第10話 悪魔を挑発する天使。

『対象を確認しました――推定、クロレベル88%。危険度はB。対象は悪魔憑依ひょういされています』


 ミカエルが持つ黙示録もくしろく端末の“釣り合う矛盾リーブラ”から発せられた音声。

 それはこのブラック企業をクロに染めていた元凶げんきょうが、目の前にいる百目鬼どうめき専務に憑依した悪魔であることを示していた。


「み、ミカエル様……」

「うん、これで確定したね。コイツの中に悪魔がいる」


 先ほどまではまだ人間の姿を保っていたが、今の専務は体表が赤黒く変異し始め、この部屋一帯をクロい粒子が彼を中心に渦巻うずまいている。

 こんなことはただの人間が起こせる現象ではない。


 ――グパァッ……。


「オ前ラ……モシカシテ、アノ御方ノ言ッテイタ、天使ドモカ……?」

「ひいいっ!? ミカエルさまあぁ……!! これって!?」

「ボクたちを見て、中にいた悪魔が表に出てきたみたいだ。リィンは後ろに下がっていて」


 気色悪いことに、顔以外の皮膚から目と口が無数に生まれ、その全身にある口からはまるでスピーカーのように同時に声が発せられている。

 その声は鼓膜こまくではなく直接心を震わせてくるような、身の毛もよだつ恐ろしい声。

 恐らく普通の人間ではその声を聞いただけで失神するか、気がれてしまうだろう。



「そうだよ、ボクたちがテンシだ。それで? キミはどんな悪魔なんだい?」

「コッ、ココココ!! 本当ニ天使ミタイダナ!! シロイ! シロイ!!」

「はいはい、喜んでくれて何より。で、質問の答えは?」

「コココココ! オ前ラヲ殺セバ、モットクロガ集マル!! ココッ、コロス! コロコココロ!!」


 ミカエルの質問に答えることなく、大音量で高笑いを始める百目鬼の悪魔。

 いい加減イライラしてきたミカエルが、さっそく能力を使おうと右手を伸ばし始めたその時。



「コロコロコロ!! ソウダ! 俺様ハ、アノ御方様直属ノ悪魔、“ノル”ダ!! ダガ覚エル必要ハ無イ。ソノ前ニ、俺様ガオ前タチヲ、コロスッ!! ココッコロコロコロ!!」

「くっ、いきなりか! ……リィン!」

「えっ、えっ? きゃああっ!!」


 濃厚な殺意と共に、クロの粒子による暴風がまだ戦闘準備もできていない2人を襲う。

 咄嗟とっさの判断でミカエルがリィンに飛び込んで横へ飛ぶ。

 かろうじてリィンは床に押さえつけられ、グエッとカエルのように鳴いただけで済んだが……。


 2人が避ける前に居た部屋の入口は、まるで粘ついたヘドロのようにドロドロに溶けていた。

 そしてわずかにそれをかぶってしまったミカエルの左肩がクロに侵食しんしょくされ、灰色の煙がシューシューと立ちのぼる。


「ぐうっ……」

「みっ、ミカエル様!! 大変っ! 早く治療をしないと……!!」


 火傷のようにミカエルの白い肌が焼かれ、彼は苦悶くもんの表情を浮かべる。

 やはり天使にとって、クロは劇物のようだ。


 たいていの環境には適応できるように造られた天使の身体だが、構成するシロと相反するクロ――それも濃縮されたもの――は迂闊うかつに触れれば即消滅に繋がってしまう。

 もしアレを全身に喰らってしまったら……。


「ぼ、ボクは大丈夫だから。コレぐらいは自分ですぐに治せる。それより戦闘中だよ。キミはボクから離れていて……」

「そんな! 私だって天使です!! 悪魔とだって戦えます!!」


 リィンは涙目になりながら、必死にミカエルの痛々しい傷口をどうにかしようとしている。

 しかし、見習い天使でしかない彼女には為す術なすすべがない。



「いいから……! それにボクには“釣り合う矛盾リーブラ”がある。――ここからはボクの番だ」


 ミカエルはリィンの肩を借りてフラフラと立ち上がると、端末を持った右手を前に振りかざした。



「さぁ――天使による戯曲ぎきょくの開幕だ」


 ミカエルがそう宣言すると今度は端末が光り輝き、辺りをシロが埋め尽くす。

 閃光せんこうによる攻撃かと思うほどの光量を放った後、そこに現れたのは1本のやりたてであった。

 それは端末の裏に描かれていたほこと盾のモチーフと同じフォルムをした、聖なる輝きを放つミカエル専用の武器であった。


「ナ、ナンダ。ナンナンダ、ソノ“シロ”ノ武器ハッ!!」

「ん……意思を持つ天使専用のアイテムであり、武器だよ? もしかしてキミ、天使を知っている口ぶりをしていたのに、天使がどうやって戦うのか知らなかったのかい? 誰かさんの手下みたいなことを言ってたけど、教えて貰えないなんて随分と下っ端したっぱだったみたいだね?」


 悪戯いたずら小僧みたいなあくどい笑みで、悪魔を挑発する天使。

 もはやどちらが悪役なのか分からない皮肉っぷりだが、ミカエルは内心勝負を焦っていた。


 なぜならばこの部屋に来るまでに能力を使い過ぎていたこと、戦闘に向かないリィンがこの空間にいること。そして自身の左肩の怪我と不利な状況なのは変わっていないからだ。

 更にこの武器も、使用するにはHPハートポイントと対価が必要になってくる。

 意思を持つとは言ったが、無償で手を貸してくれるわけではないのだ。


「ふぅ、雑魚相手に完全に今回は赤字になっちゃいそうだよ。コレはリィンには大きな貸しだね」


 口では雑魚とののしってはみたものの、ミカエルはあの最初の一撃で簡単に負傷させられたのだ。

 強力な能力と武器があるとはいえ、過信は出来ない。

 それに残りのHPとお金のことも考えると、長期戦は絶対に避けたいところだ。



「コッコロコロコロ!! 俺様ヲ雑魚扱イ、ダトォ!? コロコロコロッ、コロシテヤルウウッ!!」

「ふふっ。さぁ、さっさと掛かってきなよ。えっと……ノロマのノロ君?」

「俺様ノ名ハ“ノル”ダアアァアアァッ!!」

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