第6話 対話②

***


 目の前にお膳は並んでいるけれど、食べたり、飲んだりする気分ではない。


「改めまして。黒鉄屋サエと申します」


 はちきれそうなおなかをかかえながら、若女将……サエは額を畳にこすりつけるようにして挨拶をした。


「やめてください。苦しいでしょう、おなかが」

「いいえ。大切な客さまさかい。久々におもてなしができて、ありがたいことですわ。ささ、まずは一献」


 若女将は明るく笑い、お酌をしようと銚子を持った。


「毒入りですか」


 総司はサエを凝視した。いくらか殺気立っている。女性、しかも妊婦になんていう物腰なのだ。さくらはあわてて、間に入ろうとした。


「よせ、冗談に聞こえないぞ」

「これは冗談ではありません。冗談でこんなことが言えますか」


 サエは信じられないといった顔つきで、総司を見ている。かすかに指先が震えていた。おかしなことを言われたせいだろうか、それともまさかほんとうに毒を?


「強い毒や、あらへん、たぶん。けど、どないなるんか、うちにも分からん。子を下ろそうとしたときに、もろうた薬なんや」


 やっぱり毒? 薬は毒にもなるけれど。


「あなたは、水原の縁者ですね。私たち、もとは江戸者ですが、京から来ました……と言えば、分かりますでしょう。水原三郎の行方を追っています」

「おい総……」


 もちろん、さくらは総司をたしなめようと膝を浮かせた。けれど間に合わない。


「三郎はんの」

「分かりますね、よかった。水原はどこにいますか」


 かしゃん、銚子が軽い音を立てて倒れ、酒がこぼれた。じわじわと、畳の上に広がってしみを作ってゆく。青々しい畳が、いやな色に、ありえない暗い色に変色した。


「うちはなんにも知らへん。この近くに潜んどるこは確かやけど、三郎はんが出てきよるときはいつも、夜遅うなってからや」

「かばい立てをすると、あなたの身もあぶないですよ」


 ひい、とサエの口から短い悲鳴が上がった。


 懐に隠していた短刀を、総司が抜いたのだった。商家という設定でも、獲物は手放せない。さくらも、かんざしの先を鋭利に削ってあるので、いざというときは武器にする。とはいえ、適切ではない。


「待て。相手は妊婦だ。夜が更ければ水原は宿へ来るのだな、サエさん? 私は、島崎朔太郎という名で、新選組の隊士を務めている。こっちは沖田総司。いきなり処罰することはしない、水原に会わせてほしい」

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