ロリ系衣類に埋もれるヤーブス・アーカ

暗黒星雲

第1話 ロリ系衣類に埋もれるヤーブス・アーカ

 俺は目の前に沢山ある下着の一枚を手に取ってみた。

 それは女性用のショーツ。柄は水色と白の縞模様でサイズは小さめ。すぐ傍にお揃いのブラがあった。そのブラをつまんでみる。タグには70AAの表示があった。

 他にも多くの下着類が散乱している。中には破れている物もあった。

 どれも子供用、もしくは華奢な女性用で、淡い色彩のものが多い。そして、下着に混じって体操着やブルマ、セーラー服にスクール水着もあった。

 俺はその水着を手に取ってみた。胸の部分に白い布が縫い付けられており、ひらがなで『みふゆ』と書かれていた。この下着類の持ち主の名が『みふゆ』なのか。そう考えた時、不意に声をかけられた。


「気が付いたか?」


 ややハスキーな女性の声がする。振り向くと、悩ましい姿の女性が立っていた。黒のショーツと白いタンクトップしか身に着けていない。その豊満な胸元が、ここに散乱している下着類の持ち主ではない事を証明していた。

 

「ここは何処だ。俺はどうなったんだ。もう夕方じゃないか」


 目の前の女性に訴えかけるものの、その悩ましい姿に思わず目をそらしてしまう。


「何も覚えていないのか?」

 

「ああ。覚えてない。ダイナーKで朝食を取った後……だめだ。思い出せない。酷い頭痛がする」


「ふーん。じゃあ教えてあげるわ」


 彼女はしゃがみ込み、俺に顔を近づけて笑う。

 真っ赤な髪と真っ赤な瞳。顔立ちは東洋人のようだが、なかなか素晴らしいプロポーションをしている。胸の谷間が悩ましい……。再び俺は目をそらした。


「貴方、猫獣人に襲われたのよ」

「猫獣人だって?」


 突拍子もないワードが飛び出てきた。しかし、その一言で思い出した。

 何処からか落ちてきた古びたナイフ……それが夜間巡回中だった俺の頭をかすめた。そして俺は顔面血だらけになって署に戻った。ミカンサ・クーラに応急手当をしてもらい職場を後にした。行きつけのカフェ、ダイナーKで朝食を済ませた後……何だか毛むくじゃらの……キジトラ模様のもふもふに抱きつかれた……そして稲妻を喰らって……。


「酷い目に遭った。しかし、あの稲妻は何なんだ? あのもふもふは何なんだ? お前は誰だ?」

「質問が多いわね。私はハルカ・アナトリア。観光ガイドよ」

「観光ガイド?」

少々遠い所火星で……って深く考えちゃだめよ。今日はある人からの頼まれ事多額の借金があって断れないのでここに来たの」


 ハルカと名乗った女性は、俺に事情を説明しながら衣類を身に着け始めた。パンティストッキングをはき、タンクトップの上に白いブラウスを羽織る。ブラジャーは付けない主義なのか。


「貴方が襲われたのは、古い脇差わきざしを所持していたから」

「脇差?」

「東洋のナイフって言ったらわかるかしら」

「あれか」


 そうだ。

 昨夜、俺の頭をかすめて地面に突き刺さった古びたナイフ。今も上着の内ポケットに仕舞ってある。


「あのもふもふは妖術使いの放った使い魔。今朝は私の雷撃で退けたんだけど、日が暮れたらまた来る」

「また? 襲われるのか?」

「貴方がその脇差を持っている限り、何度でも襲われるわ」


 ハルカはピンク色のミニスカートとベストを身に着ける。これがガイドの制服なのだろう。そして軍用のベレッタを脇に吊るした。


「貴方の選択肢は二つ。その脇差を私に渡すか、それとも猫獣人に渡すか」

「何だって。君もこの古びたナイフを狙っていたのか?」


 ハルカはその赤い、燃えるような色の瞳を輝かせてニヤリと笑う。


「私は強盗ではないからね。貴方から正式に譲り受ける。もちろん、相応の対価は支払うよ。さあ、どうする?」


 俺は混乱していた。

 この古びたナイフを持っていれば、今後、どんな災難に遭うのかしれない。ここは潔く手放すべきなのだろうか。

 しかし、俺には疑問があった。この、心の引っかかりを解消せねばいけない。


「ハルカさん。一つ聞いていいか」

「何?」

「君はその……。下着を付けない主義なのか? そ……その……ブラジャーとか」


 ギロリ……。

 ハルカに睨まれる。


「間違えて持って来ちゃったの。急いでたから」

「え?」

「だから、私の着替え。あの馬鹿船長の持ち物と間違えちゃったのよ」


 また知らないワードが出てきた。馬鹿船長って誰だ?


「その……馬鹿船長って人の名前が『みふゆ』なのか?」

「違うわよ。美冬みふゆに入れ込んでる変態ロリ親父魚人がいるの。それが馬鹿船長。これ全部、美冬の為にって揃えたらしいんだけど、当然受け取り拒否されたわけ」

「なるほど」


 確かに、中学生くらいの娘にこんな衣類をプレゼントしても気持ち悪がられるだけだ。そして、ハルカは持ってきたはずの自分の下着がなかったと。


「で、どうするの? その脇差を?」


 突然、空から降って来た災厄とも言うべき古びたナイフ。このナイフをハルカに渡せば俺は無罪放免となる。

 俺の理性はこのナイフをハルカに渡せと言っている。しかし、俺の好奇心はそれを拒んだ。何故ならば、この退屈な町に一騒動起きそうな予感がしたからだ。


「誰にも渡さない。俺が管理する」

「猫獣人に襲われるわよ」

「構わない。君が猫獣人と戦う姿を見てみたいんだ」

「物好きね」


 ハルカは怪しく笑いながら背を向ける。俺はハルカを追い、その部屋を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る