第2話 今日の夜はシチューにしてよ

 「今日の夜はシチューにしてよ」


 「チュー?」


 「シ・チュ・ー!」

 

 春の陽気に包まれる通学路。


 残り10分ほどで学校に到着しようという時、制服姿の結愛からリクエストを受けた。   


 公立高校らしく、さしたる特徴のないブレザーとスカートだが、ワンポイントとして付けられた水色のリボンが映える。


 「1週間前に作っただろ」

 

 「おいしいものは毎日食べたいし?ね?」


 結愛はにっこりと笑顔を浮かべ、無言の圧力をかけた。


 「今日のメニューは決めてある。鮭と卵焼きだ」

 

 「えー!昨日も食べたじゃん!」


 「しょうがないだろ、届いた分がまだ残ってるし」


 食料品や日用品は週に一度、親父が注文した宅配で届く。


 最低限の責任は取ってくれるらしいが、不慣れなためか分量を間違えることも多い。先週、なぜか大量に届いた鮭と卵が良い例だ。


 「ま、まさか…今日のお弁当にも!」


 「もちろん、鮭の切り身と卵焼きが入ってるぞ」


 「はあ…おじさんにちゃんと言っておいてよね。あなたの息子と居候は、魚と卵だけの食生活に飽き飽きしてますって」


 「分かってる」


 少し会話が途切れ、無言で道を歩く。ここ数日、会話はあまり盛り上がらなかった。


 ーふふふ、円二くんと結愛ちゃん。だいぶ仲良くなってきましたね。


 少し前まで、一緒に登校していたはずの幼馴染の姿がいないせいかもしれない。


 「ねえ」


 校門前に差し掛かろうとしたとき、結愛が口を開く。


 「凛さんとは、もう一緒に登校しないの?」


 「ああ。もう別れた」


 「そう…なんだ」


 結愛が初めて作った彼氏、3年の高井颯太から一方的に別れを切り出された原因は、凛が結愛から颯太を奪ったからだ。


 その事実を明かさず、凛は俺との関係も続けようとした。だから、俺から何も告げず一方的に関係を断ち切った。


 別れを告げられたショックによる不登校からようやく脱却した結愛が悲しまないよう、公にはしていない。

 

 「そろそろ急がないと遅刻するぞ」


 「…はーい」


 やや強引に会話を打ち切り、俺は結愛をせかす。


 俺は高校3年で、結愛は高校2年。学校での1日が始まれば、互いに顔を合わせることは少ない。 




 少なくとも放課後までは悩まずに済むはずだ。 


 結愛にいつ真実を話すのかを。



 ****



 「おっはよー!円二さん元気?」


 3年3組の教室に到着すると、鮎川美也に出迎えられる。というより、絡まれる。


 鮎川美也あゆかわみや


 ポニーテールと制服越しでもよく見える巨乳がトレードマークで、とにかくパワフルであると評判の女子だ。


 …理由はわからないが、とにかく絡まれる。

 

 「まあまあかな」


 「もう。青春が残り1年しかない高校3年生がそんなんじゃだめだぞ!」

 

 「高校卒業で青春が終わるとも限らないんじゃない。大学もあるし」


 「ちーがーうー!高校までの生活と大学生じゃ全然違う!明智くんもそう思うでしょ?」


 鮎川さんは、隣にいる男子にも話しかける。女性と見間違えるぐらいの可愛い容姿をした俺の友人、明智氏郷あけちうじさとだ。 


 最近かけ始めた眼鏡も、スマートさと知性を感じられるともっぱらの評判である。


 「おはよう円二。うーん…僕は、どうだろ。大学進学は決めてるけど、志望校はまだ決めてないなあ」

 「いや、大学の話じゃないから!青春の話だからー!」 

 「ええ!?そうなの?」


 …の割に少し天然なところがたまにキズだ。

 

 最近、教室ではこの2人とよく同じ時間を過ごしている。 

 凛と距離を取るようになってから、自然とそうなった。2人も何かを察したのか、俺と凛の関係について深く詮索したりはしない。


 「ズバリ聞く!明智さんは残りの青春、どう過ごすの?」

 「うーん、とりあえず最後まで皆勤賞を取れればいいかも?」

 「やっぱり分かってない…」


 俺は2人が仲良く漫才を繰り広げる様子を眺めていたが、ふととある席に視線を移す。

 

 窓側の1番後ろ側の席。

 俺が今1番会いたくない人物の席だ。


 「そういえば、静谷さんはまだ休みなんだね。青春がもったいない」

 「病気なのかな。心配だね」




 ここ数日、静谷凛は学校に来ていなかった。 




 「で、円二さんは?」

 「とりあえず、卵と鮭を消費したい」

 「うがー!よく分かんないー!」


 何事もないように振る舞ったが、心のモヤモヤは晴れなかった。



  ****


 あとがき

 

 今日は22時にもう一話投稿予定です!相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けるとモチベーションにつながります!よろしくお願いしますm(__)m

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