第4話 威圧の怒髪天

 昨日の悩みも一晩かけて、このみ姉ちゃんに癒してもらった。

 おかげで、リフレッシュできた。


「今日も頑張ろう」

 

 まぁ、今日は大人しくして人の目線をなるべく集めないようにして、心穏やかに一日を過ごすんだ。そう気合を入れて、胸を叩きながら目線を降ろすと、自分のスラックスが目に入る。この学校の生徒で唯一ブラウン色のスラックス。


「いや、頑張るんだっ」


 心が揺らぎそうになるけれど、気持ちと目線を前向きに一呼吸して、教室に入る。


「おはよっ、エイトきゅん」


「うわっ!」


 教室に入ろうとすると、まるで飼い主を待っていた飼い犬のように上目遣いで彼女が待っていた。


 如月涼葉、僕の一目ぼれの相手だ。


「あっ、うん・・・おはよう如月さん」


「涼葉でいいよん、エイトきゅん」


 僕の両手を笑顔で握る如月さん。

 CDを買えば握手ができるアイドルよりも僕はこの少しひんやりする両手とこの笑顔が好きだ。僕は如月さんの手の感触に感動を覚えながらも、目線を上げてクラスを見渡すと、周りのクラスメイトがじろじろ僕らを見ている。そして、なんとなくクラスメイトは何かがようやくわかった顔をしていた。


 きっと長い間、如月さんが教室の入り口付近でただただ立っていたのを気になっていたことに疑問を持ち、ようやくその謎が解けたのだろう。

 でも、その視線は謎が解けてすっきりした顔ではなかった。

 特に男子。

 

 まるで、「正解率1パーセント未満の謎を解けるか!?」と書かれた紹介文を見て、わくわくしながら読んだ推理小説が内容もずさんで、挙句の果てに最後はファンタジーに逃げる展開だったのを最後まで読んでしまったようながっかりした顔だった。きっと、如月さんが待っていた相手が僕なんかだったからだろう。


 僕はいたたまれなくなりながらも、そうやって待っていてくれた愛しの如月さんを邪見にできるはずもなく、困った気持ちを隠しながら、如月さんに声をかける。


「さっ、席に座ろうよ。如月さ・・・」


「涼葉、だよ」


「・・・涼葉さん」


「涼葉っ」


「すず・・は・・・さん。やっぱり、勘弁してください」


「もうっ、エイトきゅんは恥ずかしがり屋さんなんだからっ。でも、無理強いはよくないよね。でもでも・・・呼び捨てで呼ばれるのを待っているからねっ。エイトきゅん♡」


 僕らはそのまま真っすぐ自分たちの席、窓際一番後ろとその横へと向かう。


「如月さんってあんな性格じゃなかったのに・・・」


 歩いている最中、クラスのどこかかから、ぼそっと男の子の声がした。

 僕は声の主を探すが、僕が目線を配ると、みんな目を合わせない。


「ねぇ・・・如月さん。いつから待っていたの?」


「ふふふっ、だから、涼葉だってば~。う~んっとね・・・っ、7時半くらいかな?もー、エイトきゅんってお寝坊さんなんだから、時間ギリギリはだめだぞっ」

 

 一目ぼれした相手の一切の迷いのない笑顔。

 それが眩しくて・・・そして、悲しかった。


「ねぇ、涼葉さん・・・。自分の時間は大事にしないと・・・ね」


「うん、もちろんだよ、エイトきゅん。私は今日の朝から時間を有意義に使ったんだから」


「へぇ、例えば?」


「エイトきゅんはいつ来るかなって、どんな顔してくるかな~、何話そうかな~ってずーっとずーっと、考えてたの。それでね・・・っ、今日学校を案内してあげようと思ったのっ。どうかな?」


 ドキッと胸が喜びで高鳴った後、じわっと刺されたかのように胸が痛んだ。


「あっ・・・うん、ありがとう・・・。じゃあ、お願いしようかな」


「ホントっ?。ヤッタっ。任せてね!」


 惚れた弱みとは言わないだろうけど、そんな嬉しそうな涼葉さんにこれ以上、何も言えなかった。

 

 僕はメガネの位置を直す。

 田畠に足を引っかけられたあの時、顔面から落ちてたんおぶを作ることになっても、メガネは死守すべきだった。


(本当の涼葉さんを知りたい・・・)

 

 メガネさえ外れていなかったら・・・、僕の目が「魅了の魔眼」でなければ、涼葉さんは僕のことをこんなに気にかけてくれた保証はない。

 

