2-2 彼女の夢

 ファミレスに着き、二人がけのテーブルに向かい合って座る。

 まるで顔を隠すようにメニュー表とにらめっこをしてから、光磨はハンバーグ、菜帆はクリームパスタを注文した。しかし、注文を済ませるとメニュー表を回収されてしまい、遮るものが何もなくなってしまったことに気付く。どうやって話を切り出そうかと悩んでいると、


「枇々木くんとは学校でしか会わないから、何か変な感じだよね。あはは……」


 菜帆に先を越されてしまった。光磨も笑って誤魔化すことしかできない。話題は広からず、菜帆も「やっちゃった」と言わんばかりに顔を強張らせる。

 結局、二人分の料理が運ばれてくるまで長い沈黙が続いてしまった。


「……穂村さん」

「う、うん。どうしたの、枇々木くん」

「改まって言うことでもないかも知れないが……」


 きっと、食べ始めてしまったらまた無言になってしまうだろうと思った。だからもう言うしかないと心に決め、菜帆を見つめる。


「電波ちゃんのこと、協力して欲しい」


 そして、小さく頭を下げた。

 菜帆は驚いたように瞳を丸くさせている。そりゃあそうだろう。最初からそのつもりで菜帆はここにいるし、だいたい菜帆の方から「私に協力できることがあったら遠慮なく声をかけてね」と言ってくれたのだ。

 だからこそ、光磨の胸にはもやもやが渦巻いていた。

 菜帆の方から言ってくれたのであって、自分からは何も伝えられていない。菜帆と向き合うことができたのも電波ちゃんの力があってこそで、自分は何もできていないのだ。

 ちゃんと前に進みたい――アニメソングを知りたいと思うのならば、このままでは駄目だと思った。だから光磨は、


「代わりに穂村さんの夢にも協力する。だから頼む」


 自分なりに力強く、今の気持ちを言い放った。

 菜帆はますます驚きを露わにするように唖然としている。自分でも変なことを言っていることはわかっていた。光磨だって、菜帆の立場だったら「突然何言ってんだこいつ」と瞬時に思うことだろう。でも光磨は至って真面目だった。


「枇々木くん、そんなの良いんだよ? 私はただ、自分の意思で枇々木くんに協力したいって思っただけで……」


 言いながらパスタをフォークでくるくるし続けている菜帆の姿は、困惑しているのが丸わかりだ。光磨が手で「どうぞ」と合図をすると、菜帆は恥ずかしそうに微笑んでから口に運んだ。その愛らしい姿に思わず見惚れてしまってから、光磨も慌ててハンバーグを口にする。するとデミグラスソースが口についてしまったようで、菜帆にくすくすと笑われてしまった。何とも言えない恥ずかしさを感じつつも、ようやく緊張が薄れてきたような気がする。


「アニソン好きな穂村さんしか頼れる人はいないんだよ。でも頼ってばかりだと自分が納得できない……っていう理由なんだが、駄目か?」


 もちろん言いたくなければ聞かないが、と付け加えて菜帆の様子を窺う。結局のところ、これは光磨の自分勝手な気持ちの問題だ。だいたい菜帆に夢があるかどうかも知らないし、あったとしても知り合って間もない光磨に話してくれるかどうかもわからない。

 大きめの一口を咀嚼そしゃく中だった菜帆は、「ちょっと待って」と言いたいようにわかりやすく口元に手を当てもごもごさせていた。しかし少々慌てすぎたのか、途中でむせてしまう。


「悪い。焦らなくて良いから」

「んぐっ……だ、大丈夫だよ。そんなことより!」


 水を飲んで落ち着いた様子の菜帆は、少しだけ前のめりになって光磨を見つめる。この子は興奮すると顔を近付けるのが癖なのだろうか。それくらい、瞳は嬉しそうに輝いて見えた。


「そういうことならわかったよ。夢のこと、誰にも言ったことがないから恥ずかしいけど……枇々木くんになら教えても良いかな、なんて」


 えへへ、と本当に恥ずかしそうに菜帆は笑った。


「そ、そうか。無理強いはしないが、本当に大丈夫か?」


 表情からして無理なんてしていないのはわかっていたが、照れるのを隠すようにして再び訊ねてしまう。すると、菜帆はすぐに首を横に振ってくれた。


「枇々木くんは色々と遠慮しすぎだよ。……私も最初は敬語だったし、今でもまだ緊張しながら喋っちゃうけど、でも……」


 言いながら、菜帆はまたパスタをくるくるし始める。若干頬も赤らんでいるし、言葉通りに緊張しているのだろう。かく言う光磨だって緊張している。何せ同級生の女子と二人きりで食事をするなんて初めてなのだ。菜帆が「デート」と口走ってしまったように、意識すれば意識する程に光磨もそわそわしてしまう。


「電波ちゃんのことは、私と枇々木くんだけしか知らないから。枇々木くんは大変かも知れないけど、実は少しだけわくわくしてるんだ。枇々木くんと仲良くするのもその一環……みたいな。ごっ、ごめんね。ちょっと距離の詰め方がおかしいよね」


 菜帆は早口で言い放ち、パスタを頬張る。さっきと同じくらいの大きめの一口だ。学ばないのかそれともわざとなのか、再び菜帆は必死にもぐもぐし始める。

 そんな菜帆の態度が、光磨にとってはありがたかった。何せクラスで浮く程に暗くてコミュニケーション能力に欠けている光磨だ。お互いに緊張しつつも、菜帆は時々驚異的な積極性を見せる。菜帆の場合は勢いで積極的になっているだけかも知れないが、それでも光磨にとっては凄いことだと思った。

 菜帆は光磨の光になる存在。

 その意味が、菜帆の話を聞けば少しでもわかるかも知れない。


「よ、よしっ。じゃあ、話してみようかな」


 少しだけ期待する気持ちを向けながら、光磨は菜帆の言葉に耳を傾けた。

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