第11話 赤子(あかず)の扉
朝の7時30分。
ピンポーンッ
学校に行く準備を済ませた僕は、自分たちの202号室の隣の部屋、203号室のチャイムを押す。表札には龍宮寺とマジックできれいに書かれている。
ピンポーンッ
もう一度押すが反応はない。
「誠一さんもいないのかな?」
誠一さんは真面目だから中学の時も朝早く登校していた。
転校してきてもそれは変わらないのだろう。
「でも、誠一さんが一緒に暮らしていれば、起こしていきそうなものだけど・・・」
僕はダメ元でドアノブを回してみる。
ガチャッ
「あれっ?」
鍵はかかっていなかった。
全く不用心極まりない。
RPGの選択肢が僕のビジョンに現れる。
▶逃げる
中に入る
もしかしたら、朱夏も学校に行っていて、カギを閉め忘れたのかもしれない。
「はぁ・・・そんなわけないか・・・」
昨日、怒っている朱夏になんとか機嫌を直してもらい、明日は必ず起こすと約束したのだ。朱夏が約束を忘れるはずがない。
ゆっくりと玄関に入ると、玄関に誠一さんの字で書いてある置手紙があった。
僕はその紙を拾う。
『えいとくん、朱夏をよろしくね。※お嫁さん的な意味じゃないよ?(^^)』
誠一さんは優しいけれど、朱夏には激甘だ。
朱夏に手を出す気がないが、もしかしたら、朱夏に手を出した時に誠一さんの怒髪天を初めて見れるかもしれない。
「・・・おじゃましまーす」
本当はお邪魔したくないけれど、色んな仮説を立てたって、誠一さんが僕が朱夏を起こすように仕組んでいるしかない証拠しかないから、諦めて僕は靴を脱いで中に入っていく。
この時、僕は過ちを犯していた。
実は裏面にも文章が書いてあったのだ。
この後、ずーっと持ち続けていたその手紙の裏を読んでいなかったことに僕は後悔することになる。
中に進むがお隣さんの部屋なので、だいたいの部屋の構造は僕とこのみ姉ちゃんの部屋と同じだ。僕はとりあえず、リビングへ迷うことなく向かう。
「うん、やっぱりな」
部屋は誠一さんが毎日掃除をしているのだろう。
綺麗に整っており、どこを見ても綺麗だ。
まぁ、引っ越して間もないから散らかす方が難しいかもしれないが・・・。
テーブルにはご飯がすでに用意されている。
やっぱり、朱夏はまだ家にいるだろう。
さすがに遅刻ぎりぎりでもないのに、朱夏が朝ご飯を食べずに登校するはずもない。なぜなら、朱夏は小さいのを気にして、三食必ず食べる頑張り屋さんなのだから。
僕は『朱夏の部屋』とプレートが掛けてある部屋を見つける。
そのプレートの下には張り紙で「勝手に入ったらぶっ殺すから」と朱夏の字ででかでかと書かれている。血のような赤い染みがついているけれど、きっと赤マジックだろう、うん。というか、そう思おう。
ちなみに朱夏は誠一さんのことを結構雑に扱う。
僕も朱夏には雑に扱われる部類だけれど、昨日であった村上君の言うところのソフトMの男なら喜ぶ程度の八つ当たりがあるくらいだ。
けれど、誠一さんに対してはMだろうが、ドMだろうが関係ない。
マジと書いて、本気で殺す気じゃないかってくらい激しく八つ当たりをする。
誠一さんは頭も良いけれど、身体も丈夫ですぐ復活するし、朱夏が武器や凶器を使わないから大事にならずに済んでいるが・・・。
ブルッ
誠一さんが笑顔でボコボコにされているのを思い出して身体が震える。
「こう書かれているなら・・・仕方ないよね・・・僕も死にたくないし・・・。あっ、そうだ一応声だけかけるかっ。おーい、朱夏っ。起きろー起きないよな?僕は先行くからねー、怒らないでねー」
僕はそこまで大きくない声で扉越しに朱夏に声をかける。
殺されたくないというのもあるけれど、やっぱり朱夏も女の子だ。
昔はは部屋に他人を入らせることを全然恥ずかしがることはなかったけれど、こんな張り紙をするくらいだ。僕なんかが入ったら恥ずかしい想いをさせてしまうかもしれない。
