第二話 出会い

 斧を持った男は身長が180センチほどあり、クロックスと膝くらいまでの長さのズボンを履いていた。さらに茶髪の短髪で筋肉質の体格だったが、僕に対して背を向けていたので顔は良く見えなかった。その男が持つ斧は彼の背丈以上にあり、黒い持ち手と先端部分に美しく輝く大きな刃があり黄土色の斧腹を挟んで斧頭に三角形状の刃が付いていた。それはゲームで見るような戦斧のようであるがそこまで派手な装飾はなかった。


 そして男は"ソレ"に対し、仁王立ちをしていた。こんな状況があり得るのだろうか。人と人ならざる異形の者が戦う光景を。アニメや漫画でしかお目にかかれないファンタジーの世界だ。そんな非日常の光景が眼前に広がり、僕は何故かこの見知らぬ男の登場によって自分は助かるかもしれないという不思議な安心感を覚えていた。


 僕が吞気にそんなことを考えていると目の前で吹き飛ばされていた"ソレ"が起き上がり、その男に音も無く向かっていった。そこで初めて僕は”ソレ”の移動するところを見た。”ソレ”の下半身くらいまでが地面に溶け込んでいるように見えた。その時の”ソレ”はやけに素早かった。きっと同じ方法で僕を追いかけてきたのだろう、だから音がしなかったのだ。そして近づいた”ソレ”の下半身が地面の中から出てくると、腕を振り上げた。その腕は案の定、男めがけて振り下ろされた。人間離れという言葉がこれほど似合う攻撃がはたしてあるのだろうか。その攻撃はまさに必殺という言葉にふさわしく、まともに受けたら人間はひとたまりもないだろう。

 

 「危ない!」

 

 僕は男が"ソレ"に殺されると思った。至極当然な話だ。だが、男は振り下ろされた"ソレ"の腕を斧の両端近くをそれぞれの手で持ち、持ち手部分で受け止め、一瞬動きが止まったかと思うと、男は"ソレ"を押し返した。押し返されよろけた"ソレ"の隙を見逃さず男は斧を振り上げた。フッ、と男の掛け声とともに振り下ろされた斧の攻撃を、体勢を戻した"ソレ"はなんとか回避するために右へ移動するも完全には間に合わず、左腕がスパッと切断された。


 切断された腕は不思議なことに地面に落ちると塵となって消えた。"ソレ"は形勢不利と判断したのだろうか。今度は体全体を地面に溶け込ませて、姿を消した。まだ戦闘は終わってないのかもしれないと思ったが、男が斧を構えるのを止めて、こちらへ歩いてきたので、もう大丈夫だと直感する。ふと我に返ると、僕は全身汗びっしょりで、着ていた半袖シャツを触ると明らかに汗で湿っていた。直前まで繰り広げられていた光景を回顧していると、斧を持った男が僕に近づいてきて、

 

 「怪我はないか?」


 意外に爽やかな声で聞いてきた。戦闘中は顔が見えなかったので分からなかったが、男は僕と同年代と思われた。僕は立ち上がると男に礼を言った。

 

 「は、はい。大丈夫です。え、えっと、助けていただきありがとうございます・・・」

 

 初対面ということもあり、緊張しながらもお礼を言った。だが、だんだん思考が正常になってくると、聞きたいことは山ほどあった。”ソレ”のこと、男が持っていた斧のこと、何故僕が襲われたのか、などなど。聞こうとして口を開き、声を発する前に、男がとんでもないことを言ってきた。

 

 「聞きたいことはたくさんあるだろうけれど、もう時間も遅いから明日ゆっくり話そう」


 と、さらっと言ってきた。そして男は僕の頭にはてなマークが何個も浮かんでいる間に男は走り去ってしまった。残ったのはいまだに状況を理解しきれていない僕といつも通りの住宅街の静けさだけだった。一体さっきの発言はどうゆう意味なのだろうか。明日僕の身に何が起こるのだろうか。考えるべきことはきっと山ほどあるのだろうが疲労で考える気力が失せていた僕はいつもよりも重い足取りで帰路に就いた。そんな僕を月がいつも通り照らしていた。

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