第5話 家の事情

 まだ元気の無い咲を連れ商店街を歩く。あの後、元気のなくなった咲を連れ、三人で買い物に行くことになったのだ。

 憔悴しょうすいした彼女はルリに手を引かれている。



 いきなり鬼だの四天王だのと中二病っぽいことを言われ、春近は意味が飲み込めていなかった。ただ、あの渡辺豪と名乗った先輩の強さと覚悟は、何となく本気だと感じているのだ。


 咲が何も語らないので、代わりに春近が軽くルリに状況を説明した。


「あ~ 渡辺先輩ね……」

「知り合いなの?」

「ちょっと家の事情で……」

「そうなんだ」


 いまいち事情が分からないが、春近は家庭の事情に踏み込むべきではないと判断し、それ以上何も聞かなかった。


「アイツはヤバイんだよ! 節分にも豆まきしないんだから……」

 咲が呟く。


「えっ、豆まき?」

 突然の不思議なワードに、春近の頭が混乱する。



 えっ、渡辺先輩と豆まきに何の関係が――?

 それにしては討伐だの勝負だのと物騒だな。

 この学園って、今日みたいにアニメのようなバトル系というか、勝負とか戦いとかやってるのだろうか?

 学園序列とかランキングとか?

 何だか学園生活が送れるか心配になってきたな……


 家の事情といえば自分も同じで、本家からは何の連絡も来ていない。

 いったい何故オレは、この学園に入る事になったのやら――――


 この先やっていけるのか、不安になる春近だった。




 買い物を終えた頃には日も大分傾いていた。元気が無かった咲も、次第に顔色も良くなり、ルリと一緒にはしゃぐ姿も見せるようになる。


「まあ、良かったのかな。元気になったし」


 楽しそうにしている二人を見つめ、春近が呟いた。




 帰り道、ルリの横を歩いていた咲が隣に来た。

 何か言いたそうにモジモジとしている。


 その姿が実にいじらしく見え、仲が悪かったはずなのに微笑ましい気持ちになる春近。


 大人しくしていれば十分美少女なんだけどな……。いや、ちょっとギャルっぽいのも良いんだけど。あ、足で踏むのは……いやいやいや、オレはMじゃないし。

 今まで女子と絡むことも少なかったのに、いきなりあんな接し方されたら戸惑うよな。


 そんな事を春近が考えていると。


「あの…… その…… さっきは……かばってくれてアリガト……」

 お礼を言われた。


「えっっと……」


「そんだけ! じゃあなハル!」

 咲は顔を伏せルリの手を引き先に行ってしまう。



 意外な咲の行動に、春近も照れてしまう。


 ――――初めて名前を呼ばれた。

 最初はオマエとかコイツとかだったからな……

 そんな感慨かんがいふけっていると――

 当の咲が振り向き、少しイタズラな顔をして声をかけてくる。


「何ニヤニヤしてんだよ! キモっ!」


 少し優しくなったのかと思ったが、相変わらずあたりはキツいようだ。ただ、前のようにSっぽい顔ではなく、ちょっとだけ笑顔になっていた。


 ――――





 春近が寮の自室に戻ったところで、携帯にメールが届いている事に気付く。


「本家の祖父からだ――――」

 すぐにアプリを開きメールを読む。


 ――――春近よ 学園に源氏の棟梁とうりょうの姫が入学するから、その者と協力せよ。詳しい説明は姫から聞くように。――――


「ええっと……これ、やっちゃったかな?」


 まずい…

 源氏って、あの源さんや渡辺先輩だよな。

 協力せよと言われた相手と、いきなり敵対しちゃってる感じなんだけど……

 家の事情とやらにオレも関係しているのだろうか――――


「まあ、じいちゃんから事情も聞かされてないんだから、しょうがないよな」


 とりあえず成るようにしかならない。春近は、あのサムライのような美少女の説明を聞いてみることにした。


 ――――





 ジャアァァァァァァ――


 酒吞瑠璃はシャワーを浴びながら浴室の鏡を見つめていた。

 女子寮の自室に設置された小さなシャワールームである。寮には大きな共同の風呂もあるが、部屋にもシャワールームがあるのだ。怪しげな学園なのに設備だけは整っている。


 寮の廊下で咲と別れたルリは、自室に戻るとシャワールームに入り考えていた。ここに来てから色々なことがあり過ぎる。


 ジャアァァァァァァ――


 シャワーの湯が、燃えるような赤みがかった髪を濡らし、しなやかで美しい肢体に玉のように弾きながら流れてゆく。ただそれだけで、この世のものとは思えない程の妖気を漂わせている。


「源氏の棟梁とうりょうに渡辺綱の直系……」



 ジャアァァァァァァ――

 相変わらずシャワーのお湯は、その妖気をまとうような赤い髪を濡らしている。妖しげで魅惑的なルリの体を伝い、排水溝から外に流れて行く。



 いったい、家の事情とは……源氏との確執とは……。

 彼女の顔が、春近に見せるそれとは違っていた。悩み、苦しみ、痛み、そのどれかであり、どれもであるような。



「私の友達にまで手を出すというのなら……」

 そう呟くと――


 シュバアァァ――バチッ、バチッ、バチッ!


 彼女の周囲の空間がグニャリと歪み、プラズマのような光が走る。

 鏡を見つめる彼女の目に、漆黒の炎が灯ったように見えた。




 それぞれの夜がそれぞれの思惑を含み明けてゆく。

 そして、この不思議な学園の入学式が始まろうとしていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る