第6話 お姉さんは甘えたい

そんな俺の心の声が届いたのか、商店街から少し歩いたところで椎名さんは俺の腕を解放した。あの集団の姿はもう見えくなった。椎名さんが何かを呟いた。


「眠い……」

「え?」

「眠くなっちゃった」


 椎名さんが目をこすりながらそう言った。


 だから? 俺に何をしてほしいんだ?


「おんぶして~」

「え、え―――! 本気で言ってますか?」

「うん。ダメ?」


 シーンとした早朝の住宅地の俺の声が響いた。まさかの椎名さんからの発言に俺は驚くしかなかった。

 首を少しかしげてこっちを見ている椎名さん。


 そのしぐさはズルいな~。断れるわけないだろ! 


 はあ~。俺は小さくため息をついて、頷いた。


「分かりましたよ」

「ほんとに!? いいの?」

「どうぞ……」

 

 俺は椎名さんの前にしゃがみこんだ。椎名さんはがばっと俺に飛びつくように体を押し付けてきた。背中に柔らかなふくらみがむにゅとあたる。その感触があまりにも幸せなものだったので俺は理性を失いそうになった。

 危ない、危ない。俺は理性を取り戻すように首をぶんぶんと振る。


「大丈夫? 重くない?」

「はい。重くは、ないんですけど、その、体をもう少し離してくれませんか?」


 重いどころか、軽すぎるくらいだ。ちゃんとご飯を食べてるのか心配になるくらいに椎名さんは軽かった。


「えー。それだと寝れないじゃん!」

 

 あ、本当に寝るつもりだったんですね。なら、どうぞ。ってなるかー!

 少しでいいから離してくれ! せめて、背中に当たってるその柔らかいものだけでも!

 

「ほんとに、少しでいいんで離れてくれませんか?」

「もう、しょうがないな~」


 そう言いながら椎名さんは体をさらにぎゅっと押し付けてきた。


 なんで、そうなるんだよ!?

 

 俺が悶え苦しんでいると、椎名さんは楽しそうに笑っていた。


「ごめん。ごめん。正輝君の反応が可愛いから、つい」

 

 つい、じゃないよまったく!

 

 椎名さんは少しだけ俺の背中と体を離してくれた。それを確認してゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ、帰りますね」

「うん。よろしくね!」


 俺の首に腕を回して離れないようにすると、椎名さんはコテンっと背中に頭をあてた。そして、すぐに椎名さんは寝息をかきだした。

 

 まったくこの人は人の気も知らないで、気持ちよさそうに寝るな。

 

 俺は椎名さんを起こさないようにゆっくりと歩いて帰った。


***


 椎名さんの家の前に到着した。起こそうかと思ったけどあまりに気持ちよさそうに眠っていたから、なんだか起こすのが申し訳なくなって、俺は合カギを使って椎名さんの家に入った。


「失礼します~」


 勝手に入ることを許してくださいね。


 俺は心の中でそう言って、椎名さんの家の中に入った。さすがに寝室に勝手に入るわけにはいかないので、俺はとりあえず椎名さんを赤色のソファーに寝かせることにした。


「じゃあ、僕は帰りますね」


 すやすやと眠っている椎名さんにそう言うと、俺はこっそりと椎名家を出て自宅に戻った。朝日が頭を出し始めていて、本格的に朝が始まろうとしていた。


***


 早朝からなんだかどっと疲れた。

 俺はベッドにダイブして、椎名さんのことを考えていた。


「結局、椎名さんは何者なんだろう……」


 あの黒服の男たちは一体……。それに椎名さんと同じようにドレスを着た女性もいたな。その全員が椎名さんに向かって頭を下げていたシーンが蘇った。その光景はまるで、怖い人たちが組織のトップにするようなものに見えた。


「もしかして、椎名さんってめっちゃ凄い人?」


 どこかの会社の社長とか?

 だとしたら、一目惚れしただけで絵を買ってしまえるのも頷ける。

 俺は何だか凄い人と関わっているんじゃないだろうか。きっと俺みたいな凡人とは違う世界で生きてるんだろうな。

 

「寝るか……」


 いつもなら二度寝などしないのだが、今日くらいはいいだろう。土曜日だしな。

 寝て起きたらさっきのことがすべて夢でしたなんてことにならないかな?

 俺の背中にはまだ椎名さんの温もりが残っていた。


 

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