 一目ぼれした可愛い女の子にこんな風に笑顔で話しかけられて、好意を向けられて嬉しくないわけがない。

 でも、やっぱり好きな女の子の本当の性格を知れないのは悲しかったし、彼女の大切な時間を奪ってしまった罪悪感は拭えない。

 

 涼葉さんが僕のことを想っていろいろ考えてくれたように、僕も僕で涼葉さんのことを考えながら、僕は空を見た。

 5月の青空は今日も綺麗だった。


 ◇◇


「はい、じゃあ、今日も転校生を紹介します」


「えええええっ」


 新田先生の言葉にクラスメイトが驚き、騒ぐ。

 昨日は廊下で聞いていたけれど、教室の中はこんなに騒がしかったのだなと周りを見渡す。


 みんな、こんな風に目を輝かせてわくわくしていたんだと思うと、昨日は僕なんかで申し訳なかったとなんだかいたたまれない気持ちになる。


「先生、今度は女の子ですかっ!?てか、女の子にしてください。男の子の場合は子を娘にして男の娘にしてください」


「それは無理だろ、田畠っ。てか、先生にその意味わかんねーよっ。はははっ」


 二人前の席の田畠が「そうだった」と言いながら、再び小ボケをすると、クラスの男子中心に明るい笑いに包まれる。


「こほんっ、静かに。性別で人を判断してはいけませんし、田畠君、駄目でしょ、そんな言い方。廊下で待っている転校生が入りづらいと思うでしょ?」


「はーい、すいませんでした。なぁなぁ、今の言い方だとまた野郎かな?真司」


 田畠は口先だけ謝罪して、すぐさま先生の言葉から入ってくる転校生を推測して隣にいた真司という男の子とニタニタ笑いながら喋る。

 

 そして、ギロっと僕の方を見てくる。

 よっぽど、僕の存在がお気に召さないようだ。


「ねぇねぇ、エイトきゅんっ!!転校生だって!楽しみだね!!」


「うん・・・そうだねっ」


(はははっ、それにしても、まさかな・・・。田畠が言うように先生の言い方も男の子っぽいし・・・)


 転校生が連続して同じクラスに入るなんて言うのも驚きだけど、それも二日連続なんて理屈に合わない。


 それに、僕と同じようにゴールデンウィーク明けではなく、僕が転校した翌日の平日に転入する理由も理屈がわからない。


ブルッ

 

 思わず身震いしてしまうけど、そんな偶然、いや奇跡のようなことがあるはずがない、と考え直す。

 

 ただ・・・一人。

 そんな色んな理屈を捻じ曲げる女の子を一人知っているけれど、そんなことは・・・。


 バンッ


 待ちきれなかった転校生は思いっきり扉を開け、扉も閉めずに教壇へ登る。その吊り上がって自信に満ち溢れた目はターゲットを探し、僕と目があうと不敵に笑う。


「ニシシシっ。おっす、えいと。久しぶりだなっ」


(あちゃーーーーーーっ)


「あれっ、エイトきゅん。知り合い?」


 目線を逸らした僕に隣の席の涼葉さんが声をかけてくる。


「うっ、うっ、うん。まぁ・・・っ」


 新田先生が段取り通りにするように指示したのを無視したことや、みんなに自己紹介をするように言っているにも関わらず、先生の隣で黒板の前でジャンプをしながら手を振って、「おーい、えいと。おーいっ!!」と僕の名前を無神経に連呼しているよく知っている女の子・・・。

 いや、腐れ縁に頭を抱えたくなる。

 

 今日は視線を集めまいと決めていた僕のクラスメイトの目が2日連続で僕に集まる。


(せっかく、姉ちゃんに癒してもらって元気になったのに・・・)


 お腹が痛くなる。


「おいおいおいおいっ、シカトすんなよっ、えいとっ!!」

 

 小さい身体のくせに肩で風を切りながら、ずかずか近寄ってくるそいつは、セミロングの髪を縛った赤いポニーテールを重力に逆らわせて、鋭利に天に衝こうとしている。


 こんな「威圧の怒髪天」を持っている奴は一人しかいない。


「オッスっ、シカトするなんていい身分になったねっ。え・い・とくん」

 笑っているけれど、そのアンテナを見れば怒っていることは僕にはわかる。

 僕には通じないはずの威圧の能力だって、身体がその恐怖を覚えていて、震える。


「おはようございますっ、アヤカっ!!」


「うんうん、くるしゅうない、くるしゅうない顔をあげたまえ、えいと」


 自称身長165センチ(怒髪天時の髪の高さを含む)、実際は148センチのアヤカがない胸を張りながら優越感に浸っている。地元のわがまま女王、龍宮寺朱夏。


 僕の・・・・・・幼馴染だ。

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