(違うな・・・恥ずかしいのは僕か)
たった1ヶ月。
されど1ヶ月。
懐かしいという嬉しさのせいかもしれない。
でも、僕は女子高生になった朱夏を少し色っぽく、そして魅力的に感じてしまった。
身長だって小さいし、朱夏には色気なんてほぼない。
(ないんだけど・・・)
1から2と、0から1は違う。
僕は一度も感じたことのなかった朱夏の色気に戸惑いを感じていた。
この扉を開けて、自分が腐れ縁の幼馴染にときめいてしまうのが怖いのだ。
僕は振り返って朱夏の部屋の扉を見る。
(僕は朱夏とは今のままでいたい・・・し、きっと朱夏もそうだ。だから、僕は朱夏を置いて登校して・・・涼葉と・・・)
変な気持ちになる前に、僕は玄関へと向かう。
「えいとの、バカヤローーーーッ!!!ちゃんとっ、んにゃんにゃにゃにゃーーーーっ!!!」
「ぷっぷははははっ」
言葉になっていないでっかい声が朱夏の部屋から聞こえる。
僕はびっくりしてきょとんっとしてしまったが、思わず吹き出して笑ってしまう。
(やっぱり、朱夏は朱夏だ・・・。仕方ない・・・寝坊してまた怒られるのも嫌だから・・・起こしていこっと)
僕は再び朱夏の部屋の前まで行って、大きくノックする。
「朱夏ぁ~~~っ、起きてっ。おーーーい、おーーーい。扉、開けるよ~!?いい!」
返事なんてないのをわかっているけれど、礼儀として言葉をかけて、ドアノブをゆっくり傾ける。
(うん、やっぱり朱夏だ)
ドアの隙間から朱夏の匂いが流れてくる。
「入るよ~っ」
昔よく見た光景。
散らかった服たち。
引っ越してすぐだったとしたら、ここまで散らかせるのは才能でしかない。
ただ、昔と違うのは、大人っぽい服や、ひらひらがついたような可愛らしい服もあることだ。
(誠一さんがきっとプレゼントしたに違いない)
朱夏の実家ではないせいか、変わったところにばかり目が行ってしまうが、朱夏の懐かしい匂いが充満しており、気持ちが中学時代に返った気がした。
(いや、ないない)
入る瞬間から女の子の部屋の匂いを鼻でクンクンさせていた僕。
村上君が昨日変なことをいうから、ふと我に返って、自分を客観的に見た時に、僕がまるで朱夏に性を感じている変態だと錯覚してしまう。
(朝から何やってんだか、僕)
朱夏は布団から足を出しているが、頭や顔、髪すら出ていない。
世に言う頭隠して尻隠さずの派生バージョンだ。
ただ、布団から出ている足の指を見ると、本当に小学生の足か、って思うくらい小っちゃくぷにぷにしていて、かわいらしかった。
こんな天使褒めてくれそうな足の指をしているのに、阿修羅のごとく「威圧の怒髪天」を行使する朱夏はギャップが凄い。
(というか、もう初夏なのにまだ冬用の羽毛布団を使っているのか)
「ぷふふふっ」
こんなずぼらで小学生みたいな朱夏を、異性として見てしまうかもしれないと焦っていた自分が滑稽で可笑しくなる。
(よし・・・っ、いつもの仕返しをたまにはするか)
この時、僕はその可愛らしい足を見て、朱夏が怖い女の子という認識が少しぼやけていた。
「もーーっ、朱夏。もう夏だよ?長野の朝は冷えるけど、神奈川の夏の朝はもう暑いでしょうが。それっ」
僕は身体の全身を使って、朱夏に掛かっていた羽毛布団を宙へと放り投げる。
「へっ?」
かわいらしい赤ん坊がいた。
いや、赤い髪をした裸の朱夏が赤ん坊のようにこちら側に横を向きながら、丸まっていた。
「ん~~~~寒いんだぞ・・・っ」
寝返りをうった朱夏は仰向けになり、両手は万歳をして、大の字になった。
「うわああああっ」
朱夏の朱夏が・・・御開帳された。
去年までと違うと思ったのは彼女が変わったのだろうか、それとも・・・僕が変わったのだろうか。
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