第9話 鬼

「はい、依頼受注しました。あとで張り出しておくね」

「.........お願いしまーす」

 

 レイシアに礼を言う。


 ビンタを一発貰うというハプニングに見舞われたが、配達依頼の発注という目的を達成することが出来た。


 結局、彼女が何を言いたかったのかは不明なままだ。言いたくないのならそれもいいだろう。

 聞き直して慌てだす彼女は見ていて面白いのだが、あんまりやり過ぎると怒られるので自重する。


「でも、元気そうで良かった。最近はギルドに来なかったし」

「店が忙しかったからね」


 ギルドに配達依頼を出しに行くのは、スライムホールを買ってくれる新規の店が見つかった時ぐらいだ。


 討伐依頼や護衛依頼、従魔士らしい依頼を請けることもない。

 弱いことは知られているので責める人間もいなかった。


 安定の最弱スライムマスター。


 最近、スライムの強さに少し光明が見えてきた気もするが、おいおい確かめていきたいところだ。


「あ、あのね、ウィル。今週末なんだけど、暇だったりしないかな?」

「週末? うーん.........」


 帰ろうとすると、どこか不安そうにレイシアが話を切り出す。


 少し、思案する。


 今週はスライムの生態調査を兼ねて、街はずれの森でフィールドワークでもと思っていた。


 が、そろそろ調べる意味もなくなってきた。


 スライムは餌と環境でその性質を変化させるのだが、なにせ特殊な環境でもない辺境街なので普通のスライムしかいない。たまに薬草を食べるグリーンスライムが見つかる程度。

 ロアさんをアルバイトに雇って以降、何度か森の調査は行っていたがもう必要はなさそうだった。



 結論、暇。




「暇かな」

「っ! なら、一緒に買い物でも行かない? 帰りにご飯でも食べたりして、さ」

「買い物かぁ、いいよ」

 

 何かしら気になる物があるのだろう。


 荷物持ちならお安い御用。

 彼女にはノストに来た時から、随分と助けられているのだし、ここらで恩を返すのも悪くなさそうだった。


 この程度で返せる恩ではないけれど、返すつもりになるくらいは良いだろう。


「じゃあ、また連絡するからよろしく」

「う、うん! また「ウ~ズ」のゼリー食べに行くね!」


 荷物持ちを確保できたのが嬉しかったのだろう。

 大きく手を振るレイシアに見送られながらギルドを出る。



 のんびりとした足取りで、「ウ~ズ」に向かいながら考える。



 それにしても、もう二年である。


 レイシアに出会って思い出したが、ノストに来てからそんなに時間が経っていたことに気が付いた。

 

 最初はお金に困っていたけれど、スライムを売って、お金を稼いで、店を持った。

 ノストは居心地がよかったし、店も繁盛して忙しかったが、悪いものではなかった。 


 ロアさんというアルバイトも入った。

 一時期、魔族という事で客足は離れていたけれど、それも最近になって戻って来た。


 スライムの強さは.........、まあそれなりだ。

 育成の目途は立っている。じっくり、腰を据えて向かい合えばいいだろう。


 いい人生を、歩んでいる。


 足らないけれど、満ちている。


 足りないなりに、満たされている。


 嗚呼。


 なんとも平和な日常だ。


 なんとも穏やかな毎日だ。


 本当に。


 .........本当に?



 過去を、思い出す。


 燃え盛る街、満ちる悲鳴、崩壊する日常、大気を汚す鉄錆の匂い、なにより鮮やかな血色のキャンバス。


「...............」

 

 あれほどの地獄を見て、あれほどの死を経験して、あれだけの罪を重ねて、あれだけの苦しみを眺めて、それでもなおマシな人生を歩んでいる。


 まるで何かの間違いだ。


 質の悪い冗談だ。


 お前のどこにそれだけの価値がある?


