04_イヌイット、ガーベラ

「そう。カナちゃんのお知り合いの方ね? 来てくれてありがとう。 どうその絵? 何か見える?」


ギャラリーに在廊していたのは、知り合いの小林さんの従姉妹でこの絵の作者の小林さんだった。名字が一緒なのはたまたま結婚相手の名字が小林だったからで偶然との事。彼女は黒いゆったりとした、分類するとワンピースなのだろうけどなんとも言えないいかにも画家の人が好んで着そうな服を着ていて、それが刈り上げの髪型ともよく似合っていた。


「その黒いウサギの絵の事ですか? ええ、パッと見た時には見えづらかったですが、コツを掴めば見えるようになりました。これは面白い仕組みですね。どういう原理ですか?」


僕の言葉を聞いて、小林さんは大げさに満足そうな顔をした。そして、隣に有る絵のところに歩いて行ってその絵を指差した。


「こっちに描いてある絵も、分かる? 何が描いてあるか? 見える?」


その絵の隣には、ウサギの絵と同じ様にA4サイズ位のモノクロのイラストが掛かっている。そこには毛皮の毛が顔の周り一周を縁取る厚いコートを着た、多分イヌイットの多分女の子の顔のイラストが描かれていた。そして、その隣の黒いパネルには、ウサギの絵と同じようにそのイヌイットの子供の顔が大きく描かれていた。


「ええ。解ります。イヌイットの子供の顔ですね? 隣のイラストと同じ絵が描かれていますね」


その言葉で、小林はますます満面の笑顔を浮かべた。可笑しくておかしくて仕方がない感じだ。ギャラリーをゆっくり歩く小林さんの姿を目で追って行くと、反対側の壁に掛かっているやはり小さいイラストに大きな黒いパネルという同じ構成の絵が目に入った。


「じゃあこれは? これには何が描いてあるのが見える? あ、チョット待ってね。隣のイラストを隠すから。そうしたら何が見えるか、教えて」


そう言いながら、彼女はイラストの前に立ち後ろのイラストを隠した。しかし、僕はそれより少し前にそのイラストを見てしまっている。一輪挿しに挿された一本のガーベラだ。それで僕は、今までの流れからして当然隣のパネルにも同じ絵が描かれていると思った。


しかし、今回のパネルには何も描かれていない。ただ黒一面に、よく見るとカーボン繊維のような細かく規則的な模様がわずかに光を反射して見えるだけだった。まだ目が慣れていないのだろうか? それとも、壁の光の当たり方の差が見え方の差の原因だろうか?


僕の表情を察した小林さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべつつ体を横に移動した。その裏に隠れていたガーベラのイラストが見える。ふと見ると、パネルにも同じ絵が描かれている事が分かった。やはり展示は他の絵と同じ構成だった。しかしなぜ小林さんはイラストを隠してみせたのだろう?


僕は言った。「花瓶に挿した花が描いてあります。ええっと、でも、その隣のイラストと黒いパネルの間にはなにか関係があるのですね?」


小林さんは素早く数回頷いた。そして、「実は、」と勿体を付けて言った。


「どのパネルにも絵は描かれていないのよ」

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