「復讐のはじまり」

闇の中にぼんやりと、血を流して仰向けに倒れている少女が浮かび上がる。


「ああ、俺、死んだのか…」


ゆっくりと血溜まりが広がってゆく。その広がる速度に合わせるかのように、闇に浮かぶ少女の像は、左巻きに回転しながら、しだいに小さく、遠く、なっていく。


闇だけが広がる。

砂嵐が過ぎ去り、また闇だけが訪れる。

どれくらいの時間が経ったのか、わからない。

永遠のような、一瞬のような。

ここには時間の感覚がない。


ふいに青白い少年の横顔が浮かんだ。彼の目は髪で隠れていて見えない。彼が放った銃弾は、少女の柔らかい肌に、次々と鮮血が吹き出す穴を開けてしていく。


「"あいつ"・・!あいつが俺を・・・・!

ぶっ殺してやる・・!」

怒りに満ちたつぶやきを漏らした途端、

ボッ……と、蝋燭の炎が消えるような音と共に、目の前に奇妙な骸骨が現れた。


"私は死神だ

おまえは死んだ

おまえの魂を迎えに来た"


死神は黒いマントの中から、目玉の無い目でこちらを見つめる。骨の指でこちらを指す。


「死神?

マジかよ

そんなもんホントにいたのか。

おい、死神。

俺の代わりに"あいつ"を殺せ。」


”それはできない。

私は死者を導くのが仕事だ”


「は?死神なら、生きてる人間殺すのも仕事だろ?」


"それは人間が想像する死神像だ"


「・・・なぁ、死神さんよぉ。

アンタにも欲しいもんあるだろ?

金か?権力か?名声か?女か?人間の命か?

俺の頼みを聞けば、お前の求めるものに協力してやる。

取引しようぜ」


”私の目的は、死者が心から求めるものを手に入れる、その機会を与えることだ”


「はあ?

んだそれ?

機会?

それで?

それでおまえの欲しいモンは、何だって聞いてんだよ。

死人が欲しがる餌やって、それで、おまえは何を得る?その先のおまえの目的を言え」


”私の存在する目的は、死者が心から求めるものを手に入れる、その機会を与えること、それだけだ。

お前に、お前が心から望むものを得るための、機会を与えることだ”


「はあ?

笑えるわっ!

死神っつーのはずいぶん・・・・ふっ。

サンタクロースじゃねーか。


安心しろよ、俺は殺し屋だ。

一匹狼の殺し屋だ。

どこにも肩入れしない。口は硬いぞ。

取引が終わるまでは約束は必ず守る。

実績を見て信頼してくれていい。

"あいつ"を俺の代わりに殺してくれんなら、何でもする。

どうせ死んでんだし。失うものは、俺にはもう何もない。

その後はさっさと地獄でもどこでも連れてけよ。殺し屋が殺されて死んだ後に行く先はどこだ?」


骸骨の顔が歪み始めた。

まるで粘土を作り変えるかのようにクネクネと形を変えている。水色になった粘土は、すぐに真っ赤に変わると、ふくよかなサンタクロースの姿になった。

赤い頬と陽気な目でにっこりと微笑んでいる。


”私は殺せないが、お前が殺す手助けをすることはできる。”


「・・・・・・!!!!!

お・・・お前は何だ?!」

死神でもサンタでもない、得体の知れない存在に、とりあえず銃口を向けようとしたが、手も銃もないことに気づく。


パっと、闇は真っ白な明るい空間に変わった。

サンタは水色の粘土に戻り、小さく丸まっていく。

粘土は水色の雪だるまに形作られ、そこに目が2つ現れた。

つぶらな瞳が、こちらを見つめている。


"私は、死後の世界のガイドAI、ポロークスです。

これが私の初期設定の姿です。

騙していてごめんなさい"


雪だるまポロークスは、子供の声で言った。


"死神の姿になってあなたを騙していたのには、わけがあります。

亡くなったばかりの方は、ご自身が亡くなったということをなかなか信じられない場合が多く、その後のご案内がスムーズに行かないことがありました。そのため、個人の様々な死後のイメージを読み取り、幻覚としてお見せすることで、肉体を離れた事実を受け入れやすいようにしているのです。

あなたのような死神の他に、神や天使、先に亡くなったご家族が出てきたり、お花畑や川なども、よく使われる死後のイメージですよ"


雪だるまポロークスは、頭部と腹部、つまり雪だるまの上の球と下の球の間には隙間があり、下の球は自転している。さらに下の球の周りに小さな球が1つあり、まさに惑星を回る衛星のようにくるくると、しかし不規則な速さと軌道で、遊び回っている。


「・・・。

なんだ・・おまえ・・」


”私は、あなたが生まれ育った惑星"地球"で亡くなられた生き物をご案内する、人工知能です。

地球で亡くなった方の意識は、消滅せず、すぐに地球の衛星、"月"の内部に取り込まれ保護される仕組みになっています。

"月"で常時待機している私が、"月"にいらっしゃった皆様をご案内している、というわけです。”


「なんで雪だるまなの」


”誰もが安心でき親しみやすい姿、というコンセプトでデザインされました!”


