提示部[第二主題]

批評家は終わりの始まりと言う

 *批評家

 価値観を押し付けるセールスマン。


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 皆様、こんにちは。或いは、こんばんは。

 私は裕也様の、お世話をする側仕え┈┈今風に言うと専属メイドの進藤と申します。

 年齢は非公開です。独身です。

 当主であられる、八坂 敏也様から御子息だと引き合わされた時は驚天動地で、腰が抜けるかと思いました。それはそうでしょう。

 今まで旦那様は奥様だけを愛している、と公言して憚らなかった方。

 その愛妻家が、隠し子の存在を詳らかにした周囲の動転振りが如何程のものか。更に不思議な事に、奥様も即認知し猫可愛がりしておられます。理由がありそうですが、一介の使用人の立場では問い質すなんて、もっての他です。お二人の間にはお子様はいらっしゃらない事も関係あるのでしょうか。

 




 裕也様が居らして早や、三年と少し。

 裕也様は変わりました。わかり易く変化したのは容姿でしょう。以前は女顔で少し頼りなく見える面相でしたが、中性的寄りになり、背も高く細身でいながら筋肉もしっかりとついて、且つミステリアスな雰囲気のイケメンです。耳に付けられた真紅のピアスも、赤茶けた髪に合って、よくお似合いです。おっと、涎が……失礼致しました。

 さぞかし、女泣かせになること間違い無しです。

 ただ、問題もあります。それは裕也様が抱えている病気の事です。

 病名も存じておりますし、事情も把握しております。その上で申し上げる事はひとつだけ。


 ぶち殺すぞ。クソ女どもめ。


 思わず本音が、オホホホ。

 少し話が逸れましたね。先程、述べたように容姿も様変わりなさった裕也様ですが、本当に変化したのは内面でございます。いえ、変わったのではないですね。

 あの、優しかった裕也様は壊れてしまいました。笑う事も泣く事も、微細な感情の機微すらも失くなりました。感情というのは人が当たり前のように享受しているものです。生きていく中で、悲しい事は沢山あります。その中でささやかな幸せを見つけて喜び、笑い合う。そんな未来は閉ざされたのです。

 裕也様は半年前に自傷しました。なんでも、自分をロボットだと疑ったとか。

 私は勿論の事、旦那様も奥様も半狂乱になるほど取り乱しました。

 血の海に一人、ぼうっと佇む裕也様の姿。私達に気づき、かけられた言葉は今も忘れません。


「絨毯汚してしまったね。洗えるかな?」



 この時になって、ようやく裕也様が壊れている事に誰もが気づきました。余りにも遅すぎました。側仕え失格だと落ち込みましたが旦那様も奥様も責めたりはしませんでした。裕也様に何が起こったのか、旦那様は徹底的に調べました。得られた情報を共有しているのは旦那様と奥様以外では私だけです。

 裕也様は海外にある病院に移る事になります。あちらの方が、国内より医療が最先端だからです。結果として病名が分かり、治療方針がたてられる中、異常事態が起こりました。そして示される指針。さながら、ゴムボートで真っ暗な嵐の海を進むかのような。

 それは細く、蜘蛛の糸のような希望---------------いえ、祈りでしょう。

 ですが、能事終われりと締めくくるのは未だ先です。きっと、これは、始まりの終わりなのでしょう。



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「レセプションパーティ?」


 父が言った耳慣れない言葉を聞き返す。

 詳しく聞いてみると[yasa]の直営店が、この辺りで一番大きいショッピングモールに出来るらしく、それに伴って関係者各位を集めてパーティを開くので、夏目工業にも招待状が届いたのだとか。


