第7話 日本で3分が経過する間に、アフリカでは180秒が経過しています。

「コールマンさん、たっぷり食べてくれてますか!」

「親父さん、マジで遠慮なくいかせてもらってますよ」

「コールマンさん、俺にも酒を注がせてくださいよ~!」

「もちろんだ、今日は浴びるほど飲むぞ」

「コールマンさん、お料理お取りしますね」

「メリー、ありがとう。今日は疲れただろうから俺に気を使ってあまり無理はするなよ?」

「師匠! この料理めちゃくちゃ美味かったですよ!」

「もう残ってねーじゃねーか! なんで事後報告に来たんだよ!? 勝手に食ってろこのアホ!」


 悪魔を屠ったその日の夜、俺たちは《白馬の嘶き亭》で祝勝パーティーを開いていた。名目としては《悪魔狩りスレイヤー》の悪魔討伐記念になっていて、俺が悪魔を倒したことは一般人には伏せられている。

 俺は《悪魔狩り》たちに、物資の配達や伝令を行った勇気ある民間協力者という体で人々の称賛を集めていた。これで周囲からのヒモ男に向ける蔑みの視線も、いくらましになることだろう。やったぜ。

 このパーティーは最初はささやかに身内だけでやるはずだったが、いつの間にか話が漏れて、悪魔の対応に当たった他の《悪魔狩り》達や、多くの人々を巻き込んだ大がかりなものになっていた。

 食事も《白馬の嘶き亭》だけではなく他の食堂からも提供されて、テーブルの上はなんだか大変なことになっている。


 ここはとにかく、この先数日分ぐらいの栄養を摂取せねば。


 覚悟を決めた俺は、吸い込むように、というよりは本当に吸い込みながら、とにかくあらゆる食べ物を片っ端から食っていく。皿が空くと近くの誰かが料理を持ってきてくれるから、エンドレスで胃袋に料理を送り込むことができる。俺の肝臓がフォアグラのようになる日も近い。

 そして、俺以外の面子も、それぞれが自分の好きなようにこのパーティーを楽しんでいる。

 この街の《悪魔狩り》のメンバーは身内に死者が出てつらい立場だろうが、ここではそんなことを感じさせず皆が笑顔だ。明日からは今回の件での事後処理が始まる。それに備えて戦士たちにも休息が必要だった。


「コールマンさん、お楽しみ中失礼します。ちょっと抜け出せますか?」

「……! もちろんです、ミスタ・ブレンダン」


 パーティーを楽しむ俺に声がかかる。声の主はこの街の《悪魔狩り》を統括しているジョージ・ブレンダンだ。

 ブレンダンは、支援型の《加護ブレス》を3つ持つ後衛特化の《悪魔狩り》で、大局を見て臨機応変に支援と指示を出して戦える歴戦の《悪魔狩り》だ。今日の戦闘で、広場の全員に《念話テレパシー》を走らせたのも彼の持つ《加護》の一つらしい。