 そもそも皆が死んでおきながら、お前は何故のうのうと_______



「_____おい」



 思考が、途切れた。


  

 視線に気付く。


 道端にある出店で、パンをかじっている男がいた。


 黒い短髪に赤い瞳、精悍な顔立ち。漆黒を基調とした戦闘衣と捻子くれた様な長刀を持つ容姿。そして、


 魔族だ。


 異様な雰囲気。


 目が合う。


 僕に話しかけているのだと気が付いた。


「.........どうか、しましたか?」


 外に出されたテーブル席に、ドカリと座り込んでいる男に返事をする。


「どうしたも何も、心配して声をかけただけさ」

 

 顔色悪いぜ、と魔族の男は言った。


 そんなに、酷い顔をしていただろうか。


「ま、座れよ」

「.........いえ、大事な予定があるので」


 なんとなく、嫌だと思った。


 「ウ~ズ」に向かう予定もある。

 ロアさんも、そろそろ仕事には慣れて来たけれど、それでもあまり長い時間を空けたくはなかった。


 僕の言葉に男が笑い声をあげる。


 嫌な笑い方だった。

 

 なんというか、人を食ったような笑い方だ。


「大事な予定に、酷い顔で向かうのか? どんな用事かは知らんがな。誰かと会うなら、心配されるだろうよ」

「............」

「昼飯時だ、腹になんか入れておけ。それだけで人間、随分マシなる」


 腕時計を見ると丁度、昼に差し掛かったところだった。


 僅かに悩む。


 面白がるようにして、「なら、こうしよう」と男は話し続ける。


「俺はこの街に来たところでな、右も左もわからない。休憩がてら街の話をしてくれるなら、昼食代を俺が出そうじゃないか」

「.........遠慮しときます」

「なぜだ? 休める上にタダ飯まで食える。悪い話じゃないだろう」

「悪い話じゃないからですよ。他人の世話になるのはあまり好きじゃないんです」

「なるほどね、お人好しにありがちな発想だ」

「別に、単に借りを作りたくないってだけですよ」

「ふーん、難儀な性格だな」


 なら、と男が続ける。

 

。嫌だってんなら、お前の膝を逆方向に畳んで無理矢理座らせてやる」


 男は笑っている。

 だが、目は笑っていなかった。


 じわりと、嫌な汗が滲む。


「それは、随分と強引ですね」

「そっちの方が好みなんだろう? これなら借りもクソもない」


 滅茶苦茶な話だった。


 倫理も論理も破綻している。


 こちらの都合なんて考えちゃいない。


 だが、断れば本当に「座らせる」気だろう。

 それを行なえる精神と、それを実現できるだけの実力が男にはあるのだと、直感で感じ取れる。


 暴力的な性格メンタルと、それを支える強力な性能スペック


 それが、魔族。


「.........なら、少しだけ」


 選択肢がないなら仕方ない。

 騒ぎも進んで起こしたくはない。


 魔族の男と向かいの席に着く。

 

「まずは自己紹介から始めようか_____俺はグレン、ただのグレンだ。姓はない。傭兵で飯を食っている」

「えー、ウィル アーネスト。飲食店で働いている従魔士です」

「.........従魔士か、そうは見えないが」

「まあ万年Eランクですからね。ほとんど副業みたいなもんですよ」

 

 意味があるのかわからない会話だ。

 嫌な感じがするし、さっさと話しを終わらせて帰りたい。


「で、何が聞きたいんですか? 二年前にノストに来たところなので、あまり教えられることはないですよ?」

「ああ、そいつは問題ない。聞きたいのは最近の話だ」


 グレンと名乗った男が、懐から何かを取り出す。


 古びた一枚の写真だった。


 映っているのは黒髪と獣耳、魔族特有の赤い瞳の女性。



 ______ロアさんだ。



「ロアという傭兵だ。最近行方知れずになったらしくてな。探し回ってる」

「............」

「ここに来てたとしたら最近の筈だ。何か知らないか?」


 写真をじっと眺める。

 