「アパレル業界とうちに何の繋がりが?」


「少しは家の事業も勉強しとくんだな」


 首を傾げると、父が呆れたようにアタシを見て深く溜息を零し、ソファに身を沈めた。

 広いリビングにはアタシと父しか居ない。無知を指摘され、ふくれっ面になったアタシは話の続きを促す。



 KASAYA

 特定分野においては世界トップのシェアを誇り、国内では有数の多国籍企業である。

 社内カンパニー制を導入し、三つの部門に分かれ、それぞれが独立した企業体系で国内外に支社、グループ企業を持っている。

 夏目工業は子会社である事。[yasa]は親会社のKASAYAの、カンパニーのひとつ、エイト・フープの子会社である、と説明される。


「なるほど。従兄弟みたいなものなのね」


「まあ……それでいいか。とりあえず、招待状が来たのは親であるKASAYA繋がりという事だな。招待状には五名まで同伴可能と書いてあるから、結衣もどうかと思ってな」


「そういう事なら行こうかな? [yasa]の服は好きだし。あ。友達も一人誘っていい?」


「沙那ちゃんか? あの娘なら美人だし、華もあるから向こうにも歓迎されるだろう。もしかしたら、良い出会いもあるかもしれんぞ」



 父が破顔した後、揶揄うような口調で続ける。


「勿論、結衣にもな。パーティに参加するのは系列会社か、うちみたいな子会社の関係者ばかりのはずだから、将来性はあるぞ」


「それは政略結婚的な事をアタシに求めてるって事?」


「無理にとは言わない。ただ、そういう相手なら尚良しってとこだ」


 父はそう言って笑う。が、アタシは全く笑えない。まだ十六歳だし、伴侶を決めるには早過ぎる。何より、アタシは恋を知らないまま結婚するのは抵抗があった。そう。アタシは誰も好きになった事がない。学内ランキング上位に入ってる事は知っている。告白も小学生の時から今に至るまで、結構な数を受けている。適当に付き合うのはどうにも嫌で、誰からの告白も断っている。だから、沙那と裕也の関係は羨ましかった。ただでさえ眉目秀麗な沙那が裕也の前でだけ見せる顔は、同性のアタシですら見惚れるぐらい。なのに、何故あんな事になったのか-----------分からない。

 分からないが、裕也は帰ってきた。ただ、沙那を苦しめるだけならば帰って来ない方が良かった。あの、冷たい眼差し。人が人を見て良い眼ではない。


 ちょっとカッコ良くなってたけど、あれは無いな。


 思考の海に沈みかけたアタシを父が引き戻す。


「海衣は行くかな?」


「沙那が来るなら」


 父は、また呆れたように嘆息した。



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 薄暗い室内をサイドチェストに置かれた小さな灯が、部屋を仄かに照らした。皺が寄った白いベッドシーツは情事の後を物語り、閉じられた部屋は情欲の残滓が漂う。


 胸に頬を寄せ、未だ熱っぽい吐息の彼女の髪を撫でるように触る。

 長い黒髪は、良く手入れされている事を証明するように抵抗なく指が滑っていく。凛とした勝気そうな眼差しは、ふにゃりと閉じられる。


「ピアス変えたんだ?」


「可愛いでしょ」


 耳に付けられた柘榴石のピアスが灯を受けて輝く。真紅┈┈そういやアイツが好んでつけてた色だったな。


「俺があげたダイヤのピアスはどした?」


「ちゃんと家にあるよ! 海衣は心配症だね。そういうとこが可愛いんだけど」


「可愛いってのは男にしたら褒め言葉じゃないんだよな」


「ふふっ。あ、そうだ…学校では迷惑かけてゴメンね」


「ん? いやいや気にすんなよ。」


「そういう訳にもいかないから、今度何かで埋め合わせするね!」


「寧ろ、今から貰おうかなっ!」


 俺はシーツをはぎとり、一矢纏わぬ婀娜めく身体にのしかかった。



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 *これは終わりではない。これは終わりの始まりですらない。しかし、 これはきっと、 始まりの終わりである------------ W・チャーチル



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 次話から展開部[壊れた彼女達]です。

 伏線回収ともに美桜のエピソードや話が動き出します。更新は四月中旬頃に予定。

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