 戦闘力では他の《悪魔狩り》に一歩譲るものの、その冷静さと指揮能力の高さを買われて、彼はこの街の《悪魔狩り》の盟主を務めている。

 そういった訳で、ブレンダンは灰汁が強い奴の多い《悪魔狩り》の中では、かなり「話せる」タイプの人種だ。

 だから俺は、悪魔を殺してすぐに彼に時間を取れないかコンタクトを取っておいた。時間を取った理由は、もちろん今日の俺の活躍についてだ。

 俺たちは《白馬の嘶き亭》の中を通って、人気のない中庭に出る。

 パーティーは表の大通り一帯と、《白馬の嘶き亭》の中を使っているので、ここには基本的に人はやってこない。

 転がっていた木箱を大樽の影に引っ張ってそこに座る。ブレンダンにも勧めると、彼も頷いて腰を下ろす。樽の影になった俺たちの姿は、これで誰からも見えなくなった。

 ブレンダンが腰を下ろしたのを確認すると、こちらから口を開く。


「まずは感謝を、ミスタ・ブレンダン。忙しい時に貴重な時間を貰った」

「お気になさらず。こちらもこんなタイミングでしかお呼び立てできず申し訳ない」


 そう言って互いに頭を下げる。ごく普通の社交辞令を済ませると、早速俺は本題を切り出した。


「じゃあ、お互い貴重な時間を使っているということで手短にいこう。話は今日の悪魔についてだ」

「はい」


 ブレンダンが頷く。真剣な面持ち。


「俺が殺した悪魔なんだけどな、あれ、この街の《悪魔狩り》が倒したことにしておいてくれ」

「理由をお聞きしても?」

「ああ、理由はいくつかあるから、順を追って話そう。まず、一つ目は識別章を着けてないから分かるだろうが、俺はお忍びの身だ。組織からの、ある極めて重要な密命を帯びて行動している。俺が身分を明かせない代わりに、必要なときは弟子の《悪魔狩り》の身分を使ってる」


 密命の部分は嘘だが、それ以外は本当だ。

 嘘を吐くときのコツは真実の中に、それに絡めた嘘を混ぜ混むこと。そうすれば相手が勝手に行間を補って、嘘と真実の境目がなくなる。

 事実、目の前のブレンダンに俺のことを疑う様子はない。

 それを確認してから俺は話を続ける。


「次に、二つ目だが、他の《燃え殻の髪バーンド》には俺のことをばらしたくない。《燃え殻の髪》には、縄張り意識が強い奴もいてね。自分で餌を撒いて入れ食いの釣り場に、後から来た奴が釣糸垂らし始めたら誰だってキレるだろ?」


 これも少々嘘が混じっている。縄張り意識が強い《燃え殻の髪》もいるが、今の俺は組織を足抜けした身だ。それ以外の奴に会ったとしても、ほぼ間違いなく殺し合いになる。とにかく《燃え殻の髪》には誰一人として関わりたくないというのが本音だ。


 今回俺が殺した悪魔は、既に多数の傷を負ってダメージを受けていた。悪魔の能力を考えると、傷をつけたのはほぼ《燃え殻の髪》の誰かとみて間違いない。そして、そいつは明日にでもこの街にやってくる。絶対に鉢合わせ(ブッキング)はできない。


 この言葉に、ブレンダンは大きく頷いた。


「なるほど、そのことは噂には聞いていました。《燃え殻の髪》の方々は、獲物が居なければ研鑽のために互いに殺し合うこともあると。もしかしてこれもーー」

「ーーああ、大きな声では言えないが、本当だ。貴方を信頼して話す。ここだけの話にしてくれ、噂が広まると人の不安を煽る」


 本当のところは悪魔が居ても居なくても、研鑽のためだろうが私欲だろうが《燃え殻の髪》同士で殺し合う奴は殺し合う。元々、人の尺度で計れる連中じゃないのだ。これぐらいは俺たちにとっては普通の範疇だ。

 しかし、《人類の希望》を標榜する俺たちが、内輪揉めしているのは外聞上よろしくないので、このことはなるべく露見しないように、組織の上層部によって情報統制が敷かれている。

 人目を憚るような俺の言葉に、ブレンダンは目だけで承知の合図を返してくれる。この辺りの気遣いこそが、彼がこの街の《悪魔狩り》の長を託される由縁なのだろう。


「じゃあ、最後に三つ目、今回の手柄は死んだ《悪魔狩り》たちへの餞(はなむけ)にしたい。この街のために戦った勇敢な彼らの姿が、少しでも長く人々の中に残るように、彼ら功績を伝えていって欲しい」


