(4)

 ★人さらい


 私は、事件が起きた報告をしに来てくれた若い兵士を連れて城をあとにした。誰かに話を聞かれてはまずいと思ったからだ。友人が営んでいる酒場に行き、一番奥にある席へ着いた。ここなら誰かに話を聞かれる心配はない。


「どういうことですか?」


 兵士は姿勢良く背筋をしゃきっとしたまま私と向かい合った。背もたれに背中はついていない。やはり彼は真面目な性格をしているらしい。


「もう少し楽にしていい。他の客に関係性を勘付かれたくないからな。今夜は舞踏会で勤務終りだろ? 酒も酔わない程度に嗜むといい」


「はぁ……、すみません。ありがとうございます」


 深く頭を下げて、兵士は酒を注文した。若いのだから無理に酒を勧めるべきではなかったかもしれないと私は後悔した。御伽の国は、十八から飲酒が認められているため、呑んではいけないというわけではない。ただ、呑みたくないものへ強要したのでは無いかと不安になったのだ。


「酒は苦手だったか?」


「いいえ。付き合い程度には嗜めます」


「そうか。それは良かった」


 運ばれてきた酒を一口呑むと、「それで?」と仕切り直すように彼はもう一度訊ねてきた。あまり固くない言い回しだったのは、彼なりに気を使ったのだろうと思った。


「ここに連れてきた時点で察していると思うが、」


「よほど聞かれてはいけない話なんですよね?」


「あぁ。確認のために聞くが、今夜、獣の袖引きが起きたんだな?」


「そうです」


 私はもう一度状況を整理したかった。そうしたのは、順を追って話さなくては、彼は素直に答えてはくれないと思ったからだ。


「過去の話から整理していこう。事件が起きる場所は概ね絞れてきていたな?」


「はい。私が以前に報告した際に隊長がおっしゃっていましたので。番地ごとに起きていると」


「そうだ。さらに、行方不明事件が起こっているのは舞踏会の夜。それも舞踏会に招待される番地からだ」


「舞踏会への行き帰りで事件が起きているのでは? という推測でしたね。それで参加者名簿を作り、警備を強化しました。もちろん行方不明事件は、他のタイミングでも起きていますが……。中には自殺や他の理由のものもあるでしょうから、獣の袖引きには該当しないものが一部あることを配慮すると、十分に辻褄はあっていると思います。少なくとも舞踏会の夜には、毎回のように行方不明事件が起きているようですし、現に今夜事件は起きました」


「そうだな。だが、この推理は間違っていた」


 私は酒を一気に煽る。それほど強いものではないし、私自身も酒に弱くない。心配そうに見つめる兵士に「これ以上は、呑みはしないから」と笑ってみせた。


 反応が意外だったのか、兵士は気まずそうに頷く。隊長という役職柄か、あまり親しくし過ぎると部下は困るものなのだな、と私は不意に痛感させられた。


「間違っていたというのは?」


「事件の起きている場所だ」


「今夜、行方不明になったのは二番街の住人です。先週は三番街の住人でした。推理に矛盾はないように思います」


「それは間違いない。けど、人さらいが現れたのは二番街じゃないんだろう?」


 どこでだ、と訊ねた際に、兵士は答えを躊躇していた。それは答えることが出来なかったからだ。不明だとかそういう理由じゃない。言うなれば斟酌している。


「参加者名簿には帰り際、また印を打つ手はずだったな?」


「……そうです」


「城から街に出る出口は一つ。そこで数人の兵士が検問をしていた。見逃しはなかったはずだし、帰りも印を打つと言っているのに住人がこちらの言うことを無視して帰るとも思えない」


「確かに警備兵は城から出る者を全員チェックしていました」


「では、率直に聞こう。……つまり、そこで印が打たれていない者がいたんじゃないか?」


 兵士は俯く。残念ながらそれが答えだ。


「君に何かの責任が及ぶことはない。隊長は私だ」


「……おっしゃるとおりです」


 つまり、人さらいは街から城への往来で起きているのではなく。城の中で起きていたということだ。では犯人は誰なのか。他国の要人を招いた舞踏会の警備は厳しくしている。外部からの不法な侵入は簡単には許していないはずだ。それに今日は入り口で検問をしていた。となると、城の中にいて当たり前の人物である可能性が高い。もちろん兵士の中に犯人の共犯者がいてということも考えられるが……。今回、事件が起きたことでその線は薄くなった。兵士たちは今夜の名簿の話を知っている。