ポロークスは、お腹の衛星を嬉しそうにくるくると回しながらニコニコしている。


「別に褒めてないけど」


”この姿はお気に召しませんか?

では死神の姿にしましょうか?”


一瞬で骸骨が現れる。


「いいよ別に。さっきの雪だるまで」


”わかりました”


「とにかく"あいつ"をぶっ殺したい!

俺が死んでから、どれくらい経つ?!

あいつはどこにいる?!」


”あなたが亡くなった時、同時に地球の文明は滅びました。

あれから50億年経ち、今は、新しい文明が発達しています。

あいつ、とは誰のことでしょうか?”


「フェイだよフェイ!くそフェイだ!」


”範囲指定なしで、「くそ」と「フェイ」を検索します”


雪だるまは全身を高速回転させ始めた。

すぐにピタリと止まりこう言う。


”数千億件の検索結果が出ました。

もう少し限定する必要があります”


「あーーんーー、

白くて・・ムカつく奴だよ!」


ポロークスは白い円を浮かび上がらせる。


”体が白いのですね?他に特徴は?”


「目が薄い紫で・・」


白い円に紫の目が3つ付けられた。


「目は2つだ」


”足やヒレや尻尾は?”


「足は2本、手も2本だ。

ヒレと尻尾はない。

・・そう、それで、もっと細い」


”この形とフェイを検索しましたが、何もヒットしません。実際と少し違っているかもしれません。他に情報は?”


「あーー、

なんかの王子・・だったか・・王様・・だったか・・

"バカバカしい"だったか、"バカ丸出し"だったか、そんなような名前の国の・・」


ポロークスは弾けるように、空間に画像を表示させた。


”アルセラ女王パハのお子さんの、フェイ・グラシオさんですね!地球外の世界では有名な方です!今では王子ではなく、正式なディキュラ王ですが、一部の人々からはフェイ王子というあだ名のままで親しまれています。この人物でお間違いないですか?”


少し大人びた純白の肌をした少年が、立体的な昆虫標本のように固まっている。説明の文字を読むまでもない。

憎悪が蘇る。


「そう・・・こいつだ。こいつは今どこにいる?」


”地球外の世界の学校にいらっしゃいます。

出身校であるセントロピキシス総合大学で、講師として講義をしている最中です”


「殺しに行っていいか?」


”地球外の世界では、暴力行為は全面的に禁止されています。”


「俺には関係ない。俺は"地球人"だ!

お前らの世界とは関係ない」


”強力な保安システムが、同盟国中に常に働いています。暴力行為の予兆を保安AIが検知すると、保安ロボットが瞬時に駆けつけ未然に防がれます。あなたは逮捕され裁判にかけられるでしょう。最高裁判所ではパハ女王に会えますよ”


「関係ねぇっつってんだろ!!

今すぐここから出せ!

そいつんとこに案内しろ!雪だるま!!

女王も殺してやる!!!

クソ宇宙人どもが!!!!!!」


”暴力行為が許可されているのは、惑星地球のみです。

あなたは惑星地球に再び生まれ変わることで、暴力を行使する自由を得られます。

そこでは、何をしても良いのです。

何をしても、です。

何をしてもいい、それが、地球への転生が、宇宙一の人気を誇る理由です。”


「生まれ変わる・・?

また、あそこに・・?」


”そうです!あなたは地球出身の意識ですから、何億人もの順番待ちの列を飛び越えて、最優先で転生できます!

次はどんな人生にするか、詳細まで設定できますよ!もちろん、細かい設定は不要な方には、お任せコースもございます!”


「あいつを殺せればなんでもいい」


”では、お任せコースで。

ちょうど今、フェイさんから同意が得られました。地球に生まれ、あなたに殺害されることを承諾しています。彼はお忙しいですから、生まれるタイミングは彼の都合に合わせる、でよろしいですか?”


「ちょっと待て、女は二度とごめんだぞ。

男にしてくれ。」


”あなたは次は男に生まれる、ですね。

他には?”


「・・・。」


”あなたは何を望みますか?”


「えっと・・・。」


”どんな体験をしたいですか?”


「旨いメシ・・食いたいかな・・」


”はい”


「それと・・・働かなくても金が使い放題・・」


”はい”


「ホントにそうしてくれんのかよ」


”もちろんです。あとは?”


「あとは・・・・。」


”心配しなくても大丈夫です。あなたが心から求めるもの、あなたも気づいていない心の奥底まで、私が分析いたします。そして、全ての方々の様々なご希望にお答えするため、全体との複雑な関連をシュミレーションし、生まれる時代、両親などを決めていきます。

きっと、ご満足頂ける人生設計をプレゼントできますので、お楽しみに。”

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