第2話 1861年、日野へ。

春子と莉々愛よりも早く履修登録が済んだ私は、大学の中庭で2人を待つことにした。


ちょうど、梅が満開。

土方歳三が好きだった、梅の花。


『梅の花 一輪咲いても うめはうめ』


そっと呟きながら枝に触れると、ふわり、と梅の香りが漂ってくる。


『咲ふりに 寒けは見へず 梅の花』


風が吹き、花びらが舞う。


『年々に 折られて梅の すかた哉』


強風に煽られ、視界が花びらで覆われる。


『…ッ!!!!』


気づいた時には、もう遅かった。


花びらに包まれ、私の姿は大学の中庭から跡形もなく消えていた。





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『…い!おい!お前!大丈夫か!なんでこんなところに倒れてるんだ!』



いつの間にか気を失っていたらしい。

重い瞼をうっすらと開けると、着流し姿で総髪に髪を結った男性が、私を抱き抱えていた。


え、夢?それともドラマの撮影かなんか?あれ、私大学にいなかったっけ?


『良かった。意識はあるんだな?』


男性に向けて曖昧に頷く。でも、そこまでが限界だった。

再び瞼を閉じると、焦ったような男性の声が聞こえるが、それも意識が深く沈んでいくにつれて、だんだん聞こえなくなって行った。





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額に冷たい物が当てられる感覚で、目を覚ました。


『あっ!!目を覚ました!!あなた、大丈夫?』



今度はどこかの和室で布団に寝かされていて、女髷を結った着物姿の女の人が私を介抱してくれているようだった。



『あの、私…どうして…』



『あなた、倒れていたのよ。それを私の弟が見つけたの。市ヶ谷と日野のちょうど中間点位のところで。』



…市ヶ谷?日野?それって近藤勇の試衛館道場があったところと土方歳三の生家のあるところじゃ…



って!!!東京!?!?



『え、あの、え?市ヶ谷?日野?』



『えぇ。ここは市ヶ谷の試衛館道場。若干こちらの方が近かったので、弟がここへ運んだの。私も夫の忘れ物を届けにこちらに来ていたしね。』



試衛館…!?試衛館は現存していないはず…この人は何を言っているの?それにこの人といい、さっき私を助け起こしてくれたこの人の弟であろう人といい、まるで時代劇のような格好をしている。



『あの、ここは、東京、ですか?』


『東京?何を言っているの?そんな地名聞いたことないわ。』


『…天皇陛下は、どちらにお住いでしょうか。』


『京の御所だけど…』



東京が通じない…?京…?

これはもしかして…夢じゃないとしたら…もしかして…



『今は、何年ですか。』


『あなた、大丈夫?もしかして、記憶が無いの?今は、万延2年の1月よ。』




万延2年…西暦に直すと1861年…




信じられない。信じられないが、まさか。

夢にしては、あまりにも出来すぎている。




どうやら、私は幕末の世にタイムスリップしてしまったらしい。






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あれだけ行きたい、と願い、憧れた幕末。

土方歳三が、大好きな大好きな土方歳三が生きた時代。




『もしタイムスリップ出来たらああしよう、こうしよう』と現代で散々シュミレーションしたくせに、いざ来てしまうと、どうしたらいいのか分からない。




『あの、ほんとのほんとに、万延2年ですか?将軍は、徳川家茂公ですか?』


『えぇ。間違いないわ。』



万延2年1月ということは、あと1ヶ月ほどで元号が文久に変わる。

新選組の前身となった浪士組の結成は文久3年2月。つまり、今は浪士組結成の2年前。


…改めて、とんでもないところに来てしまったと思う。


『とりあえず、みんなあなたの事を心配していたから、呼んでくるわね。』


そう言って去っていった女の人の背中を呆然と見送りながら、『あ、名前聞くの忘れた。』なんて、思っていた。




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