。先程とは別の緊張感が湧いてきたのを実感しながら僕は電車に乗った。

 学校での生活は虹原や鈴林と喋ったり、授業を受けたりと普段通りだった、と言いたいところだが、期末が間近ということもあって焦りを感じていたというのが本音だ。英語と理系科目はいつも通りとは言えなくてもある程度は大丈夫なのだが、社会系の暗記科目はいかんせん手をつけていない状態だった。まぁ、なんとかなるだろうという根拠の無い自信だけは一丁前にあった、というよりかはこれは一周回って半分諦めてるに近いのだ。そんなことを考えながら学校での時間は過ぎていき、あっという間に放課後になった。僕は大門地さんの家に向かった。恐らく武田さんがメインで話を進めるとは思うのだが、僕も武田さん側なので、やはり緊張している。紅や霧島さん、四条さんが僕らと一緒に戦ってくれるのか、それは可能性としては低い話だ。だがそれでも話をするということは、武田さんにも考えがあるのだろう。皆の協力が得られるのならば、ダイバーとの戦いはかなりやりやすくなるだろう。だが、もし断られたら、皆との関係がギクシャクする可能性が高いだろう。そうなれば大門地の家に行くのも気まずくなるだろう。武田さんが言うには、そんなことにはならないと言うが、僕はそれでも不安だった。

 多大なる不安を抱えながら歩いていると、いつのまにか大門地の家に着いていた。僕はインターホンを鳴らす。すぐにドアが開き、大門地さんが迎えてくれた。その雰囲気はどことなく、心配そうだった。僕も緊張していたので、言葉をかける余裕もなかった。僕がリビングへと入ると、そこには紅、四条さん、武田さんがもう来ていて、テーブルについていた。

「来たか、藍澤。」

 武田さんもいつもよりも神妙な面持ちで座っていた。僕は武田さんの隣に座り、前には紅、左前には四条さんが座っている。大門地さんは台所から僕たちを見ている。各々は内容は聞いていなくてもなんとなく察しているようだ。重苦しい空気が流れる中、武田さんが口を開く。

「俺と藍澤で話したんだが、やっぱりダイバーと戦おうと思う。」

 武田さんの言葉に、紅と四条さんは最初は黙っている。

「どうして戦わなくちゃいけないんですか?」

 紅からは当然と言える疑問が武田さんにぶつけられる。

「ダイバーの能力者を止めるべきだと思ったからだ。」

 あくまで武田さんはキッパリと答える。だがこれは身勝手であることに変わりはない。どうするつもりなのか僕には現時点で分からない。固唾を飲んで見ていると、武田さんは言葉を続ける。

「ダイバーの能力者はいじめの加害者を標的にしている。被害者を助けたいんだろうが、彼がやっていることは偽善だ。」

 武田さんの言葉に紅は言葉を詰まらせ、まだ考えているような素振りを見せている。。

「それに、能力者を止められるのは俺たちだけじゃないか?このまま彼の行動がエスカレートすれば、能力者のことが世間に知れ渡り、俺たちは今までよりももっと怯えながら暮らしていかなきゃならないかもしれない。」

 武田さんの言葉に二人は考え込むような表情をしている。武田さんの理論は筋は通っている。だが、それでも戦う勇気が湧くかは別だ。僕は一抹の不安を抱きながら二人を見る。

「私は…」

 紅が口を開いた。

「ずっと考えていたことがあるんです。私たちのこの能力ってどうして私たちに宿ったんだろうって。」

 彼女は自分の考えを述べていく。

「私はそれが分からなくて、ずっと考えてきた。その答えは正直まだ分かりません。それでも、武田さんの言ってることは正しいと思う。止められるのが私たちしかいないのなら、私は協力したい。」

最後に紅は力強く僕たちの目を見て覚悟を決めたように言った。僕は表情には見せずにホッとした。紅はまだ緊張しているように見える。武田さんは安心というよりも、嬉しかったようで、テーブルの下でグッと拳を握っていた。だが四条さんは、まだ納得していないようで、僕を見て言った。

「武田さんの言っていることは理解できるし、立派だと思います。」

 そう言って四条さんは立ち上がり、僕を見た。

「ただし、僕が協力するには条件がある。藍澤君、僕と勝負してくれ。それで僕は皆に協力するか決めようと思う。」

 僕らの間で時が止まったような静寂が流れた。一体なぜそんなことを言うのか、この時の僕には分かる訳もなかった。

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