 若い兵士がにわかに席から立ち上がった。


「いけません隊長、これは大きな問題になります」


「君の言いたいことは分かる。けれど、このまま国民を危険に晒すわけにはいかない」


 国中の女性を集めた舞踏会で起きる行方不明事件。それも被害者はドレスを着飾った若い女性ばかりだ。否が応にも嫌な想像をしてしまう。


 だが、来賓として招かれているのは他国や自国の貴族たち。彼らを容疑者として疑うしか無い。兵士の忠告は、その意味を良く理解しているからだろう。


「確証はないが、おおよそ間違ってはいないはずだ。下手をすれば女王が裏で糸を引いている可能性まである」


 言葉を柔らかくしたつもりだったが、私の中では確信に近いものがあった。若い女を差し出す代わりに、他国からどれだけのものが手に入るのだろう。金、武器、兵力、食料、上げればいくらでも思いつく。それが等価のものなのか。少なくとも私の道徳心はそうだとは言ってくれない。


「本当にそんなことがありえるのですか」


「ありえないとすれば、いくらでもそう思える。私たちの常識からすれば、あまりに残酷で非道なことだからな。けれど、状況証拠を見れば、それを認めざるを得ない。この国は戦争が控えている。男は兵力で貢献出来るが、女はそうじゃない」


「女は戦争に貢献出来ないなんて。自分はそうだとは思えません」


「私もだよ。だが、主語が国になれば、見解は変わってくるものだ。戦場での戦果こそが正義になる。それの良し悪しは別としてな。それに女を戦場には送り出したくないというのは、間違った道徳心か?」


「いいえ……。どうなのでしょうか」


「もちろん、うちには女性兵もいる。有事になれば、彼女たちを戦場に送り出すことになる。彼女たちは志願してここにいるから、それに躊躇はしない。けれど、戦場で血を流すべきは、女性ではなく、男であるべきだという考えが、私の中にも潜んでいるのも事実だ」


 兵士は返答に困っていた。センシティブな話だ。平等とは何のか、捉え方を間違えれば、大きく踏み外すことになる。そして、その傾きは一方的な暴力としてもう一方を深く傷つけてしまうものだ。


「少し話がずれてしまった。国は女性を兵士として見ていないということだ。志願人数が少ないということもあるが。この考え自体は強く否定出来るものじゃないと思う。けれど、兵士に出来ないなら、という理由で、別の使い方をしているのは許しがたい。戦場に行かずとも出来る貢献は山のようにある」


 使い方、などというのは、あまり適切な言葉には思えなかったが、国が女性をまるで物のように扱っていることが許せなかった。いや、国にとって我々も彼女たちも所詮、道具にしか過ぎないのかもしれない。


 女性たちのための舞踏会。表向きは優雅で豪華なパーティだが、そこには飢えた獣が潜んでいる。獣の袖引きとはなんと的確な噂だろう。


「どうするつもりですか?」


「獣は駆除しないといけない」


「現場を抑えるつもりですか?」


「そうするしかないだろうな。だが、心配しなくとも私一人でするつもりだ」


 女王が関わっている以上、失敗すれば関わったものは極刑の可能性だってあるはずだ。部下を危険にさらすわけにはいかない。


「いいえ、兵士たちは皆あなたに命を預けているのです」


「ありがたい話だ。だが、兵士たちがいなくなってこの国はどうなる? 女王は考えずに関わったものを殺すかもしれない。だから、私一人で十分なんだ。……今夜の参加者名簿も処分しておけ。私一人で動いていたことにする」


「ですが、」


 兵士が引かないのを見て、「それじゃ」と私は言葉を紡いだ。


「遠くで手助けをしてくれ。必要な瞬間が訪れるはずだ。具体的なことは分からないが。必ず……。一筋縄ではいかないと思うから」


「はい」


 私は机の上にお代を置き、「もうしばらく呑んでいるといい」と言い立ち上がる。


「次の舞踏会の日ですか?」


「そうだな。来週の一番街が招待される日に薄汚れた獣のしっぽを掴む」


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