 《悪魔狩り》は糞みたいな仕事だ。糞野郎ほどこそこそ長生きするが、正義感、使命感に溢れた者ほど巨悪に立ち向かってさっさと死んでいく。

 しかも彼らの活躍で悪魔が滅びるかというとそんなことは一切なく、奴らは夏場の羽虫のように際限なく生まれ続けるのだ。

 死ぬまで続く羅刹道。それが《悪魔狩り》に与えられた宿命だ。

 けれども、そんな救いのないの俺たちのためにも、せめて最期のその後に、ほんの少しぐらいの救いがあってもいいと思うのだ。


 俺の言葉を聞いたあと、ブレンダンは深く長いため息を吐いて腰を上げた。


「ミスタ・コールマン、彼らの同胞(はらから)の一人として、貴方のご配慮に心より感謝を。彼らの勇姿を忘れぬように、この勝利を手向けといたします」


 立ち上がったブレンダンが俺に注ぐ力強い眼差しに応えて、俺も力強く頷く。


「ミスタ・ブレンダン、ありがとう。貴方とはとてもいい話ができた」


 そう言ってから俺も立ち上がる。堅苦しい話で固まってしまった体を解すように、俺は一つ大きな背伸びをする。


「あー、それじゃあ、パーチーの続きに戻りますか!これから先、一週間は水だけで活動できるぐらいに食い溜めする気でいるんでね」


 これを聞いたブレンダンがニヤリと笑う。


「ふっ、それは豪快だ!私も明日からの仕事のことを思うと、今日は何も考えられなくなるまで酒を飲みたい気分だ!」

「それじゃあひとつーーー」

「ーーー行くとしましょう!」


 そうして頷き合った俺たちは、二人揃って再び人々の喧騒の中へと戻って行った。



◇◇◇



「…………という訳でして! ヒック! 私にそっと優しく手を伸ばした師匠は、そのまま私を連れ去っていったのであります! ウィー、ヒック!」


「「「おおー!」」」


「…………………」


 席に戻った俺を待っていたのは酔っ払ったアホだった。


 アホは椅子の上に立ち、片足をテーブルの上にかけ、時折右手に持ったワインボトルをラッパ飲みしながら、聴衆に向かって大演説をぶちかましていた。その内容はアホ目線で十割増に美化された俺たちの昔話だった。

 このアホがうっかり今日のことをしゃべらないとも限らないし、それ以前にこのままこれ以上アホに妄言を吐かれたら、折角回復しかけた俺の評価が、更に地中にめり込むことは明白だ。


 ……人畜有害なアホは早急に処理しないとな。


 そう固く決意した俺は、あえてその顔ににこやかな笑みを湛えながらゆっくりとアホに近づいた。

 一流の狩人は、獲物に死期を悟らせる間もなくそれを屠るのだ。


「というわけで、グビッ、それはまさに愛の逃避行! 私と師匠はもはや…………あっ、師匠! 丁度いいところに! 今、私と師匠のめくるめく愛のメモリーをーーー」

「ーーー弟子一号」

「なんですか師匠!」

「…………死ね」

「ひゅるんっ!?」


 最後の言葉と共にアホの背後に回り込んだ俺は、一瞬で首を極めてオトした。


「いやー、弟子があることないこと言ってすみません! お料理いただいてもいいですかね!」


 口から泡を吹いて倒れるアホを適当にそこらに捨てると、俺は早速料理を頼んだ。

 アホの相手で胃袋は膨れない。むしろ腹が減るだけだ。

 すぐに運ばれてきた料理を食べながら、俺はパーティーが終わるまでアホが二度と目覚めないことを祈っていた。


 

◇◇◇



「ーーー見つけた」


 言葉が自然と口から漏れる。


 見つけた。


 見つけた。


 見つけた。


 最初にそれを見たときは何かの間違いだと思った。あれがこんなところにあるはずはない。そう思っていた。

 しかし、それが実際に動くのを見て確信した。

 間違いない。あれこそはまさに世界の至宝。


「くふっ、くふふっ! …………ぐっ、げっ!」


 溢れる笑いを抑えられない。

 だから無理やり喉を絞めて笑いを殺す。


「げぇっ! ……………はぁ、はぁ…………よし」


 もう口から笑いは出ない。

 あれは自分には不要なもの。

 故に殺す。

 必ず殺す。


「ようやくこっちにも運が向いていたようだ。やっぱり人生というやつは帳尻が合うようにできてる」


 思い出すのはくそったれな今までの人生。

 思い描くのはこれからの薔薇色の未来。

 これでやっと釣り合いがとれる。

 そのためにあれは自分の前に現れた。


 天の配剤。

 神の恩恵。


 生まれてこの方感じることのなかったそれを、今ならはっきり感じ取れる。


「天は怠惰なものを許さない。………さあ、行こう。僕のための授かり物を早く受け取らなくては」


 最後にそう言い残して声は消えた。

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