 遠くから隠し撮りしたような角度。

 髪型と服装、あとは雰囲気も違っているが、確かに「ウ~ズ」で働いている彼女だった。


「美人な方ですね。恋人か何かですか?」

「いや? 面を合わせたことは何回かあるがな。基本的に赤の他人だ」

「じゃあ、何で探すんです?」

「最後にコイツを雇ってた組織に依頼されたからだ。本来なら人探しなんて面倒な依頼は蹴ってやるんだが______『幻狼』のロアと聞いて請け負っちまった」



 _____『幻狼』。



 聞きなれない呼び名だ。

 

 だが、ロアという名前は知っている。


「有名な方なんですか?」


 僕のとぼけた質問にグレンが笑う。


「おまえ、『大戦』は覚えてるか?」

「それは............、知ってますけど」


 知っているに決まっている。


 知らないわけがない。


 十年前に終わった戦争。


 魔王と呼ばれた男が引き起こした、事実上の世界大戦。

 戦争が終結するまでの間、世界中を混乱の渦に叩き落とし、いくつもの国を滅ぼし、人類の終りを間違いなく加速させた最悪の要因。


「その魔王陣営の最高戦力たる四天王の一人_____って噂の女だ」

「噂ですか」

「______まあ、噂だな」


 急に嘘くさくなったな。


 まあ当時から、魔王に関する情報は厳しく規制が成されていた。

 四天王がいることまではわかっても、それが誰かまではわからないのだろう。


 僕の表情を見て察したのか、グレンが頭を掻く。


「まあ、奴が魔王陣営に所属していていたのは間違いない。あの壮絶極まる大戦で魔王軍の一人として戦い、今もなお生きている」


 幾多の死線を超え、幾多の屍を重ねた魔の軍勢。10年前に滅んでからも残る恐怖の象徴。


 それだけで合う価値はあると男は言った。

 

「でだ、お前、『幻狼』を知ってるだろう? アイツの匂いがする」


 じっと、覗き込むような視線。


 匂い。


 魔族故の感覚の鋭さか、あるいは写真を見た時の僕の反応か。

 どちらにせよ、彼女と関りがあることを感づかれていたようだった。


 隠すのは無駄に思えるし、一番無難な方法を選ぼう。


 慎重に口を開く。


「『幻狼』っていうのは初耳ですけどね。ええ、写真の人は知ってますよ」

「教えてくれよ」

「確か、小さな店でアルバイトしてるんですよね。魔族の人なんて珍しいんで、ここらじゃ有名ですよ」


 へぇ、とグレンが驚く。


「魔族を雇うなんて変人だな、そこの店長は」

「ええ、何考えてるのかわからない上に、愚劣で吐き気を催すクズというか、まあ情緒の安定しない変な人間ですよ」

「............お前、そいつに恨みでもあるのか?」

「嫌いなんですよね。いつも失敗ばかりで、見てると心底イライラします。無駄なので何も言いませんけど」

「............まあいい、場所はどこだ?」


 あっちです、と指で示す。 


「僕が来た道を逆に向かって、突き当りを曲がれば見えてきますよ」

「そうか、なら道案内をしてもらう必要はなさそうだ」


 グレンが立ち上がる。


「騒ぎは起こさないでくださいね?」

「なるべく穏便に済ませようとは思っているがな。そこらへんは『幻狼』次第だ」

「そうですか」


 彼がテーブルに、何枚かの紙幣を置く。昼食代を払うには多すぎる金額だ。


「無駄話に付き合わせた詫びと礼だ。これで好きなものを食べるといい」

「悪いですよ。困ります」

「鬼だからな、人を困らせるのは当たり前だ。だが俺は義理堅い男でもある。受け取っとけよ」


 そう言って長刀を腰に差した鬼は、僕の教えた方向へ歩き始めた。


 しばらく見送って、姿が見えなくなると僕もゆっくりと立ち上がる。

 

「帰るか」


 鬼の男に教えた適当な方向ではなく、反対の方向へと歩きだす。

 

 走りはしない、けれど少し足早に。


 

 昼飯を食べ損ねたな、と思いながら。



 僕は、ロアさんのいる「ウ~ズ」へと向かった。









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