第10話 手料理



バタバタバタ、と駆け込んでくる音が聞こえて、その直後に



『何があったんですか!!』



という山南さんの声が聞こえて、慌てて玄関に向かうと、頭のてっぺんからつま先までびっしょりと濡れた歳さんと兄上が立っていた。



『なんでそんなに濡れてるんですか…!風邪を引きますから早く着替えてください!!』



出来ればお風呂にお湯を張ってあげたいけど、この時代、お風呂を沸かすのには時間がかかる。その間に風邪を引いてしまうのは明白だった。

慌てて手ぬぐいを渡すと素直に受け取った2人は、震えながら着替えを取りに行った。




『全く。何をしたらあんなずぶ濡れになるんでしょうね。』




山南さんが囲炉裏に火をつけて、その上に水を入れた鍋をかけながらため息をついた。






やがて2人が着替えを済ませて戻ってくると、山南さんは沸かしたお湯を湯のみにいれて渡しながら




『なんであんなずぶ濡れになっていたのかご説明願えますか?』




と有無を言わせぬ口調で言う。


…オカンみたいだ。




現在、2月。まだまだ寒い。川で水遊びをするような時期ではないし、一体どうしたのだろうか。




すると歳さんが土間に降りていって、バケツのようなものを手に持って戻ってきた。




『開けてみろ』




と言われ、蓋を取ってみると、大量の魚が入っていた。





『こんなに沢山…!どうしたんですか?』




驚いて2人を見ると、顔を見合わせたあと『捕った』と得意げに口を揃えて言い放った。




…捕った!?




『稽古に居ないと思ったら…まさかこの時期に川に入って魚を…』



山南さんが呆れたように呟くと、兄上がにっこりと笑って




『今日の昼食は豪華ですね!』




と笑った。



──────────




今日は生憎、ノブさんが不在のため、私が歳さんと兄上が持ち帰った大量の魚を調理することになった。




と言っても、どういう料理がいいのかさっぱり分からない。

この時代の魚料理がどの程度のものまであるのか分からないし、現代の魚料理を作るにしても海外のものを取り入れた物も多く、そもそもバターなど調味料が手に入らないし、たとえ手に入ったとしてもお口に合うかどうか…。かと言って、塩焼きは味気ないし煮付けや味噌煮もいつもと変わらない気がする。



この時代で手に入るもので、美味しくて、なおかつ私が作れる料理…




考えに考えた結果、稽古の疲れを取るにはやっぱり酸っぱいもの、と南蛮漬けを作ることにした。





━━━━━━━━━━━━━━━




『お口に合うと…いいのですが…』




ごとん、と大皿に盛った南蛮漬けを置くと、歳さんがお皿を覗き込んで、『初めて見る料理だが、美味そうだな。』と微笑んでくれる。今日は道場は午前中でおしまいだったし、近藤さんもノブさんも外出中のため、私たち4人だけでの食事だ。



『では、早速いただきましょうか。』という山南さんの一言で、全員が箸を取った。







────────怖い。




かつて言われた言葉が、頭の中でフラッシュバックする。




『こんなものが食べたいんじゃない!』




『不味そう〜』





一口しか口をつけず、放置された料理。



廃棄する時の、虚しさと悲しさ。




あぁ、ダメだ。また考えてしまう。




この人たちは、あの人たちとは、違うのに。




思わず目を瞑る。




私の料理は、不味いのかもしれない。

私は、上手くできたと思ってもあの人たちはそうは思わなかったのだ。

私の舌が、おかしいのかもしれない。




あぁ、やっぱり料理なんてするんじゃなかった。

きっと、きっと、また…。





『…うめぇ』



真っ暗になりかけていた私の思考を止めたのは、その一言。




『おせい、すっごく美味しいよ!』




『酸っぱいようで、それでいて甘くて…ご飯にとてもよく合いますね。』




『…へ?』




『すげぇ美味いよ。お前天才だな。』



ぱくぱくと食べる兄上。上品に、味わうように食べる山南さん。そして口いっぱいに頬張っている歳さん。



『ほんと…ですか?』




『嘘ついてどうするんだよ。すげぇうめぇ。これからは飯も作ってくれ。お前の料理、もっと食いてぇ。』




ぽん、と私の頭の上に手を置いて、笑った歳さんに、『ノブさんや他の方が作ってくださる食事も美味しいですが、おせいさんのは確かに別格ですね。』と微笑む山南さん、『おかわり!!』と満面の笑みで茶碗を差し出してくれる兄上。






…幸せだ。自分の作った料理を、美味しそうに食べてもらえることがこんなにも幸せなことだなんて、知らなかった。





『俺も!俺もおかわり!!』




『2人とももう少しよく噛んで食べたらどうです。喉に詰まらせますよ。』



茶碗を差し出す兄上と歳さん、それにお小言を言うオカンな山南さん。



こんな幸せがずっとずっと続けばいいのに、と思いながら私は2人の茶碗にご飯をよそった。




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